8-2 過去ろぐの倉庫② 2015年4月~9月

目次

2015年9月
30日「9月議会 一般質問①」   「ネット利用状況 9月末」 29日「名月議会」28日「安保関連法③ そのとき地方議会は」  27日 「ぶろぐ日曜版 高槻災害史① 弥生時代(A.D.127年)」  26日 「安保関連法② そのとき維新の会は」   25日 「26年度政活費報告は誤り」維新の党      24日「安保関連法① CNN報道」  13日「ぶろぐ日曜版 消えた地名」 12日「橋下氏国政転身」 11日「市議会だより」10日「氾濫」 9日「松井知事のミラノ視察」  8日「継続は力」 7日「9月議会」  6日「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面3」5日「住民投票条例」  4日「再議権行使…維新の党利党略」3日「はにたんプレミアム商品券」2日「デモの参加人数と民主主義」1日「ネット利用 8月末」
2015年8月
31日「維新系枚方市長誕生 支持率は17%」 30日「維新…言行に恥ずるなかりしか」 29日「論語の『暴虐』と維新」 28日「引き潮の維新」 27日 「不要不急の行政視察」 26日「市会議員の慰安旅行」 25日「実態と情報 その2」 24日「実態と情報」 23日「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面2」  22日「政務活動費の収支報告書から」 21日「高槻にも空襲があったけれど」 20日「知らずに愛して」 19日「議会中継システムの種類」 18日「議会のインターネット中継 その3 高槻批判」 18日「議会のインターネット中継 その2」 17日「議会のインターネット中継」 16日「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面」 15日「26年度政務活動費5 会派共用費  適正化への期待」 14日「26年度政務活動費4 会派共用費残額 維新の党の誤り」12日「26年度政務活動費2 返納額」 9日「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 五百住」 8日 「お隣の町の…」 7日「改選直前の議員たち」  6日「改選直前の議会」 5日「公約の追求」 3日「ネット利用 7月末」2日「ぶろぐ日曜版 能因法師 その2」 1日「レクサスを有権者は許すのか」
2015年7月
31日「中国発の大気汚染」 30日「公約を守る議員は…」  28日「レクサスと維新」 27日「市議会傍聴記抄」 26日「ぶろぐ日曜版 能因法師 その1」  25日「2015年質疑・質問数」  24日「講演会vs.市議会」 23日「一般質問 7/16 その6」  22日「一般質問 7/16 その5」 21日「一般質問 7/16 その4」 20日「一般質問 7/16 その3」 19日「ブログ日曜版 なみはや その2」 18日「一般質問 7/16その2」 17日「一般質問 7/16 その1」 16日「本会議報告 7/15]  15日「強行採決の日」 14日「一般質問と議員提出議案」 13日「報酬は公開を」  12日「ぶろぐ日曜版 なみはや その1」 11日「ネットによる活動報告 その2」  10日「有権解釈をピンぼけと言う異常」  8日「任期を終えたら」 7日「無効票」  6日 「防災考古学」 5日「新羅人の末裔」  4日「開票所にて その2」 3日 「開票所にて その1」 2日「代表質問 その3」1日 「代表質問 その2」  2015年6月
30日「代表質問 その1」  29日「王国」  月28日「ぶろぐ日曜版 むかしおとこありけり」  27日「全国市議会議長会による議員表彰」26日「2015年度予算」    25日「林道管理条例」  24日「議員4年で表彰!?」 23日 「6月議会」 22日「改正派遣法案衆院通過」21日「ぶろぐ日曜版 大道」    20日「委員会(4) おいしい話 その2」  19日「委員会(3)  おいしい話」   18日「委員会(2)」    17日「委員会(1)」  16日「維新の動き」   6月15日「軽減税率」   14日「ぶろぐ日曜版 古代条里制」  13日「選挙公報から その13 野に遺賢なからしむ」 月12日 「悪逆維新」 11日「選挙公報から その12 野鶴鶏群にあり」  10日「選挙公報から その11 三不幸」 9日「国会議員の通信簿」  8日「さらに不可解 自民+維新」 7日「ぶろぐ日曜版 嶋上郡衙跡」  6日「選挙公報から その10 曰く不可解」 5日「選挙公報から その9 恒産恒心」 4日「選挙公報から その8 水清ければ大魚なし」 3日「選挙公報から その7 誠は天の道なり」   2日「市民へのネット通信」 1日「ネット利用議員数」
2015年 5月
31日「ぶろぐ日曜版:うちわもめ」  30日「選挙公報から その6 青山一髪」 29日「選挙公報から その5 南山不落」 28日「『維新』が消えた」 27日「国会も」 27日「天下三分の計」  26日「選挙公報から その4 我より古を作す」  25日「選挙公報から その3 死して後已む」 24日「ぶろぐ日曜版:詩経 大雅 文王」 23日「選挙公報から その2 天道是か非か」 22日「選挙公報から その1 驥尾に附す」 21日「議会の自浄能力」 20日「新しい会派」  19日「熱いうちに」  18日「橋下徹市長とは」 17日「引退した議員と引退すべきであった議員」 16日「質疑・質問数の更新」  15日「都構想批判(続)」  11日「都構想批判」  10日「顔の広さと得票数の関係」 9日「投票行動 2003~2015」 8日 「ハーメルンの笛吹き男」 7日「公金で豪華昼食」  6日「無関心 その2 税と年貢」 5日 「無関心 その1 選挙」  4日「投票率の低い地域」  3日「民意は天の声か」 2日「議員のホームページ」 1日「ポスター掲示場」
2015年4月
29日「党派別議員数の変化」  28日「ポスター掲示位置と得票数」  27日「凧」  27日「党派別得票数の変化」  25日「違反ではないが」 24日「ルール無視」  22日「府議選の結果から」 21日 「誰に投票すべきか」19日「開戦」 17日「事前運動」13日「有権者と審判」 12日「維新のまやかし」 11日「首長提案 半数が素通り」

