一悪衆善

一悪をもって衆善を忘るなかれ・・・、この言葉を若い頃に何かで目にして、以来、人を評価するときの鑑にしていたのだが、最近になって原典に当たり、文言が正確でなかったことを知った。
正しくは、「一悪をもってその善を忘れ、一過をもってその功を忘るなかれ」だった。唐の太宗が息子に宛てた帝王教育の書、帝範の、審官第四にある。たった一つ欠点があるからと言って他の美点を忘れてはならない。また一つの失敗があったからと言って、それまでの功績を無いものにしてはならない。そんな意味だ。しかし、人を客観的に正しく評価するのは難しい。全ての才能が毎日見えるわけではないし、善悪とは別次元の好き嫌いという感情も入ってくる。
今回の統一地方選挙では、維新について、帝範にいうところの逆のことが起こったように見える。一つの美点・功績が他の失策を覆い隠しているのだ。美男であれば七難を忘れたかのように黄色乃至は焦げ茶色の声援を若い候補者に送る女性支援者が多いし、我が友人の一人もバスの運転手の給料を削減したことをもって維新支持の論拠とする。
ただし、この世の出来事に単純なものはない。七難を忘れさせる複雑な要因が裏にある。環境条件もそろっている。それが何か。稿を改めて明らかにしたい。(黄鶴仙人)

逆相関

思わず、唸った。2015年から2018年までの任期中に各議員は何回質疑・質問をしたか、その回数と、2019年4月に行われた市議会議員選挙の得票数との関係をグラフ(散布図)にしたら、みごとな逆相関の絵が現われた。図の中で、赤の破線は私がざっと引いた傾向線である。それ以外は作為のない、エクセルが自動的に作った図だ。
悲しいかな。質疑・質問が多いほど、次の選挙で得票が少ないという結果を、この図は示している。
この図を前にしたら感情が整理できなくなったので、以下箇条書きにする。
○ほとんど仕事をしなくても当選できるのだ・・・
○実はそれが、1回や2回ではないのだ。その議員は選挙の度にそうなのだ・・・
○仕事をしない人間を当選させる市民が、すこぶる多い。質疑・質問数20回未満の議員の得票数合計はざっと4万。新人議員の仕事ぶりは未知数だが、投票者の半数は個々の議員の仕事ぶりには興味なさそう・・・。他の要素を基準にする。
○だから、4年間議席に座っているだけで4千万円の収入になる議員が誕生する。その一方で真面目な議員ほど得票を減らす。ああ、天道是か非か。
○選挙目当ての改革を言うよりも、議会改革よりも、自らを活性化させるべきではないか。それが改革の第一歩だ。
○「毎日会社に行かなくても、勉強しなくても~、誰にも叱られなぁ~い、・・・」こんな歌があったなぁ・・・。(黄鶴仙人)

選挙の集合ポスター

あれ、何て呼ぶんでしょうね。市議会選挙用のポスターをまとめて貼る掲示板みたいなの。ある人いわく「仕事をする議員の顔見せ。しない議員のさらし首の場」と。
選挙が終わって1週間。でもまだ、しっかり立派に立っています。どうせならこのまま、次の選挙の公示前まで4年間、置いていたらどうでしょうか。そして、各自のスペースに仕事ぶりを自ら記載するとか。質問回数を「正」の字で。インターネットで見るのは飲み食いや映画の情報程度で、市議会のページなんて見る人少ないです。それより、買い物ついでに毎日、議員としての適切度が見れる看板がいいのです。少しは反省する市民がいるかも。軽挙妄動のような自分の投票を。
選挙前には気づかなかったのですが、北岡議員のポスターに「前期は私と同じくらい質問する人が2人いて、(私は)さほど抜きん出てはいなかったのです。しかしその2人の議員は落選。高槻市以外でも、議会で頑張っている議員が落選するケースが見られます。(中略)イメージに惑わされず、市民の皆さんにとって、議会にとって、本当に必要なのは誰か、見極めて下さい。」と。
本当にそうです。同議員と全てについて意見が一致するわけではないのですが、この点は全く同感。
ちなみにその2人は、当HPの「1.市議会という舞台で 第一部」のうち2011~2015年の記事から明らかです。だけどほんとにまあ、頑張る議員が落選してきた現実は、悲しいものです。熱心に質問することは市政を糺すことであり、糺された市政・・・間違った方向に行かなかった市政の恩恵を被ったのは市民。なのに、その市民は、恩恵を受けたことに気づかないまま、次の選挙では、前期に頑張った議員を見捨てる行動に出る・・・。そこに何ともやりきりない思いがするのです。親に育てられた子が、親の苦労を知らないまま巣立ちするのに似ていますかねぇ。そのとき親は、子が健やかに育ったことをもって、自らへの慰めとするのですが。感謝の言葉がなくても。あと2週間で母の日です。(一去)

