文書改ざん

6月14日「文書改ざん」
シンガポールにおける歴史的会見の陰に隠れたが、この寸劇も忘れてはならない。
森友学園への国有地売却に関連する文書の改ざんは、佐川氏を中心とした当時の幹部による不祥事と財務省の調査によって認定された。だが、誰のために、何のために、という動機あるいは目的については何も明らかに書かれなかった。そりゃ当然だろう、内閣が吹っ飛ぶようなことは書けるはずもない。
担当大臣は「それがわかれば苦労しない」とおっしゃった。総理は、再発防止を指示した。ここが劇のクライマックスだ。このようなネタバレ寸劇は近頃めずらしい。いや、政治の世界では常にあることか。多額の政治献金を受け取っていながら、それが黒に近い灰色のものであると知りながら、検察を指揮した人も昔はいた。
それにしても、佐川氏はなぜ責められねばならないのか。自分を犠牲にして、ウソを並べてまでも、政権を守ったのだ。みごとだ。殊勲甲ではないか。役人の、臣下の鑑ではないか。褒められこそすれ十字架を背負って歩かされるのはおかしい。改ざんはおかしいと良い子ぶらないで、首領は、でかしたと褒め讃えるべきだ。
それにしても…と、もう一つ思う。改ざんは、「私と妻が関係していたら総理をやめる」との首相発言を受けて、それとおぼしき部分を削除したものだった。ところが、「贈賄の文脈で、関係していたら…」と、首相発言が変わった。この発言の変化を受けて、改ざんはそれに合うようにもう一度行うべきなのではないか?公文書は国民のためではなく政治家のためにあるのだ。日本書紀も昔、天武政権当時、諸家の記録の誤りを正し、政権の正当さを示すために編纂され、後世に残されたのだから。(黄鶴)

交渉力

6月13日「交渉力」
「世紀の会談」とは、よくぞ言った。確かに史上初めての米朝首脳会談だったが、中身は何もない。ないどころか、言葉遊びのように核廃棄を口にする北に、アメリカは口車に乗せられて北の体制を保証した。引き換えに得るものは何もなく、アメリカは一方的に北朝鮮に貢献した。声明の中に核廃棄の具体的行動が書かれていないことについて記者会見で質問され、大統領は「時間がなかった」と釈明した。いや違う。なかったのは時間ではなく能力だ。
ここで思い出すのは、統一新羅が唐に一通の手紙を送り、それによって唐による新羅侵攻を思いとどまらせた歴史だ。記憶があやふやだが、あれは金春秋ではなかったか。彼は倭国にも来て誼を通じたあと、唐と連合して百済を滅ぼし高句麗を滅ぼし、統一新羅を打ち立てた。唐はこのとき、一時的に新羅と組んで他の二国をつぶした後は、新羅をも滅ぼして朝鮮半島をすべて手に入れるつもりだったようだが、統一新羅は手紙一通で唐を手玉にとり、新羅を守った。古来それだけの交渉力を持つ民族なのだ。アメリカはそれを知っているのだろうか。甘く見るなと言いたい。姓も同じ金一族だ。
この後どうなるか。容易に予測はつく。アメリカは、核を手放さない北朝鮮にどのようなことばを投げることになるのだろうか。そうそう、一方的貢献の中に日本による経済支援が含まれないように気をつけたい。
それにしても、ある国が他国の体制を「保証する」のは異様な光景だ。アメリカに保証してもらって、それで国は安泰なのだろうか。国民がその体制に異を唱えたらどうなるのだろうか。まあ、唱えることのできないシステムはあるが。
…あ、そうだ。政治体制をアメリカに保証してもらっている国は、ほかにもあった。(黄鶴)