9月30日 「9月議会 一般質問
かえで「ママ、こんなところに居たの」
御島媼「あぁ、かえで。少し菅原道真公とお話をね。ここなら高槻市内全部が見えて気持ちがいいし」
かえで「いい天気だしね。ところで今日の本会議のご感想は?」
御島媼「はぁ…」
かえで「どうしたの(笑) ため息ついて…」
御島媼「一般質問を少し聞いたけど、活気も熱気も覇気もない。情けない」
かえで「議員の迫力もないわね。だから答える方もおざなり。ありきたりの答弁で身をかわしている」
御島媼「いつも言うけど議員の勉強不足が目立つわいな。これこれの件について現状はどうか、と尋ねる質問がある」
かえで「うん、多いね」
御島媼「現状はどうかと自分で調べて、そこに問題を発見し、その対策について市の行政に与る者と議論するべきなのじゃ」
かえで「3問のうち、そういう現状認識を共有するために現状を聞いている議員もいるけど」
御島媼「それは時間のロス。最初から問題に切り込んでいけば議論も深まる。妾のように800年生きておってもなお時間は惜しい。命短し恋せよ乙女、じゃ」
かえで「花を踏んで同じく惜しむ少年の春…」
御島媼「お。白楽天じゃな」
かえで「和漢朗詠集にあったよ」
御島媼「質問する議員は、まだ救える。座っているだけの議員、ありゃ何じゃ」
かえで「ふふふ。まあまあ…」
御島媼 「腹も立つぞよ。26年度決算書を見ると議員報酬総額は、2億8799万6775円。それだけの価値のある議会か、とね」
かえで「そうね」
御島媼 「データを見ると、改選以来、議案に対する質疑も一般質問もしていない議員が5人。まだ議事録も公開されていないので、件数も暫定値じゃがな」
かえで「ともかく、今のままでは魅力ある議会とは言えないわね。寄席じゃないんだから笑って楽しくとはいかないけど、こんなに低調じゃ市民の足は遠のくわ」
御島媼 「かえでにとって、興味のある話はあったかな?」
かえで 「その前に、おや?と思ったのがね、ある議員が2つの質問項目を通告してあったの。災害対策とクロスパル高槻の施設整備の2つを、ね。ところが新人議員でまだ不慣れなためか、1問目で登壇したとき災害対策の話だけで壇を降りて自席に戻っちゃったの。そうしたら議長曰く、二問目ではクロスパルの話はできないと。そんなのあり?かわいそうじゃないの」
御島媼「会議規則にはね、発言の通告をして、自分の順番の時に発言しなかったら、通告は効力を失う、とあるのよ。そして、2問目は1問目の内容の範囲内、とね。1問目でクロスパルの質問をしなかったら、そこでその話については発言の権利はなくなるの」
かえで「そっかぁ・・。仕方ないね」
御島媼「おや、もうこんな時間!続きは明日ね」
かえで「え?…あ、そうしようか」

「ネット利用状況 9月末」
9月末におけるネット利用状況を調査しました。
積極的にインターネットで活動状況を市民に報告する人はする、しない人は全く見向きもしない、そんな状況は前月と変わりありません。
何らかの理由で選挙の心配のない議員はネット利用もない傾向にあります。
facebookが議員活動報告の媒体たりうるか、これは活用の方法次第のようです。
全議員34名のうち、ネット利用経験ありは27名、うち5名は選挙後の挨拶以降に更新なく、9月もブログ更新するなど継続的なネット利用者は20名でした。(白雲)

929日 「名月議会」
28日と29日は9月議会の締めくくり。それにしても、まぁ~。静かな議会です。
名月に照らされた秋の川原の、音なき流れと枯薄…、のような。
質問もなく淡々と議題は流れ、10時開会で10時40分には議題13本が終わり、次は意見書提出の決議、と思ったら突如休憩。まだ40分しか経ってませんよ。なんで休憩?
あ、そう。わかりました。突然の追加議題ね。安満遺跡で弥生遺跡が見つかって、それを保存するために雨水貯留施設を計画よりも西側に移動させなくちゃならない、そうすると雨水貯留槽の上の土の層が厚くなるので設計変更する、鉄筋の数を増やす、コンクリート壁を厚くする、そのために21億8800万円のものが23億3500万円になる、その差額は1億4700万円! え~っ!
で、この追加議案をどうするか、相談してたわけね、そのため休憩35分。11時15分に再開されたけど、これまた北岡議員以外質問者なし。あっという間に可決成立。
でもね、ちょっと待ってくださいよ~。なんかおかしい。ちょっと構造変更する、それだけで1億5千万円近くも増える?簡単にOKするんじゃなくて、もう少し検討したらどうなんでしょ。お金の増えない場所への移転は考えられない? 議員の皆さん、即座に判断できるほどの土木建築の知識がある? それと、西の方と言ったって、あのあたり一帯が遺跡だから、西にも何かあるはずなんだけどね。工事中に未知の遺跡がまた出るかも。
次の議題の川口議員提出の「原発再稼働中止を求める意見書」は、避難計画がなく火山噴火の危険があることから川内原発の再稼働への不安を訴え、川内以外の原発も含めて再稼働に反対するという意見書なんだけど、賛成少数で否決…。賛成派は無所属議員と共産党、民主党。これじゃまるでミニ国会。与党の皆さん、政治家としての自分の信念って、ないんですかね~。党の決定に従うのが信念?それもあり、かも。
あ、今日もまた議員派遣の話。別紙のとおりと言われても傍聴席に別紙はなし。追加の議題の資料は配布してくれたのにね。議員は市民の代表だから、議員がわかってりゃいい? そりゃないよ。議員の慰安旅行の話になると議員と市民の間の距離は広がるのです。
今日と明日は一般質問。だけどねェ…。どうしても聞きたいっていう質問項目がない。帰ろ。(空)