新旧交代

2019年の市議会議員選挙が終わった。34名中8名の議員が交代。リタイヤまたは他への転進者の平均年齢は約58才、新人議員は約46才である。一応、新旧交代と言うべきか。目立つのは、リタイヤ等で空いた穴を主として大阪維新の会の新人議員が埋めたことである。大阪府知事・大阪市長選の結果とも相まって、そのことに危惧を抱く人が、私の近辺には多い。だが、かつて日本新党に幻想を抱いた私は何も言えない。維新人気の一方で、議会人としての本分を全うする高槻市議会の希望の星とも呼ぶべき議員たちも、なお気を吐いている。まんざら捨てたものでもない。
インターネットの利用状況をざっと調査し、「説明責任の果たし方」に掲げた。本文に記載したとおり、ツイッターなどの短文は、私たちはネット利用とは見なしていない。そこでは論理ではなく印象や感情が優先されるからである。ただ、部内にも「政治は論理や知性に拠らないから、それもいいんじゃないの?」とのたまう輩もいる。(黄鶴仙人)

来訪者の数が

面白いとも思われぬ当HPであるが、それでも訪問してくださる方々はある。実に有り難いことだ。
去る4月14日の市議選公示の日から昨日までに、その数が1500人を越えた。内訳は、公示日260、投票日790、投票翌日887である。ふだんは20~30人だから、この数に実は驚いた。物言わぬ圧力をも感じた。4年前は投票日でも100人程度だったと記憶する。
イメージ戦略の上に乗せられてお祭り気分で投票する人も多いが、一方に、ポスターや派手な選挙活動に惑わされず、地味な議会活動を参考にして投票したいという人が確実に存在することを、この数は私たちに知らせてくれた。1500人ということは、もしかすると誰かの当落にも影響するのではないか。
であるならば、きちんと、客観的に、善しも悪しきも、息長く高槻市議会の有り様を伝え続けねばならないと思うのである。(黄鶴仙人)

2019市議選

復活祭に3日遅れてこちらも復活。いや、遅れていない。東方教会の復活祭は28日の日曜日。今日は西方教会と東方教会のイースターの中間だ。水曜日はドイツ語では「Mittwoch:週の中間の日」でもあるし。
3日前の西方教会復活祭の日、高槻でも市議選が行われた。選挙期間中、なんとまあJRも阪急も高槻駅前の賑やかだったこと。あの賑やかさを議場でも発揮してほしいが、過去の例からみて、そういう人は大体が選挙で全エネルギーを消費し、議場では4年間静かだ。1週間の活動で4年間の議員報酬4千万円を手にする幸せな人たち。選挙運動で賑やかに何を謳ったか、その証拠資料である選挙公報は、資料編に残す事にしています。
そうそう、北岡議員は、議員の通信簿として当HPと同趣旨の質疑・質問数のデータなどを選挙ポスターなどに使っておられました。独自に調査されたのか、当HPからの引用か存じませんが、引用も大いに結構です。著作権侵害などと野暮な事は申しません。地方自治に関する学術研究でも何でも、ご自由に使ってください。このHPは、すべてオープンです。ただ、質疑数など絶対に数え間違いはない、とは言えませんので、その点もお含み置きください。(黄鶴仙人)