G20

人間を見ることのないまま山の上に3日もいると、タヌキ・テンなどの小動物や虫の声、樹木の息づかいまでが聞こえるようになる。小動物は下痢をしていても風邪でクシャミが出ても、餌探しを怠ることは1日たりともできず、鶏肉の破片でも見つけようものなら欣喜雀躍、親子兄弟の義理も忘れて奪い合う。蟻は食べ物を求めて歩き回り(同じ場所を歩くことはない)、パンくずがあれば自分で少し食べ、軽くしたうえで、数メートル先の巣に運ぶ。人間の住む室内に入ってしまった蠅は、人間の食べ物にも魅力を感じつつ、出口を求めて焦っている。樹木は光を求めて伸びを競い地中で水や養分を捜して菌類と共に根を伸ばす。みんな一生懸命に生きている小さな命なのだ。そして山の自然にとって、すべてが大切な存在なのだ。
しかし大阪では今、一生懸命生きている人間が大切にされていない。交通は遮断されて庶民の日常生活は止まっている。そこに存在と活動が許されているのはG20に集まった「要人」だけ。維新(と安倍政権)の政治姿勢がここに現われている。
一体誰のため・何のための政治なのか。それは言うまでもなく市民のための政治であり、市民の幸せのみを追求するのが政治であって、1日たりとも市民が不便をかこつことがあってはならない…と、思うのだが、維新府政は違う。G20誘致から見える彼らの思想は、叢生う(むれおう)民草は踏みつける対象であり政治家を支えるモノでしかない、テキトーに言葉の餌を与えて騙しておけばよい、大事なのは政治の中央に座る自分、ということだ。
自然界においては、それを構成する何かが失われれば、バランスが崩れ自然は破壊される。人間界において市民が大事にされなかったら、やはりこの人間界も破壊される。そのとき政治家だけが生き残れるはずもない。(黄鶴仙人)

不適格者

毎日新聞に一つの記事があった。記事を読んで思う。
この人は完全に不適格者だ、行政庁の長は辞めて、別の仕事に就いたほうがいい。…その印象を与えるための記事だろうけど。
自民党所属大阪市議への毎日新聞記者の取材を副首都推進局職員がこっそり録音していたことに対し、松井大阪市長は、
①問題ない。役所として議員の話を把握したいのは当たり前。
②議員が役所の廊下で話したことを無断で録音されても文句は言えない、公権力を使っているわけではない。
と、語った旨、毎日新聞が報道している(ニュースメール)。
①については、反対派の動向につき公務員を使って調査させようとしているのだが、検閲につながる思想・行動で、極めて危険だ。公務員に違法な公権力の公使をさせた上司は教唆犯となり問題なのだが、それがわかっていない。市長の職権を使って維新として他党の情報収集をしていたのだとしたら、もっと大問題だ。
②については、まず実態把握ができていない。議員の発言ではなく、取材行為を役所が録音していたのであって、報道の自由を制限するものである。また公権力の行使とは、国家賠償法においては、売買など純粋な私経済作用、建物などの設置・管理を除く全ての作用をいうのであって、逮捕や家宅捜索など強制力を伴う行為だけをいうのではない。松井市長はそれを知らない。行政法の勉強が足りない。行政法を知らずして行政に携わる、その被害者になっているのが大阪市民だが、彼らに被害の自覚がないとしたら、かえって幸せだ。取材を録音されたことによって毎日新聞記者は何らかの損害を被っていたら、国家賠償法に拠って府または市に損害賠償請求ができる。
思い出した。この人はかつて大阪万博招聘を目的としたパリ出張に際し、英語での演説原稿にルビを振れと関係職員に指示した場面がTVで流れていた。英語の発音はカタカナでは書けないのだが、thの発音やLとRの違いを、担当者はどう書いたのだろうか。
維新という集団の長がこのありさま。いわんやその構成員に於いてをや。
先の地方選挙において、この無法集団を大多数の市民が支持したのだが、よく眼を開いて、維新の実体がいかなるものか、冷静に見てほしいものだ。法治国家であることを捨てるのでなければ。(黄鶴仙人)