928日 「安保関連法 そのとき地方議会は」
安保関連法案の戦いの場が参議院に移っていた9月、尼崎、宝塚、芦屋、篠山の4市長は「強行採決すべきではない」との声明を出していた。いずれも、民主主義・立憲主義の危機や、市民の声を聞かない政府与党への異議を訴えていた。
我が高槻市長は、高槻市議会は、この法案が衆参両議員で審議される間、何をしたのか。川口議員提案の安保関連法案に反対する決議案は、6月議会において反対多数で否決された。私の知る限り、これ以外の安保関連の動きはない。高槻市長は法律家だが、この法案の合憲性についてはどう考えているのか、意見表明はない。議会は川口案に反対したが、さりとて法案に賛成しようという決議もない。国のことであって地方議会の問題ではない、我関せず焉と言うのだろうか。
このような場合、地方議会は、地方の首長は本来どうあるべきだろうか。私は思う。端的に言えば、民意を国会に届けるべきである。具体的には、地方自治法第99条により、まず議会が適切に民意を反映した意見書を議決し、国会に届けねばならない。いずれ市民の誰か或いはその子弟が自衛隊員として海外の戦闘に従事するかもしれない、これが同条にいう「当該地方公共団体の公益に関する事件」でなくて何だろうか。先の6月の議会における自民・公明などの反対多数による否決は上部政党の指示または教唆による他律的なものと見える。真に市議会議員の支持者の意見を汲み上げたものではない。また市長もその意見を発出すべきと私は考える。国が決めることに口をはさむのは、国と地方の仕事の分担を明らかにする地方自治法の精神に合わないとおっしゃるかもしれない。しかし、市長は市を統括し、これを代表する(地方自治法第147条)。市民の意見を統括して何の不都合があろう。むしろ、統括しないことによって市民に不具合が発生した場合、権限の行使義務違反を問われるケースもあり得る。(黄鶴)

