万緑の中に

万緑。今は夏全体の季語となっている。草田男が使う前には、なかった。
その万緑の中に、鳥が歌う。ホオジロは梢に姿を現して縄張りを宣言し、ウグイスは松の高い枝の茂みに身を隠して愛を歌う。樹々を渡る一瞬の間にも美しい体色を見せるのはカケス。低く地を駆けるように動く黒い鳥、黄色いくちばしは、クロウタドリらしい。これは珍しい。
C、H、O、Caの組み合わせがたまたま違い、我は人間、歌うのは鳥。そして万緑の樹木や草。そこに見える静かな姿とは裏腹に、実はどの生きものにとっても日々壮絶な戦いの連続。樹木は争って背を伸ばし陽光を奪い合い、地に毒素を浸みだしつつ我が根を伸ばし、他を排する。鳥は縄張りに入る同族を襲い雌を奪い合う。みんな大変だ。もちろん人も。
社会において人が生きるとは、己が主張を隠し上司の思惑を忖度してその思いを具現化し、個人的な好みも尊重してさまざまな機会でそれを満足させる、そうして身の安全を図ることなのだ。変節もときには必要だ。これは封建の世も現代も変わらない。
わかっちゃいるけど、そんなこと常にできるもんじゃない。若い頃の私は、幸いなことに私淑できる上司は多かったが、尊敬できる部分を発見できない男もいた。上下の立場はともかく、彼らの言動に対しては遠慮なく批判・指弾・論難した。彼らの意見をもって組織の意見とすることに反対し、現下の情勢で何が必要かを説いた。そこに志を同じくする仲間もいた。しかし、ゴマスリだけで出世したような男は、ゴマをすってくれない部下はいかに正論を吐こうが不要で、たまたま役員になるかどうかのタイミングにあるとき、そんな上司が人事権を持っていて、結果的に私と同志は出世しなかった。ただ、面白いもので、昔そんな上司達によって袋だたきにされた案が、20年を経た今、外圧もあって後輩によって実行に移され、成果を得ている。苦笑を禁じ得ない。あ、個人的なことを言い過ぎた。
大阪の公明党は偉い。フレクシビリティに富んでいる。都構想反対にこだわらず、情勢に合わせて意見・姿勢を変えた。これは人が生きる上において必要なことだ。私にはとてもできないが戦国の武将がいつもやっていたことだ。
ただし、人と政党は違う。変節を重ねる党に人の信が集まるか。信が離れないか。ちょっと心配だが公明党なら大丈夫なのだろう。そして相手方は常に約束を守る組織か。そこも疑問だ。だいたいにおいて他を利用して自分の益を守ることしか考えないのが世間だから。(黄鶴仙人)

現実・幻日

またもや痛ましい事件が起こった。今度は川崎。
この犯人の狂気を作ったものは何だったのだろう。根拠もなく想像しても仕方がないが、社会構造の歪みが一つの家庭や個人に集中し、ある人の精神を破壊して犯罪に駆り立ててはいないだろうか。そのとき政治・施策の貧困が遠因になっていないだろうか。金属材料でも機械構造の中で鋭角的に接合された箇所、いわば設計上の欠陥があれば、そこに応力が集中して機械は破壊に至る。人も金属も破壊のメカニズムは同じだ。
その政治だが、今にしてやっとわかった。表舞台には真の政治家は登場していないのだ。いるのは…。
国民の拠出した年金資金を元手につり上げた株価を実績とし、挙げ句の果ては外国のファンドの売り逃げによる株価の下落でその資金を失い…、
選挙の前には国民に不利益となる貿易交渉(それは当然政権批判を生み票を失う)は行わず…、
選挙ともなれば、美辞麗句でもって国民に幻日を見せて落日の日本を忘れさせ、そして当選した後は、人口減少対策など、今現実に、真に行うべきこと、国民の望むことに手を出さず、憲法改正など自分の望む方向にエネルギーを集中し…、
もっとあるが、要するに政治家として名を残したい人物・権力に妄執する人物が、国民のためではなく自分が政治家として存在するために政治の表舞台にいるのだと、やっとわかった。彼らに何かを期待するのは間違いだ。それが、東京と大阪に…。この点では既に大阪は東京をしのぐ都だ。もう都の構想は不要だ。
そしてこのような人々が権力の座にいることを支えるのは、汚濁に満ちていても陰で泣く人がいても、政治によって自らの懐が太ることだけを望む比較多数の国民なのだ。そこがたまらなく哀しい。犯罪はやはり社会構造が生みだすものといえる。ソドムの町に救いはない。(黄鶴仙人)