代表質問

25日の高槻市議会本会議は代表質問だ。
しかし、代表質問とは、そも何物か。国としての根本姿勢を問う国政の場はいざ知らず、身近な生活を形作る市政の場で行う意義があるのか。仮にあるとして、3人以上の会派にはできて2人以下にはできないとは、なぜか。私にはわからない。議員が有権者の代表として議会に送られている以上、議員の全員が市長の施政方針に対する糺問ができて当然ではないか。何故2名以下の会派や無所属議員はその当然の権利が与えられていないのか。この日、川口・高木・北岡・中浜議員は一日中座ったままの無言の行とは気の毒だ。これらの議員の発言が議事録の多くのスペースを占めているだけに、この制度には疑問が生まれてしまう。多人数の会派は質問時間が長く少人数だと短い、それは有権者の声の大きさを示しているのだ、民主主義の一面である、と、側面的なことは理解できるのだが。
6月20日付で会派別の代表質問の内容が市HPで明らかにされた。これを一読して、上記の疑問は一層深まった。このレジュメ(維新の場合はアジェンダか)では有意義な議論は期待できないと、思わされたからだ。その印象を導いたのは維新のペーパーだ。
他派に比べて維新のペーパーには具体性がない。質問項目だけだ。緻密な論理の組立と豊かな表現によるスピーチが予定できていれば、自ずと内容豊かなレジュメができあがる。学生時代に、或いは仕事上、そのことは多くの人が経験済みだろう。また、市民生活の実態を的確に捉え、問題点を洗い出し対策を考えたうえで、これが市政の光を当てるべき点だと具体的に迫ろうとすれば、自ずと質問も具体的になるはずだ。問題点を具体的に把握していないのでは?という疑念が頭をかすめる。
多数の議員が構成する会派に有意義な議論がなく少数会派にそれが期待できる、そんな現状だから、代表質問なんて無意味と言わざるを得ない。
いやいや、聞いてみないとわからないでしょう。うん、まあ、それもそうだけど。(黄鶴仙人)

府民不幸

その発言には必ず裏付けがあり、言ったことは必ず実行する。私の友人はそういう人物ばかりだ。幸せなことだと思う。しかし政治の世界は…。
6月12日のブログでふれた「府政だより」6月号1面の知事の発言にこうある。
『…知事として府市一体で成長戦略を推進し、(中略)G20大阪サミットから2025年の大阪・関西万博へと、途切れることのない成長・発展の流れをつくり(後略)』。つまり知事はG20を成長の材料と言っている。
ところが、アジア太平洋研究所は大阪におけるG20の経済効果を全国で390億円と試算した。この数字は、大阪府の平成31年度当初予算(一般会計)約2兆6千億円のわずか1.5%である。しかも試算額は日本全国での話であり、大阪に限るともっと減る。例えば警備の警察官は、今回どれくらいの数が動員されるのか明らかにされていないが、伊勢志摩サミットと同様と考えると、全国から約1万5千人の警察官が応援派遣されることになる。その装備・移動費用は大阪の経済には影響しない。一方、交通規制によるマイナスの効果もある。阪神高速道路は年間約1,877億円、1日当たり約5億円の料金収入がある(2019年3月期決算より)。また大阪市内のデパートの売上げは年間約9,388億円、1日当たり約26億円である(平成29年)。これらに大きな影響があろう。また大阪市内の昼間の人口が減ることによる経済的なマイナスも無視できない。
要するにG20は、経済成長には役立たない。にもかかわらず、知事はこれを成長の原資といっている。裏付けのない発言をする知事を持つ、そういう大阪府民は不幸だ。(黄鶴仙人)

本会議

6月18日は6月期高槻市議会の本会議第一日。改選後の実質的な初日である。市長の施政方針説明や条例等の提案理由説明の日だ。あの地震からちょうど1年だから、犠牲者を悼み議場の国旗と市旗は半旗とされた。議員は議場に資料を持ち込んでいるが、市長の説明に合わせて資料をめくる人あり、めくらない人あり。傍聴席からの遠目ながら、開いている資料も同一には見えない。しかし概して、清新な空気が漂っている。選挙後の日も浅い議会だから宜なるべし。平均年齢も若返った。
問題は中身だ。実のある議論が展開されるだろうか。新人の能力はどうだろうか。
2011年6月期、36人の議員中8人の新人は、常任委員会において35件中8件、本会議において21件中ゼロ件の質疑を、一般質問は20件中2件を行った。2015年6月期は、34人中6人の新人は、常任委員会において39件中11件、本会議において28件中ゼロ件の質疑を、一般質問は20件中5件を行った。これを越えられるだろうか。そしてその内容は真に市民の意見を代表しているだろうか。興味深い。(黄鶴仙人)