歴史的な会見

6月12日「歴史的な会見」
今日は「歴史的な日」らしい。だが、何とも腹立たしい。歴史的な日に、誰がした?何のために?
太平洋の向こうの大国は、アジアのこととなると常に対応が遅れる国だ。芽が小さいうちに摘んでおけば何の問題にもならないのに、ことが大きくなってから騒ぎ出す。南シナ海にしても、北朝鮮の核にしても、対応は同じだ。南シナ海では中国による環礁埋め立てを知っていながら見過ごし、巨大な軍事基地と化してから航行の自由作戦を始めた。北朝鮮の核開発については6カ国協議を進めることもなく北に開発の時間を与え続け、アメリカ本土を照準できる弾道弾の出現を見るに及んで慌て始めた。確かに、芽が小さいうちに先を見越して対処してしまっては、為したことの重さを人に知られることがない。問題が大きくなった後にこれを解決すれば、よくやったと世間は褒めそやす。そういう効果をアメリカ大統領は狙っているのか。北も、常識的な平和人よりも国際秩序を破る極悪人でなければ表舞台に立てないことを知っているようだ。他国への脅威をわざと作り、それを止めるから見返りをよこせ…というのが常套手段だ。その思想・行動は日本人の発想を超えている。今後の参考にしなくては。
大統領として存続するために、国家元首として君臨し続けるために、共に国民への政治的成果のアピールとして、今日がある。その報道のために3千のマスコミ人がシンガポールに集まる。
会談場所のセントーサは歓楽の島である。噴水を光で染める夜のページェントを見た記憶がある。いかにも、世紀の会談の場所にふさわしい。
一つ思い出した。ざっと25年前、アメリカは北朝鮮を攻撃しようとしたことがあった。しかし報復によりソウルが火の海になることを恐れた韓国の反対で沙汰止みになった。難民が海を越えて押し寄せる日本にとっても悪夢だったろう。小さな芽を摘み取らないことに、周辺国も協力していたのだ。
時のクリントン大統領は、アジア人数百万人の犠牲を出してアメリカを救うことをやめたバランス感覚の持ち主だったが、今は、アメリカ・ファーストを叫び閣内に黒人を一人も加えない大統領だ。アメリカ人3億人を救うためにはアジア人1千万人を犠牲にすることも当然とするのが、レイシズム・アメリカ人の本音のはずだ。(黄鶴)

山上にて

6月6日「山上にて」
すべてを忘れて山にこもる。これが私には至福の時間だ。
人工の音は何も聞こえない。松の梢を渡る風の音と競い鳴く鳥の声だけが、粗末な方二丈の山小屋を包む。周囲の馬酔木は無数の小さな実を着け、朱やピンクのツツジが花の形をしたまま地上に降り敷く。今、可憐なイヌツゲの花が盛りだ。ふと思う。花は、無限とは言えない虫たちの来訪をより確実にするために、替わり番こに咲いているのではなかろうか、と。虫達に花粉を運んでもらわなくてはならないから。
伐り残した松の木の間にロープを渡し、縄ばしごのようなハンモックを作って老身を横たえると、ロープの弾力で少し揺れる。目を閉じる。70年の深い疲労の上に遠い夢がたゆとう。
今日のように雨の日は、桧の森を背景に流れる霧(下界から見ると雲)を窓から見る。松の葉の先に生まれては落ちる水玉を数える。水玉も生まれる時は卵形だ。イヌツゲの葉の下で小さな啄木鳥のコゲラが一時の雨宿りをする。
残された日々は少ない。人とは何か、生きるとは何かを考えることはもうない。人は、樹木の一本のように、鹿やテンの一匹のように、ただそこに存在するだけでもう十分なのだ。何かができないと嘆いたり焦ったりする必要はない。まあ、存在するついでに、何かができていたとすれば、それはすごいことだ。
活動に継ぐ活動の若い日々もいいが、静かな老いの季節もまたいい。微風の中で揺れながら、雨を見ながら、自然と同化する。至福の時だ。(黄鶴)

無明の世は続く

6月5日「無明の世は続く」
言葉にならない怒りの日々が続く。
この世は無明で覆われている…、これは中村元訳「ブッダのことば」彼岸に至る道の章(学生アジタの質問)にある教えだ。
国の外では、信義を押しのけて核兵器を背景にした力がまかり通っている。国の中には、権力者を中心にした多数人による嘘で塗り固められた政府がある。これらを見るとき、人の上を覆う異常なものに気づく。そして、権力者とお友達になって甘い汁を吸おう…、吸った後は権力者がウソで救ってくれると思う者の多さを見るとき、無明の暗雲が覆うのは権力者の側だけではないことにも気づく。さらに、そうした者の数が比較多数を占める以上、政治の私物化に憤る多数の人の意志が活かされない制度が存続できることも、無明と言わずして何と言うべきか。
そこに誠などはない。いや、ないわけではなかろうが、欲望が勝っている。これは人間が人間である限り変わらないだろう。組織のためなら最高学府を出た人間も平気でウソをつく。そういう人間に仕上がるのも、人としての仁や正義を教えない今の学校教育・家庭では無理からぬことだろう。
釈迦死して2500年。無明の世は少しも変わっていない。(黄鶴)