市営バス高齢者無料乗車証③

○福祉の観点から
経営上の観点から検討するのではなく、福祉如何にあるべきかという議論の収束時の姿としてバス無料制度のかたちを打ち出すべきだ。先に述べたように、福祉の充実に向けた取組の中でバス代有料化を言うなんてブラックユーモアだ。健康・安全・文化教養・社会交流、そういった福祉拠点を結ぶ移動手段の確保としての市バスなのだ。有料化による移動の足かせは、福祉政策としてはたして妥当なのか。甚だ疑問である。若い人にとっても、現在の高齢者の姿は明日の自分の姿だ。だからこそ、現在及び明日の、トータルとしての高齢者福祉の世界を目に見えるものにしたうえで、その中でのバスの在り方を示さねばならない。福祉のための歳出ならば、バス部門だけが赤字でもいいではないか。
○受益者負担
あるブログに「年寄りはタダで乗って、座っているのに、若い自分は金を払い、立って乗っている。けしからん」というのがあった。たしかに、今この瞬間で見ればそのとおりだ。しかし高齢者とて昔は有料で何十年も乗っていた。税金だって住民税や固定資産税を払い続け、長い間市に貢献し市バスを支えてきた。そしていまバスが無料になった。生涯賃金ならぬ生涯負担で考えれば、若い時期にはいろいろ払い続け高齢時期にバスが無料になる、それは例えば運動場一周のトラックの第3コーナーまでは全力で走り、それを回ればゴールまで車に乗る、その制度が万人に適用されるならば、第一コーナーの若い人もゴール前の高齢者も平等で公平ではないか。こういう形の受益者負担もあってよい。
また、今現在も市税を払っていて、その税金の一部がバス事業に補助されているのだから、高齢者は間接的にバス代を負担しているとも言える。決してタダ乗りではないのだ。上流から見て受益者負担というのなら、下流から見て負担者に相応の益がもたらされてもいいだろう。
○活性化の火が消える
有料化によって高齢者が乗らなくなる、それは他市で実証済みだ。そうすると、乗客全体の数が減り、バスの存在感が小さくなり、沿線の活性化に水をさす事にならないか。バス路線の減が更なる乗客減を誘う事にならないか。高齢者でも消費の一端を支えている。高齢者の経済力で社会が回っている部分もある。
○水道料返せ
これは感情論である。バスが赤字のため(実は赤字ではない。赤字になった年度もない)料金を上げるのなら、黒字の水道代は返せ。同じ市の団体ではないか。…と、言いたいのだ。(この項終わり)(黄鶴仙人)

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