高槻市議会の会派の構成

会派の構成が市議会HPに掲載されている。なんだか、キツネにつままれたような思いだ。
その1。改選前に立憲民主・元気ネットは公明党に次いで二番目に大きい集団だったのが、空中分解して3人の立憲民主党たかつきになった。辻元清美衆議院議員の地元だから、それなりに強固な集団かと勝手に思い込んでいたけれど、どうやら違ったらしい。あらためて選挙公報を見ると、中浜実議員は「○〇党公認」という添え書きがない。平田裕也議員は明確に「無所属」。「組織運営に対する考え方が私の思いとは異なるため」離党すると、昨年8月の平田裕也議員のブログにあるけれど…。何かあったんですかと、尋ねたくもなる。小異を捨てて大同につく度量が必要なのでは?グループ内のゴタゴタは支持者を減らすことになりかねない。
その2。以前から不思議だったけど、「自民・無所属議員団」を構成する無所属議員とは、どのような存在と理解すべきなのか?既成政党には与しない独自の考え方・信条をお持ちなのか…。だとしたら、なぜ自民にくっつく?自民党に近い立ち位置なのか…。ならばなぜ自民党に入らない?反維新ということで、一致した?それならわからないでもない。ともかく、ご都合主義の臭いが消えないけれども、独りでできることには限界があるし、会派をどう作ろうが自由だし、維新と同数以上の勢力をもって市政を糺すことにがんばってくれれば、それでいい…としよう。(黄鶴仙人)

泰平の世に

閑話休題。
京都二条城の西門。15代将軍慶喜公が最後に退出した門として有名だ。その門の柱を横につなぐ貫(ぬき)に落書きがある。「書く」というより彫っているから「落彫り」とでも言うべきか。
落書き或いは落彫り、それは一つや二つではない。よくぞ彫り込んだものと思うほど、貫に一面に存在する。もう、新たに彫る余地はないのではないか。種類も文字だったり絵だったり、或いは形象物だったり。形象物は、家紋と馬標(うまじるし)だ。馬標とは、戦場で陣を敷いたとき、大将ここに在りとその位置を示すために高く掲げるものだ。大名行列でも先頭付近に捧げ持っている。
上掲写真にある船やキツネの絵はなかなか上手い。線に迷いがなく、曲線もきれいだ。様々な馬標も彫りが深く、長時間の作業を要したようだ。これらの落書きを含めて、この西門は重要文化財になっている。
この落書き、いつ頃のものだろうか。時期が一番判りやすいのは「元文二年己四月十一日」との落書きである。「文久」と誤読しやすいが、この落書きは「元文」の行書体である。また己(巳年)とも書いてあり、元文2年は1737年、干支は丁巳だから間違いない。八代将軍吉宗の時代で、元文は享保の次の年号だ。
その左には「秋元隼人正」という文字が見える。18世紀前半の実在の人物で大身の旗本。元文2年に二条城の城番だった可能性がある(未調査)。もちろん本人が自分の名前を彫ったのではなく、城番に当たった下士が犯人だろう。
馬標では、たとえば②の五平餅のような長楕円形は、越後椎谷藩1万石の堀大膳亮直著(ほりだいぜんのすけなおあき)のもの。この藩は宝暦12年(1762)及び明和5年(1768)に二条城御番に当たっていて、この年に西門の警備に当たっていた下士の者が彫り込んだ可能性がある。なぜそれが判るか。種明かしをすると、江戸時代に毎年発行されていた武鑑という書物がある。これは大名家の人名録のようなもので、現当主の名前、家紋、馬標、奥方の出自、嫡男の名前、簡単な系図などがそれぞれ家別に掲載されている。そして、二条城と大阪城の御番として12家が挙げられ、それぞれの家の当番年が明示されている。12家は、みな5千石以上1万石以下の大名または旗本である。この武鑑をもとに幾つかの馬標や家紋を彫った者の推定ができたが、詳細は割愛する。
いずれにせよ、この落書きは18世紀前半から後半にかけて彫られたものである。18世紀末といえばフランス革命の頃だ。遠い海の向こうの動乱も知らず、のんびりと落書きに精を出していた200年前のご先祖たち。しかし、なんと時代に無知な、と、笑えない。今の自分たちはもっとひどいのではないか。江戸の昔は長崎からの情報が幕府中枢にもたらされる以外、人士は何も西洋事情を知らなかったのに比べ、今はネットで全ての情報が入るにもかかわらず、米中の覇権争いをよそに、都構想などにふける集団があるのだから。(黄鶴仙人)