選挙公報

統一地方選が終わって1ヶ月余り後の5月17日現在、大阪府は知事選・府議選とも選挙公報はHPに掲載していない(ただし、23都道府県が掲載。毎日新聞調査)。しかし高槻市は5月末もHPを検索すれば市議選の公報が残っていて、ふむふむ、さすが高槻市、府の意向に反して、こりゃ立派なものと感じ入っていたが、いつの間にか消えた。
世間ではこの公報を残せという声が澎湃として興っているらしい。当サークルではかなり前からやっているのだが。
選挙公報は、一部の立候補者にとっては選挙のための飾りかもしれないが、本来は議員として政治活動を行う指針であり鑑である。選挙のためだけの情報ではない。だから議員にとっても有権者にとっても、常に座右に置き、これに照らしてそれまでの活動を顧みるべきものだ。よって、当サークルでは、このHP続く限り市民のために存置することとする。ついでに、2011年の選挙の公報もあるから、現在の議員の8年前の公約を思い出すために「2 市議会という舞台で 第二部」にアップすることとした。そんなの時効?いや、変化の経過を見るのも悪くない。
だけど、写真が同じような人がいる…あれ?いや、8年前の若さを保っているのだ。(黄鶴仙人)

自民大阪府連に×印

それ、間違っている。「住民投票で決着」なんて。
自民党大阪府連さん、振り返ってすなおに実態を見てほしい。忘れていないか。4年前、都構想については決着がついているのだ。多数決で決まったのだ。だから、制度設計について積極的に議論してこなかった、それが当然なのだ。既に決まっていることを新たに持ち出す維新がおかしい。多数決の原理、民主主義の根本原則を無視している維新が、まるで自分が正しいかのように「反対のための反対」と自民を批判するが、維新に人を批判する資格はない。維新は、民主主義とは何かを勉強して出直すべきだ。貧困その他いっぱい難問はあるのに借金ばかり増やして有効な政策を立てず、都構想という行政プロセスの変更ばかりにこだわる維新、彼らはその視点からして当初から政治家ではない。
自民の支持が減った、それは都構想(或いは都抗争)に対する態度によるものではない。抵抗勢力とみなされたからではない。大阪の地位の東京に対する相対的低落に対し、納得できる説明もせず有効な対策も打ち出せないからだ。このため人は外見上華やかな役者小屋を振り返った。そういうことだ。
実は即効性のある対策はなく、地道に人作り・産業造りをするしかないのだが、そして歴史は合理的帰結として全ての人間活動の中央への一極集中に向かうのだが、だから説明も対応も困難だろうけど、そのあたりを理解できる住民もまた多数ではなく、良識派が多数勢力には必ずしもならない。そこは民主主義の暗部だ。
自民大阪は、とりあえず、人が幸せに生きるためにどういう政策を展開するのか、それを解りやすく示すべきだ。都構想・都抗争から離れた凜とした姿勢を見せてほしい。(黄鶴仙人)

不足2000万円

政治家の皆さん、何を騒いでいるのか、私には理解できない。
金融審議会市場ワーキング・グループが、高齢社会における金融サービスのあるべき姿について報告書をまとめた。自民党が「もうない」と言う報告書だが、金融庁のHPにしっかり掲載されている。読んでみると、その内容は概ね次のとおり。
『長寿化・少子高齢化・人口ピラミッドの「つぼ型」・認知症の増加などの今の社会で、各世代の収入は全体的に低下傾向にあり、高齢夫婦の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円である。定年退職者の退職給付額も低下している。このような状況に対処するためには、個人として若いうちからライフマネープランの検討が必要であり、金融サービス業者は顧客にリスクを負わせないサービス提供や適切な情報提供を行い、そして行政は個人が財産形成をやりやすい環境を作るべきである』としているが、最後の一文が面白い。曰く、日本は高齢化において世界のトップランナーである、だから「世界でも先例がない議論を行っている」のであって、「皆が手探りで議論を行っている現状である。現時点で一つの解はない。今回の当ワーキング・グループの議論も、絶対的な解決方法を提示できているわけではなく、 ブループリントを描いたのみと言えるかもしれない」と、正直に謳っている。要するに試論の一つなのだ。
政治家の皆さん、本当にこの報告書を読んでいるのか。世の現実、当たり前のことばかり書いてある。試論にすぎない。なのに、与党は月5万円×30年の部分だけを取り上げ、世間に不安や誤解を与える報告書を書くなと、金融庁に抗議している。役人に抗議するより、老夫婦の生活費が不足するような世の中を作った自分達を顧みて反省すべきではないか。こんなことで騒ぐな。騒ぐなら、平成の30年間、何をやっていたのか、そこを騒げ。
報告書に配慮が足りない点を挙げれば、このワーキング・グループの委員は大学教授であり弁護士であり、投資会社の役員であり、日本製鉄の副社長もいて、要するにお金持ちの部類だ。2000万円の貯金は困難ではない。そのあたりの感覚が庶民とは違う。また、若い頃から資産形成に努めたくても派遣社員では貯金もできないのだが、そういう「収入の低下傾向」も十分認識しているとは言いがたい。国民の生活設計に影響するテーマを前にすると、この委員構成では不適切だ。(黄鶴仙人)

成長する大阪の実現に向けて?