927日 「ぶろぐ日曜版 高槻災害史 弥生時代(A.D.127年)」
「あま」の環濠集落に雨が降り注いでいる。
この夏は雨ばかりだったが、特にこの四日間はひどい。強い雨が…、時折り弱くなることもあるが、隣家も見えないほどの雨が、高い音とともに降り続いている。
茅葺の屋根を叩く雨の音が、ひときわ大きくなった。「たね」は立ち上がって屋根の裏側を触ってみたが、雨漏りはないようだ。しかし、家の周りの溝は雨水であふれ、平らな地面に流れ出しているのが、明るくなった戸口から見える。
夫の「たけ」が何か言った。雨の音が大きくて聞こえない。聞き返すと、炉の火種を絶やすな、と言っていた。ふん、自分では何もせえへんくせに。家の真ん中の地面に掘った炉がなぁ、なぜか下から湿っぽくなってますのや、そやから炉の火が弱くなって…。と、妻の「たね」は心の中でつぶやいた。そして終わりの言葉は、声になった。
「こんなこと、今までなかったね」
ふっと、雨の音が弱くなった。
そのとき、二、三軒先から「あま」村の長老の声が聞こえた。茅葺の屋根は雨露を防ぐが、外の声はよく通す。いつになく鋭い声だ。夫が跳び起きた。
「みんな逃げろ!山津波が来る!急げ!」
長老の声はさらに続いた。
「もり!たけ!倉から米を持ち出せぇ!できるだけ沢山だ!…うん、若い者みんな手伝え!」
夫を追って、たねも二歳になる裸の子を背負って外に出た。長老の声に従い、人々は皆外に出ていた。村の人口は500人を越える。それが一様に不安な顔をしていた。
屋外を目にして、「たね」は驚いた。一面、水の世界になっている。夫が戸口に土盛りをしてくれていたおかげで、家の中には流れ込まなかったが、雨水は集落の中の道路を川のように流れ、二重の環濠を満たし、外側の堤を崩して、その南に広がる田に流れ出ていた。田は海と化し、ようやく伸びてきた稲穂がほとんど水面の下に隠れていた。
人々は二重の環濠にかかる木の橋を渡り、集落の北側に出た。二つの橋の間の堤は、比較的歩きやすかったが、橋のたもとはぬかるんでいた。杖にすがる老人がそこで杖の自由を失い、倒れた。しかし、すぐに助け起こされた。「たね」は、初めの橋を渡りきったところで子どもが濡れないように背から降ろして胸に抱いた。
集落の北、扇状地の上流側も水びたしである。畑のあちこちが川となって網の目状の濁流の筋を作っている。どこに逃げるべきか、人々は顔を見合せた。上流側のやや遠い所に緑の草がなびく小高い場所がある。数人の女がそちらに向かおうとした。
しかし集落の中から長老が怒鳴った。
「そっちじゃない!西の方、『のみ』村の高台に行け!」
長老がまだ幼いころ、同じようなことがあった。あのときは二日間の雨で環濠の堤が崩れた。その次に扇状地の上流側から茶色の濁流が村を襲った。濁流を自分は「のみ」村の高台から見た。あの時と同じだ、いや、雨が多いからあの時よりもひどいかもしれない、堤が崩れる時は山も崩れるのだ。長老はそう思った。
人々は、「のみ」村背後の山を目指した。このあたりではその山が一番高い。そこまで三里(当時。現代の約1250m)もない。
はじめ一つの集団だった村人は、次第に縦長の列になった。先頭に元気な少年や若い女が走り、子連れの女たちがそれに続いた。少し離れて米の袋を肩にした若い男たちが走り、老人の一団が最後になった。いや、もっと後ろに歩けない老人を背負った男たちがいた。長老がその傍を歩いていた。
列の最後尾の長老があえぎながら高台に上ったころ、雨は弱くなり、視界もよくなった。眼下には「のみ」村が、そして遠く「あま」村が水の中に浮かんでいるように見えた。
小康状態がしばらく続いた。「のみ」村の一団が山を下る相談を始めた。しかし、また雨が激しくなった。
そのとき、低い地響きが聞こえた。足下から響くような音は、近くから遠くへ移動しているようだった。音の方向に顔を向けた「たね」は、自分たちのいる山に連なる東側の山並みが崩れて行くのを見た。山が崩れ、大きな半円形の崖ができていた。続いて「ひお」川の向こうの山も崩れ、赤い地肌がむき出しになった。増水していた「ひお川」は崩れた土砂にせき止められた。ほぼ同時に、上流で発生した巨大な竜のような土石流が蛇行する谷を埋めながら流れ下り、谷の出口から扇状地に飛び出して宙を飛ぶ奔流となった。せき止められた水と土砂はは一瞬にしてその竜に飲みこまれ、さらに大きな土石流となった。その先に「あま」村があった。間もなく荒れ狂った茶色の土石流は「あま」村に達し、倉や家々を押し倒した。人々は声もなくその一部始終を眺めていた。
近くで崩れた山も土石流を作ったが、尾根筋にある「のみ」村を襲うことはなかった。人々は数日間「のみ」村に宿を借り、その後「あま」村に帰った。村は土砂が堆積して微高地になり、穏やかになった「ひお」川は、その微高地を迂回して遠く東に流れるようになっていた。何百年も耕し続けた黒い田は分厚い砂礫層で埋まり、再生不可能と見えたが、その下流側の湿地が田として開発できそうで、人々の表情に暗いものはなかった。命さえあれば…。人々はそう言いながら、長老に感謝の表情を向けた。
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上記は、さまざまな事実を積み上げて構成したストーリーである。必ずしもこのとおりではないだろうが、これに近い状況があったものと考える。国土地理院の25,000分の1の地図を見ると、京大農場の果樹園付近では標高10mの等高線が波のようにうねっている。ただ、現地に行っても目視ではそれと確認はできない。これまで果樹園に大々的な整地がなされていなかったとすれば、この等高線のうねりは扇状地形成作用の痕跡とみてまちがいない。地形は遠い昔のできごとを今に伝えているのである。(下図の「∴安満遺跡」表示の南に10m等高線のうねりがある。:出典、国土地理院ホームページ)

926日 「安保関連法 そのとき維新の会は」
安保関連法の審議の間、大阪維新の会は何をしていたのだろうか。野党として法案成立阻止のために自民・公明に立ち向かっていた維新の党は、あれは関東系であって実質的に分裂して二つになった会派の、他の分派である。大阪維新の会ではない。
大阪系は何をしていたのか、ニュースを検索しても安保関連法案への動きは見られない。代わりに、『橋下氏引退表明はちょっと休憩』、『大阪会議はポンコツ』、『政党交付金を議員数に応じて分割する「分党」をめざす』などの新党結成の話題がヒットするだけである。
これでは困る。政党であるならば、あるいは国政政党を目指すならば、賛成か反対か旗幟を鮮明にし、国民に維新を支持するか否かの判断材料を与えるべきである。実際のところ、安倍総理に尻尾を振りたくて賛成したいが、党内事情があって、つまり今の時点で除名者が出たら12月に分党するときにおおさか維新の会への政党助成金が減るので、党の方針に従って(消極的に)反対に回っているようである。また積極的に賛成すると、過半数の国民があの法律に疑義を抱いている今、維新の会の支持者を失うことになるという計算もあるのだろう。ともかく国の重要な問題にはっきりした態度を示さず、新党につき…それは自分たちだけの問題でしかないのだが…低次元の発言を繰り返しているだけである。政党としての体をなしていない。
新「おおさか維新の会」も安倍総理頼みのようだが、お気の毒ながら、安倍総理にとって「おおさか維新の会」は従前ほどの重要性はない。なぜなら、憲法解釈変更で集団的自衛権は行使できるようになった。あえて改憲の必要性はない。だから三分の二を超える国会議員の数は要らない。よって離合集散を繰り返すほかに話題作りのできない集団、ひとたび否決された案件を再提出するしか政策プランを持たない集団をわざわざ手懐ける必要もないのだ。(黄鶴)