議員辞職

帯状の雲が二つ三つ、青い青い空に重なって見える。あれは、南北に横たわる鈴鹿山脈を強い西風が越えたあと、伊勢湾上空で大きく上下に波打つ、その上昇中に湧いた雲だ。風の下降中に雲は消える。
山小屋に聞こえるものは、遠い松籟、ウグイス、ホオジロ、シジュウカラ、そしてカッコウも。ああ、もう夏なんだ。
山の上に比べれば、下界の何と汚れていることか。何が正しくて何が間違っているのか、判断できる人もいるはずだが、その声は小さすぎて聞こえない。
「戦争」の次は「女」。弁明の機会が与えられても病気欠席。2015年に酔って口論の末、人の手を噛み、次に飲酒したら議員を辞めると言っておきながら逃げの一手。次々に問題が明らかになっても辞職を拒む丸山穂高衆院議員。ただの酔っ払いなら許せることも然るべき立場の人間には許せないこと、特定の行動の制約が求められる時と場所があることを理解する能力がなく、これだけで既に社会人としての資格はない。いわんや、議員など。また参議院比例代表区の候補予定者長谷川豊氏も同罪。人を差別するに心を痛めない男だ。発言を撤回すると言うが、ひとたび口から出て人を傷つけた言葉は、二度と戻らない。綸言汗のごとし(天皇ではないが)。特別の意図はなくても人を傷付けてしまうのが言葉だ。まして差別発言だ。仮に撤回できても、発言を産み出した精神構造は簡単には変わらない。社会を設計する議員としての資格はこの人にもない。維新というところは、この種の人材に事欠かないようだ。
その維新。長谷川氏の取り扱いにつき党紀委員会にかけると言うが、そもそも党員の非違非行に対する規則はないのか。日本には罪刑法定主義というものがある。どのような悪いことをしたらどのように処罰するとあらかじめ法律で決めるという原則だ。次から次に問題が出てくるのは、どうも維新にはこういう規範がないからだ、だから言行に恥じる人間が出てくるのではないかと私などは推測してしまう。まあ、委員会という手続きも必要だが、根拠をもって即断すべし。…まあ、そもそも、どういう人が集まっているか、なのだろうけど。
そして、戦前の反軍演説に触れ、大政党が少数政党の議員に辞職圧力をかけるのは議会制民主主義を危うくするとおっしゃる伊吹文明さん、そりゃそうだが、反軍演説と酔ったあげくの非行とはレベルが違う。羹に懲りて膾を吹くな。形にこだわるあまり非を非としないことの方が人間を危うくする。それに自民党はそんな大政党でもない。(黄鶴仙人)

