敬老パス制度改悪②・・・見ざる

いま市民の関心は一にも二にも新型コロナにある。…かもしれないが、いついかなる状況下にあっても行政の誤りを見逃すわけにはいかない。市民として、敬老パス制度改悪の経過を見極めておこう。
まずは、「見ざる」だ。今回の制度改悪の狙いは何か。何か裏があるなと感じていたが、高木りゅうた高槻市議会議員のブログや本会議の一般質問ではっきり見えてきた。本年3月6日付け同ブログによると、情報公開請求の結果「バス事業の持続的な確保に向けた検討幹事会」という会議の議事録が公開され、その中に「経営が黒字のうちに委譲する方が良い印象を受ける」との一文があったということだ。この一文にすべてが集約されている。
市には、市バスを近い将来民営化しようという意図があるとみた。その一里塚が70歳以上74歳までの高齢者の1乗車100円負担(以下「高齢者100円負担」と称する)だ。この障壁を設けることによって、年に約600万回ある無料乗車を絞って見かけ上の赤字(13億円)を減らし、そうやって体裁を整えた上で健全財政の市バスを民間に売却しよう…、これが市のシナリオだろう。
売却後、どうなるか。市は市バスに対する補助金をカットできて万々歳だが、民間会社は自身の営利の追求が第一だ。効率的な市民の足づくりにも全体として機能的な「まち」をつくることにも関心はない。そんな会社を市は何らかの方向に仕向けることが可能だろうか。国ならば法律をもって国民の福利向上に合致するよう民間会社を政策的に導くことができるが、市にはその力はない。だから、市はまちづくりの政策を掲げてみても、系統的効率的な人の交通手段がなければ、それは個別の箱物を作ることで終わる。そしてまちは死ぬ。血流の絶えた動物が直ちに死ぬように。今まで乗車によって市バスを支えてきた市民は民間バスを同じように支えることはない。今まで運転手さんにかけてきた「ありがとう」の声もなくなる。運転手さんの微笑も消えるのだろう。
今回の高齢者100円負担導入は決して「高齢者無料制度維持のための方策」ではない。「市営バス維持のための方策」でもない。民営化の意図を腹に隠しながら口で高齢者無料制度維持を口に唱えているのなら、詐欺に等しい。議会には市のこの真意が見えていない。あるいは見えていながら制度改悪に賛成しているのだろうか。市長にすり寄るだけの議会なのか。そんな議会は不要だ。
歴史の転換点にあっては、その変化の兆しはきわめて些細なもので、ほとんどの人がそれと気づかないまま通り過ぎてしまう。10年後に振り返って見れば、市バスの高齢者100円負担が、その一例になっているのだろう。(続く)

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