925日 「26年度政活費報告は誤り」維新の党
以前に提出した政務活動費の報告は間違っていました…と、蔵立・平井前市議が8月26日付けで修正申告をして、それが9月18日に市のHPに掲載されました。修正の内容は当ブログで8月13日に指摘した③のとおり、両議員が会派共用費として支出したはずの金額が計上されていなかったものを、あらためて計上し直したものです。その結果、両議員とも使用額合計が増え残額が減りました。修正申告をするのは、過ちがあったと自ら明らかにすることに他ならないのですが、何もしないよりは宜しいでしょう。ただ、本当はどこに誤りがあったのか、共用費を支出した蔵立・平井前市議の記帳ミスかそれ以外の要因か、真相はわかりません。(白雲)

修正報告の提出で一件落着?…それはない。世の中、間違いを犯したら本人と管理責任者がそろって陳謝して訂正するのが普通である。訂正だけでは足りない。2名の前議員と維新の党(昨年度の会派名)の責任者はどこかで陳謝しているのだろうか。市議会のHPにはない。陳謝がないということは公金を預かっているという認識も責任感もないことになる。しかし、解せないのは、第三者にも容易にわかる間違いに、両前市議・会派の経理責任者の太田貴子議員・会派代表の木本祐議員はなぜ気付かなかったのか、収支報告書提出後3か月もの間なぜ誤りを放置したのか、である。もしかして、これは過失ではなく故意であって、使った活動費を適正に記帳しないのが常態であったとすれば、乱脈ここに尽きた観がある。もうひとつ、各議員の政務活動費の使い方を誰もチェックしていなかったのだとすれば、そこに制度上の大きな欠陥が見えてくる。
余談だが、政務活動費残額は5月末に返納済みのはずである。8月末になって、「間違って返納し過ぎた、返納額が数千円多かった、返してくれ」と言うのは勇気の要ることだろう。新聞記事になる前に訂正分が掲載できて、よかった。人は誰でも間違いを犯す。間違ったと気付いた後、どう対処するか、そこにその人の価値が表われる。(黄鶴)

924日 「安保関連法 CNN報道」
安保関連法案が、国民の多くに疑念を残したまま、参議院を通過し、成立した。
この法律群の実体は何なのか。己が姿を鏡に映すように、それを政府の説明ではなく外国の報道が鮮明に言い表わしている。CNNはいう。“…bills allowing the country’s military to engage in overseas combat in limited circumstances…” つまり「限定された条件下での海外での戦闘に従事することを日本の軍隊に許す法律」(拙訳)と。このような説明が政府答弁にあっただろうか。またCNNは、上智大学中野晃一教授の発言を引き、戦時における同盟国への兵站支援(logistic support and assistance)を可能とする強大な力(sweeping powers)が国家に備わることを伝えている。
「戦闘」ならば戦傷死のリスクは当然高くなる。「兵站」にしても同じである。政府は「後方支援」という言葉を使うが、これはマヤカシである。「後方」と称すると、いかにも前線から遠い安全な場所のように聞こえるが、兵站に前方も後方もない。戦闘部隊も兵站機能集団も活動場所は同じ戦場であって、砲弾は両者に均等に降りかかってくる。むしろ敵の戦力低減のために補給ルートを優先的に攻撃することすらある。折しも、9月22日の毎日新聞は、朝鮮戦争の際、極秘裏に掃海作業中に触雷・沈没した海上保安庁掃海艇(掃海部隊はその後海上自衛隊に移管)の、戦死した乗組員の家族の声を載せている。いずれにせよ「安全が確保された場所で後方支援をする」のだから「リスクは増えない」という国内向け説明が実態から遊離しているのは明白である。事実を隠蔽するやり方は大本営の戦果発表と同断である。マヤカシとゴマカシで国民の目を覆って成立させた法律群がこれからの日本と日本国民を規制するのはやりきれない。
真に政府としてやるべきであったのは、ここで詳述するまでもないが、憲法との整合性、安保法体系改正を必要とする客観的な国際情勢の変化と、その国際情勢の下で日本が生き抜くために国民が負うべきリスク等について議論を深めること、そしてリスクに耐える国民の覚悟を醸成することであった。そのためには長い時間がかかるが、どうしても必要な手順なのだ。にもかかわらず政府は短兵急に事を運んでしまった。急いで処理したことにろくなことはない。その不安が政府に対する不信となって高い数字で現われている。
逃げの答弁を何百時間行っても、審議を尽くしたことにはならない。だまし討ちのような両院の強行採決を次の選挙まで忘れない人は多いだろう。(黄鶴)

休(14日~23日)