維新に正義なし

維新が公明党に迫った。
「都構想に賛成しろ。しないなら、次の衆院選では公明党が議席をもつ選挙区に維新から候補者を出す」
いま、大阪の選挙では維新は敵なし。この夏には衆参ダブル選挙も噂されている。衆院の議席を失いたくない公明は都構想住民投票の実施に賛成の態度を示した。ところが、
「それだけでは不十分。都構想自体への賛成がなければ全面対決する」
公明党はこの脅しに屈したようだ。都構想賛成に回る姿勢を示した。
以上は本日(5.20)の毎日新聞朝刊の伝えるところだが、これに立腹しない人がいるだろうか(維新支持者でも、他党が同じことをしたら、どうだろうか)。世間のだいたいの組織はもっと仁義をわきまえている。選挙に強いことを笠に着て他党を脅し、自分のやりたいことの実現を図る。そこに正義はない。
都構想が本当にまっとうな住民サービスのための手段ならば、そして他の政策に先駆けて行うべきものならば、堂々と説明して市民の賛同を得ればよい。市議府議は市民の意見を代表して議会で賛意を示せばよい。その手順を経ずに近道をして府議市議を落とそうとする。これが間違いの第一点。
「前向きな議論が進むなら、よりよい案を追究する」(吉村知事)とは語るに落ちた。都構想という話が始まって何年もたつのに、まだ、いまもって、自信をもって語れる成案がないようだ。政策立案能力がないのに無理矢理何かをやろうとする、これが間違いの第二点。
そして、成案がない段階で、他党は何に対して賛同するのか。いまから1年かけて内容を協議するようだが、協議前に賛成を迫るとは!見合いの前に結婚を決めるのは、昔の話だったが。パンツを履く前にズボンに足を入れるような、ものごとの順番の違うのが間違いの第三点。
雑多な人の集まりであるこの社会をまとめるには、一つの規範を高く掲げることが必要だ。それは誰もが納得できる合理性・合目的性・公正さを帯びたものでなければならない。政治においても然り。若い人にとって政治のありようは今後を生きることの鑑でもあるのだ。しかし、都構想にからむ他党との調整に際し、維新には正しい姿勢を見せようとする気概が見受けられない。選挙の得票数が多ければ、何をしても許されるのか。正義を失ってもよいのか。これが誤りの第四点。
そんな間違いだらけの維新をだれが支持しているのか。府民の三分の二だ。彼らが、本来は正義を柱とする社会のありようを破壊した。東京とは違うものを求めたいのかもしれないが、これでは府民の幸せは得られない。自業自得とはこのことだ。
一つの方針にこだわらず状況に合わせて態度を変える、それはいつの時代も、誰にとっても必要なことと、理解はできる。徳川恩顧にこだわっていては御一新の嵐の前に家臣や住民の死を招くため、ある藩にとっては、家を残し人を救うためには恭順もやむを得なかった。公明党の方針変更も苦渋の選択だろう。しかし、都構想が成ったと仮定したとき、党が残っても住民の生活はダウンする。その後に何か救済策を考えるというのか。(黄鶴仙人)

大阪に「成長」はなかった 余聞

大阪府統計年鑑を見ていて、気がついた。
労組の数、組合員数、争議発生件数、いずれも年々減っているのだ。組合の数はこの10年間で約約10%、組合員数は約5%減っている。争議発生件数をみると過去10年で半減している。このままいくと、100年後には労働組合は絶滅する。10年後には争議も発生しなくなる。
これは何を意味するのか。労働環境がよくなって争いを起こす必要がなくなったのか。理想郷で働く労働者が増えたのか。まさか、ねぇ。ともかく、これも社会の変質を示すデータだ。(黄鶴仙人:グラフは大阪府統計年鑑から筆者が作成)

ピンキリ

二~三か月前の地震で緩んだ屋根瓦が紙切れのように強風に飛ばされていった。あれは去年の9月4日、台風21号の来襲のときだ。その同じとき、高槻市北部の山中一帯では高さ20㍍以上に成長した杉や桧がなぎ倒されていた。その被害面積は高槻市内で613㌶(大阪府全域では728㌶)。この被害をもたらした風は関空で最大瞬間風速58.1mを記録した(大阪府環境農林水産部作成「台風21号による風倒木被害発生地(高槻市等)の状況について」による)。
この倒木は、被害から8ヶ月を過ぎた今もほとんど手つかずのままだ。それが次の豪雨で流れ下ったら、下流域はどうなるか…と、前大阪府議の宮原たけしさんがfacebookで危険を予知・予告しておられる。この指摘は正しい。将来の危機を予測し備えを万全にする、そして被害を最小限に抑え、市民の安全と幸福を確保する、こうした危機管理のできるのが、組織のリーダー、または政治家のあらま欲しき姿だ。残念ながら高槻市民はこのような政治家を当選させなかったが。ついでに言うと、概して人は、危機を事前に察知して最小限の費用と労力でこれを回避する人物よりも、危機に臨んで大わらわに働いたふりをする声の大きい人物の方に、より高い評価を与える。面白いものだ。
さて一方に、「北方四島返還は戦争で」と叫んだ国会議員がいる。大阪選出だ。所属政党は維新だった。多くを語る必要もない。
宮原前府議と丸山衆院議員。まさに政治家としてピンキリだ。ちなみにピンは賽の目の一、キリは十字架のクルスが語源で数字の十を意味する。で、上等なのはピン。キリの方が政治家としての身分を保証され居座る。毎年4千万円もらえれば、居座りたくもなるだろうが、もうそうなったら、ただの亡者。(黄鶴仙人)