6月11日付大阪府政だよりが配布されていた。まあ、見事に維新の外形主義・虚飾主義が現れている。あきれ返った。こんなものに税金を使っているのか。
まず1面。知事の大きな写真、経歴と維新の目指す方向のような短文がある。それだけだ。府政だよりはファッション誌ではない。大きな写真は不要だ。これでは知事の宣伝でしかない。こんなものは要らない。写真入りの宣伝をしたかったら自費で作れ。税金を使うな。それよりもっと、府民に伝えるべきことがあるだろう。府の財政の現状、今後取り組むべき事柄、その中で府民は何をすべきか、云々。なのに、これはなんだ。社長の大きな写真を1面に載せる新聞があったとして、そんなもの誰が買うか。新聞の価値はニュースにある。府政だよりの価値は府政の現状を伝えることにある。知事の経歴にしても、大学名だとか弁護士だとか、そんなことはいい。大学で何を専攻したか、何を学んだか、弁護士としてどんな社会問題に取り組んだか、それを言うべきだ。形じゃない、中身だ。しかし、選挙の時から、維新の皆さんは中身よりも形を飾って人の目を奪うことが得意のようだ。そういえば、今の社会の風潮もそうかも。インスタ映えだとか、一見して映えればそれでいいらしい。そういう方向に走りながら内に心の病を抱えたりする愚かさを、世の人は自覚できないのだろうか。形ではなく実質を積み重ねる日々を送るとき、心の豊かさはおのずと得られるのに。
横道にそれた。次に短文だが、標題からして恐れ入った。『「成長する大阪」の実現に向けて!』だと?大阪の成長はまだ実現されてなかったんかい?これから?『大阪の成長を止めるな』は、何だったのか。選挙のスローガンと明らかに矛盾している。成長などしていないことを、ついに白状したか。G20で大阪が成長する?何万人来ようが、一過性のものに過ぎない。来客による需要増というプラス面だけでなく、交通ストップによる市民生活への影響も測定してみてほしい。プラスマイナス両方を客観的に考えるべきだろう。万博で成長する?1970年の万博の背景にあった日本の人口動態はどうだったか、いま、どうか。それだけをみても次の万博というものの社会的効果は見えてくる。万博にどれだけの予算を費やしてどのような成果が見込めるのか、明るい材料はない。そしてこの1面の短文、現今の諸般の情勢から導かれる府政の進むべき方向ではなく、都構想など維新の目指す方向だけを強調している。この写真の人物は府知事なのか、維新のPR担当者なのか。(黄鶴仙人)

堺市長選

投票率は40.83%、維新が137,862票、非維新が137,881票となった堺市長選。この結果をもって「民意は都構想推進にあり」と言えるだろうか。
①まず、当選した新市長が都構想を掲げた選挙戦ではなかった。また(きわめてわずかだが)得票数が半分に達していない。だから現行制度上選挙には勝っているが、都構想に市民はもろ手を挙げて賛成しているのではない。
②反NHKがなぜこのような場に出てくるのか、違和感は否めない。思想信条は自由だが、事実上都構想が焦点になっている選挙に別の要素を持ち込むことは、選挙民を混乱させるだけだ。別種の要因が混じっていることから、選挙結果をもって維新の勝利とは言えない。
③今回の選挙には自民党大阪府連の混乱の影響がある。そもそも自民大阪は、統一地方選の結果、維新が票を集めたからといって、自分の政策を変えるとは何事か。政策あっての政党だろうに。そんなに都構想を大事にしたかったら、勝手に維新に行けばよい。そうすれば、数年後に維新が正体をさらけ出したとき、政治生命は終わるだろうが。この混乱の影響を受けて自民を離党せざるを得なかった候補者は気の毒だ。自民府連幹部は責任を感じているだろうか。
④さらに、前市長の政治資金への不信が選挙民にあった。そのことが投票率を落とし、反維新の票は伸び悩んだ。
以上、要するに堺市長選は都構想賛成の民意を示したものではない。しかし選挙で勝ったのは維新だ。維新の本部は都構想しか考えていない。維新の市長が維新本部の方針に逆らうはずもない。だから民意何如にかかわらず堺でも都構想は推進されるだろう。新市長は「議論は時期尚早」というが、今は議論を棚上げにしておいて、勝った後でゆっくり棚から降ろせばいいだけの話で、選挙戦における議論からの逃げでしかない。卑怯だ。
ともかく、結果は結果だ。これで、大阪圏の住人はますます幸せから遠のいた。近い将来、住民税はIRだの何だの自分たちと関係のないことに使われる割合が増え、困窮する住民を尻目に政治貴族だけが太るのだが、堺市の有権者の60%はそれを天災と考えるのだろうか。(黄鶴仙人)