管理人旅行中につき23日までブログ休載です。ご訪問ありがとうございました。

913日 「ぶろぐ日曜版 消えた地名」
難波の海 漕ぎもてのぼる をぶね大船 筑紫津までに いますこしのぼれ 山崎までに

平安時代の初期、9世紀ごろに歌われた催馬楽の曲の一つである。この筑紫津は高槻市津之江町1丁目あたりと思われるが、いま、筑紫津の地名は消えて神社の名前だけに残っている。この神社の由来書には、素戔嗚尊が筑紫から東上してこの地に仮泊したことから、里人がその徳を慕って尊を祀ったのがこの神社の起源とある。おそろしく古い話だが、言い伝えにはどこかに事実が残されているものだ。素戔嗚尊とされる大王級の人物が宿泊した場所を、そのまま記念して社にしたのかもしれない。それはともかく、現在の津之江町1丁目あたりは昔の河内湖の静かな入り江で、陸上交通との接点として港になっていたのであろう。それが「津の江」という名前で今に残っている。
いや、そんな内陸が港のはずがない、筑紫津とは今の三島江か唐崎ではないかという声もある。しかしそれは沖積作用による土地の変貌を無視した意見だ。水の力は恐ろしい。山を削り、谷を埋め、海を野に変える。筑紫津あたりは度重なる洪水によって土砂が堆積し、水際の後退によって港の機能を失ったのであろう。その時期は弥生末期か、古墳時代初期か。洪水の跡は広い田となり、やがて条里制が布かれた。しかし筑紫津の名前だけは、古い労働歌に残り、平安初期に採録されたものと思われる。
沖積作用の一例がある。三島江に残る古文書には、慶応4年の大洪水において当地に堆積した土砂の厚さは6尺(約1.8m)に及んだとある。1回の洪水でこれだけある。50年おきに襲来する大水は、2000年の歴史の中で何をしたのだろうか。ちなみに、三島鴨神社の江戸時代の絵図を見ると、本殿のある場所は鳥居のある前庭より2mほど高くなっているが、現在は両者が同じ高さである。この絵図の描かれた後の洪水で石段に相当する高さだけ埋まったのだろうか。これは未確認である。(黄鶴)

 

912日 「橋下氏国政転身」
『橋下氏国政転身 首相「ありうる」』という毎日新聞のベタ記事が目が留まったのは9月7日朝だった。9月6日放送の番組の中で、安倍総理は橋下大阪市長の国政転身の「可能性はあるのではないか」との見方を示したという。 これによって、任期を終えたら政界を引退すると言った橋下氏の前言撤回は明らかになった。首相がその条件整備を行い、橋下氏は嬉々としてそのレールの上を走るのが今後の展開だろう。
さらにその先に用意されているシナリオは何か。子供でもわかる。来週には自民公明の数の力によって安保関連法案は参院を通過し、あるいは60日ルールによって衆院で再可決され、成立する。国政政党となった関西の維新の会(おおさか維新の会?)は、維新の党から流れた衆院議員をまとめて一定の数を確保する。その後政権は経済だけを口にし、来年夏の参院選まで安保・憲法の話題には封印する。そして国民に安保関連法案のことは忘れさせる。運よくアメリカ経済は上げ調子で、利上げと日本の貿易収支のバランスが入超気味になることなどから円安は続き、円表示での企業業績は改善を続け、中国ショックもあるが株高の傾向は変わらない。新聞の論調も経済中心になり栄華を謳う。こうしてアベノミクス成功の錦の御旗を掲げ、虚構の実体は隠したまま参院戦に突入し勝利を得る。自民・公明・関西維新の会3党で参議院の3分の2を得たら、あとは憲法改正まっしぐら。
しかし、これによって楽になるのがアメリカ。世界の警察を続ける負担軽減と米国民の血を流す事の減少によって、どれだけ救われることか。日本が戦後70年の方針を大転換してアメリカ支援体制を作り上げるためなら、アメリカも為替レートの円安誘導に協力もするだろう、大体日本の政治力で円レートが決まるほど国際情勢は甘くない…、と思うのは私の妄想だろう。 (黄鶴)

911日 「市議会だより」
No.231、6月定例会をテーマにした市議会だよりが先ごろ配布されました。これについての感想と提案は次のとおりです。何を作るにも苦労はつきものでして、この小冊子も例外ではないでしょう。そのご苦労に敬意を表したうえでの感想です。

1 代表質問については、はにたんを登場させて代表質問とは何かを易しく説明したのは悪くないです。しかし代表質問は党や会派としての基本的考え方を踏まえての、市長の施政方針に対するアンチテーゼの掲示でもあります。この基本的考え方とは、すなわち公約です。ですから、代表質問項目を明らかにする前に、公約を囲み記事などで表示してもらうと有難いのですが、選挙から2~3か月過ぎると、皆さん公約などお忘れのようです。
2 議案質疑、一般質問は、質問した議員名を入れるべきです。Who 誰が、という要素は極めて重要です。その議員の支持者にとっても、議員の活躍ぶりが見えますから。そして、誰が質問したのか判らないと言う状況では、質問しない議員は安閑としていられます。これでは議会の沈滞化を招くようなものです。紙面の都合上、一部の議員しか掲載できないので不公平になるならば、全部掲載すればよろしいのでは?インターネットで議事録を閲覧できるのも全市民ではありません。
3 その他の一般質問項目が挙げられていますが、項目だけでは何のことかわかりません。内容を簡単に書くべきです。編集員がまとめるのが大変、ということであれば、本人が1行にまとめて提出すればいいのではないでしょうか。一般質問に値する意見ならば、煎じ詰めればこういうことと、要点をまとめる事ができるはずです。
4 全般的に。議会だよりとは何を広報する冊子なのでしょうか。議会の様子だけでしょうか。違うと思います。議員の活動ぶりを、いろんな観点から広報すべきです。委員会の活動内容、委員会や会派の行政視察の報告など、税金を使って活動したことならば、ネットや紙、さまざまなメディアを使って広く市民に知らしめるべきです。自分の支持者だけへのチラシ、ネットの議員各自のホームページでは不十分です。そうするとページ数が増えて予算もかかるかもしれませんが、他にも無駄な予算はありますから、それに比べれば大したことはありません。
5 議会のインターネット中継はどうなっているのでしょうか。議会あり方検討会の最終報告書に、何かやるような話がありましたが、その後どうなっているのでしょうか。(白雲)

