敬老パス制度改悪④…乖離という幻

敬老パス制度改悪④…乖離という幻
2020年3月4日の代表質問では各会派がこの問題を取り上げた。ただし、会派によって立ち位置は違う。
公明党は、市営バス存続のために幅広い議論をするとの基本的考え方のもと、まちづくりと連携した公共交通ネットワークを再構築する必要ありとし、経営状況に危惧を示しながら市の基本姿勢を了とし、持続可能性・経営効率を高めるべきとの考えを示した。
大阪維新の会は、人件費が高い、民間並みに下げるべきと指摘し、水道民営化とともにバス事業の民営化を主張した。
自民無所属の会は、市バス継続のためには一定の受益者負担も必要と言い、制度変更に理解を示した。新技術利用が経営改善のためのブレイクスルーになり得るとの提案もあった。
立憲民主党は、公共交通を守るための施策として理解を示し、総合的なまちづくりの中での位置づけの明確化、キッズバス・コミュニティバスの設置を求めた。
市民連合は、市バスの役割如何についての主な答申内容を質し、健康福祉施策の拡充を求めつつ、制度変更に一定の理解を示した。
以上の会派が制度変更に賛意を示したのに対し、共産党は、健康寿命や経済効果など制度のメリットを挙げ、バス更新費用は積み立てられていて問題はないなど制度変更は財政上不要であること、住民の意見を言う場もないまま決定されようとするのはおかしいことなどを訴え、反対の意思を示した。
これら各会派の代表質問に対する市長の答弁は、市バスは重要なインフラであり、市民と市の適正な役割分担のもと、持続可能な形で次世代に引き継ぎたい、今後10年間のバス事業のありかたを示す経営戦略を策定し、より強固な経営基盤を確立したい、補助金算定根拠と実際の乗車人員との間に大きな乖離があり、高齢者も適切に支え合うことで持続可能な制度を維持したい、経営状態は制度変更後の将来においても厳しいという考えを示した。
「乖離」という説明は以後の質疑の中でも制度変更の主たる理由として度々なされている。この「乖離」とはどういうことかというと、市バスは敬老パスのために毎年6億円を市から拠出してもらっているが、ICカードが普及した昨年の利用実態を調べてみたら敬老パス利用は年間600万回あって、これは約13億円のバス代に相当する、6億円の補助金とは大きな開きがあって約7億円の赤字がある、これが経営を圧迫している、というものである。
しかし、ちょっと待て。600万回というのは無料乗車制度に誘引された泡のような数字であって、絶対的な必要性のあったバス利用実態ではない。自転車で行ってもよいけれど無料だからバスを使う、無料だから隣のバス停まで乗る、という人も多い。有料となったら激減する数字だ。空気を運ぶ替わりに人間が乗っていただけだ。いわば幻の赤字だ。政策の基礎たるべき正しい社会行動の統計データではない。こんなものを制度変更の根拠にするとは、どうにも理解できない。この点は審議会で触れた委員もあったが、議会では「言わざる」ものの一つであった。EBPM(evidence based policy making)の精神に反することを、どうして見逃すのか。例えば、ある小学校で6年1組の児童の平均身長は150㎝だった、6年2組はみんな背伸びをして計測し、その結果、平均身長は155㎝となった。2組の方が背が高い…と、誰が言うか。
もうひとつ、制度変更に賛成する会派は「市バス存続のため」を理由にしているが、実はその賛同行為が市バス廃止への第一歩となっていることを後世にどう説明するのだろうか。制度変更が民営化の第一歩だと認識していたら、賛成しただろうか。(続く)

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