大阪に「成長」はなかった 4

平成18年度以降の府債の年度末現在高は下図のとおりである。
府債は、平成21年度末に急伸して25年度にピークを迎えたが、以後は漸減している。国の借金が毎年増える一方であることと比較すると、借金の伸びが止まった、むしろ減っているというのは望ましいことだ。
だが、この図をよく見ると、平成20年2月に橋下氏が大阪府知事に就任して以来、府債の額が増えていて、いま、その清算をやっているけれど維新府政以前の状況には戻っていないのである。だから、借金が増えなくなったことが功績と言えるのか、褒めるべきか、頭をかしげてしまうのだ。
また、府債と一口に言うが、その中身は、将来への投資のための一時的な借り入れ金と財源不足をまかなうための本当の借金との2種類がある。それらが、この10年でどう変化したか。下図のとおりである。平成19年度末と29年度末を比較してみると、前者の一つの一般公共事業債が10年で半減している一方で(一般単独事業債は大きな変化はない。念のため)、後者の一つの臨時財政対策債残高は平成19年度末の約5353億円が29年度末には約2兆2400億円、約4倍に増加している。またよく似た名前だが、財源対策債残高は19年度末の約390兆円が29年度末には約2880億円と、約7倍にふくれ上がっている。ここにあげた二つの地方債は、発行手続きが違うけれども要するに財源不足を補うための本当の借金である。駄洒落のようだが、府債=負債である。
財源不足…、そう、税収は減っている。地方消費税の増などがあるから税収全体を見ても実態がよくわからないが、個別に見ると、減り具合がよくわかる。たとえば、自動車取得税が半減している、と言うことは新車購入が半減しているのだ。府民の生活の一端がここに見える。ゴルフ場利用税の減は、何を意味するのだろうか。
この10年間の維新府政をわかりやすく言うと…。
税収はどんどん減っていった、金がないから将来への投資であるハコ物作りは減らした、だけど社会福祉など毎年必要な経費もあって支出は大きく減らせない、このため借金ばかりが増えていった…。そういうことだ。財源を増やす智恵と政策が必要だったのに、それがなかった。維新の眼中にあったのは都構想だけ。
「成長」の跡はどこかにないかと、調べれば調べるほど、これでもか、これでもかと引き潮の跡が現われてくる。何度も言うが、大阪に「成長」はなかった。維新が都構想にこだわっている間に、府民の生活は悪化した。その失政を隠すための選挙のどんちゃん騒ぎだったようだ。府民は政治の在りようを見ようともせず、その騒ぎに浮かれた。(黄鶴仙人)

大阪に「成長」はなかった 3

人口は増えない、GDPの伸びもない、しかし失業率は改善している。過去15年の状況は次の図のとおり。この図で、「総数」とは全年代にわたっての失業率を、「15~24才」は15才から24才までに限っての失業率をいう。
しかし、これをもって「大阪の成長」とは言えない。経済成長のところでも触れたが、全国的な傾向と同様であり、大阪だけの特性が見られないからだ。それどころか、全国の状況に比べると大阪府は失業率が毎年高い。また、失業率は失業者総数を分子に労働力人口を分母にするが、失業者が減らず労働力人口が増えた場合も失業率改善と見え、大阪府の統計は実際にそのとおりの状況を示している。
そして、極めつけはここだが、求人倍率が上がり仕事をする人が増えても、一人当たりの給与は減っている。最近下げ止まっているようだが、貧しくなっていくのに、どこが成長なのか。こういう状況を許す政党に、人はなぜ投票するのか。その愚かさは救いがたい。目覚めよ。(黄鶴)