 

910日 「氾濫」
鬼怒川の堤防が決壊した。淀川は大丈夫だろうかと、誰しもが思う。
淀川の堤防が決壊して高槻市に甚大な被害が発生したのは、手元にある資料だけでも、享和2年(1802)、慶応4年(1868)、大正6年(1917)、昭和28年(1953)と、平均して50年に1度位の割合になっている。今は昔とは違う、堤防の構造も強度が大きい、という話もあるが、残念ながら何の技術でも絶対というものはない。ある事態を想定しての設計だから、想定以上の災害には無力である。その、想定以上の事態が最近は多い。
高槻市の標高の低い個所の浸水という状態は、当然ながら、災害の想定に入っていなければならない。 高槻市にはハザードマップがある。これを見れば一目瞭然、自分の地域の浸水予想が表されている。だが問題はその次だ。浸水した地域の人は、どこにどうやって逃げれば良いのか。受け入れ先はあるのか。そのための救援物資は貯えられているのか。ハザードマップには避難場所の表示があるが、それらも浸水地域に存在する。ブラックユーモアか。大きな矢印もあって避難の方向を示すように見えるが、具体的にどこに行けばいいのかわからない。淀川が決壊した場合、いや、その支流の檜尾川、芥川、女瀬川の氾濫だけでも数万という被災者が発生する。地域別の人口もわかっているのだから、市は具体的な救助計画を立てて、それを市民に示してほしい。もうあるのならHPで公開してほしい。鬼怒川の氾濫は他人事ではない。(黄鶴)

 

99日 「松井知事のミラノ視察」
松井大阪府知事がミラノ国際博視察のため出発した。9日朝のNHKの報道によれば、同知事は2025年の国際博覧会の大阪誘致を目指しているという。しかし大阪の地元企業はそれに消極的とも同時に報道された。
報道を聞いて即座に幾つかの問題を感じた。まず一つ。松井知事本人が行く必要があるのか。大阪開催の是非を判断する材料の入手のためというが、それは博覧会に詳しいスタッフを派遣すれば済むこと。知事が行けば自身の日当宿泊費単価も高いうえに秘書担当など関連職員も出張せざるを得ず、税金の無駄遣いとなる。第二に、13日帰国予定ならば現地滞在はせいぜい2日。それで何が調査可能か。この日程ならば遊覧旅行でしかない。第三に、なぜ今の時期か。ミラノ国際博覧会は5月から10月まで、半年間も開催されている。計画的出張ならば大阪府議会の5月定例会終了(6月11日)の後に行けるはず。11月の選挙前の特別の旅行ではないかと勘繰ってしまう。そして第四に、知事と大阪府民の博覧会に対するベクトルの違いが問題だ。政治家は何のために存在するのか。民の希望を実現するためではないのか。民の希望しない事業を起こしてどうするのか。民の希望は常に間違いで政治家が正しい道を示すべきと考えているのか。政策方針が市民の多数意思とは別のところにある、それがいろんな局面で見られる。これは維新の会の心髄のようだ。そうだ、2025年大阪国際博覧会開催を次のダブル選挙の争点にしたらどうか。大阪都構想は、もう古い。(黄鶴)

98日 「継続は力」
格言のように、この言葉はずいぶん古くから人の口に上っている。「継続は力なり」と。だが、その意味は使う人によって異なる。ある人は『倦まずたゆまず何かを継続していけば、それは大きな力を持つようになる』という意味で使う。別の人は『継続できるのは力を持っている証』という趣旨で使う。どちらでもいいのだろう。言葉に絶対的な正しさはない。

しかし、自民党総裁選の出陣式などで安倍総理が言った「継続は力」は、何を意味するのか。『地方創生、少子高齢化、外交など、それぞれ道半ばだ。継続は力であり、皆さんの支援を力にかえて、結果を出すことで、その責任を果たしたい』という前後関係からすると、上述の二つの意味のうち前者のようでもある。だが、待っていただきたい。個人が自分の生活目標を継続して追求するのはその個人の勝手だが、ことは政治目標である。継続すべきか否かを決めるのは、国民である。政治家が、あたかも帝王のごとく「継続」を宣言するのは間違っている。制度上、自民党総裁は自民党員が選ぶ。だから問題はないとの主張も成り立ちそうだが、それが全国民の選択だという保証も証明もどこにもない。安全保障関連法案に反対する国民がこれだけ多い現在、「継続」と言うよりも、一度国民の信を問うべきではないか。岸元首相も60年安保当時のことをそう述懐していなかったか。(黄鶴)

 

97日 「9月議会」

本日(9月7日)から9月議会が始まりました。6月議会での議員の働きぶりを確認したうえで9月議会を覗こうと思っていましたが、6月議会の議事録はインターネットで公開されないまま、9月議会が始まってしまいました。議事録公開が遅くないですか?隣の茨木市議会はすでに公開しているのに。

議案を見ると、①仮約締結案件の審議・承認 ②各種特別会計決算の認定 ③条例改正の審議 ④補正予算の審議 ⑤水道会計の剰余金処分 などが並んでいます。これらの議案については市のHPにもコンパクトにまとめられた資料が掲載されているので、内容紹介は省きますが、本日傍聴した感想を若干述べさせていただきます。
①の契約締結ですが、JR高槻駅南の駅前広場再整備に約3億6千万円、小中学校のエアコン取り換えに約5千5百万円で、これらはすでに仮契約済みです。質疑はゼロでした。3月議会で既に計画の是非については審議済みですので、今は積算内容だとか契約事務のプロセスに注意を払うべきタイミングです。それらに興味関心があれば疑問も湧くと思うのですが、何億円の契約であろうが、1問の質疑もない、なんとも情けない議会です。何を訊いていいのかわからないのならば、身近にスタッフを置いて知恵を借りるなどして市政を監視すべきです。それとも事務局から個別に説明を聞いているので了解済みで質疑なし、ですか? 傍聴する市民としてはそれは困ります。あなたがただけ知っていて一般市民は知らない、それはないでしょう。
次に②の特別会計決算ですが、押し並べて健全で、と言うより、健全過ぎるほど黒字が多いのです。しかし、公的機関は営利を追求する企業ではありません。ほどほどの健全さを示す、あるいは少しの赤字を税金で補てんする(それこそ政策です)のがちょうど良いはずです。公営企業の在り方としてこのままで良いのか、より適切な料金設定などの運営方針の見直しが必要ではないか、若干の疑義を覚えます。①と合わせ、活発な議論を望みます。(白雲)

96日 「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面3」
西面の武士…。調べてみると、あった。私が知らなかっただけの話。白川上皇が初めて置いた院を警護する武士を北面の武士というのは常識だけど、その70年ほど後の後白河院の時代、一時的だが、東面と西面の武士という呼称が院の建物の東西を警護する武士に付けられた。しかしこれはすぐに、側近の者に「北面とは院そのものを意味する言葉で、院に仕える武士を北面の武士という。単に建物の北を警護する意味ではない。初めの頃は確かに北門や北の築地を守るのを任務としたのだが」と諭され、すぐに廃止された。そして時代はさらに50年ほど下って鎌倉時代、後鳥羽上皇の時代にあらためて西面の武士というのが任命されている(大言海)。院の警護や犯罪の取り締まりを任務とした。ただし、高槻市の西面がこれとつながるかどうかは、わからない。
一方、京都市伏見区に際目(サイメ)という地名がある。明治時代の地図を見ると、際目村は付け替えられる以前の木津川沿いに位置している。明治10年代に家数29軒、人口136人で、米は無高、綿580貫、甘藷950貫という記録がある。貧しい村である。こちらのサイメは、明らかに境界を意味する「際」の字を使っている。京都地名語源辞典は、土地の境界が由来であるとするが、私は疑問に思う。国や郡の境がすべてサイメという大字小字を頂戴しているわけではない。この際目と高槻市の西面との共通点は、いずれも水面を前にしていること。だから、サイメは水陸の境い目を意味するのかもしれない。或いは、2週間前の空子のコラムのように、彼の世とこの世の境い目だったのかも。だとすると、この地から水の彼方の常世の国に精霊を送る儀式が、遠い昔には行われていた可能性がある…と、想像は膨らんでくる。(黄鶴)

9月5日 「住民投票条例」
約1か月前の話であるが、つくば市で総工費305億円の公園建設の是非をめぐる住民投票が行われ、反対派が圧倒的多数を占めた。この市民の総意を受け、市長は9月2日、市議会において計画の白紙撤回を正式に表明した(各紙の報道による)。市民の総意を表明できるシステムがあること、市長はそれを尊重すること、それらは良いことだ。この住民投票に関する常設的なシステム、高槻にも在ってよいのではないか。
日本は間接民主主義を採用した国だ。だから、住民投票に拘束力は持たせられない。市議会が市における唯一の議決機関である。また住民投票には面倒なこともある。いざ住民投票を行おうとしたら、投票にかける案件について背景やら採否の得失やら、いろいろ説明して市民の理解を得なければならない。そりゃ、大変な労力を要するプロジェクトである。そういうこともあって、常設的な住民投票の制度を持つ自治体は、まだほんのわずかである。それでも、高槻市にもそういうモノが欲しいと思うのだ。知らしめるべからず、賛同せしめるべし、というのが大体の為政者の本音であり、市民住民の意見など聞きたくないだろうが、それでは困るのだ。市民参加についての高槻市の過去の勉強会に「たかつき市民参加懇話会」というのがあって、平成15年秋から2年間、20回にわたる会議を経て提言もまとめられているが、そこには住民投票に関するプロポーザルはない。まだそういう時代ではなかったのだろう。
さて、なぜその制度が必要か。高槻市議会の様子を見るにつけ、そこは市民の思いを議席に比例配分した場所ではないと思うからだ。安保法案に対する市民の思いは、市議会の決議に十分表わされただろうか。安満遺跡公園に対する市民の賛否は、どのように計画に反映されているだろうか。どちらも悲しい想像しか思い浮かばない。また住民投票の存在は、市政に触れる機会が4年に1度の選挙しかない今よりも市民を市政に近づけ、他面、選挙から2年3年を経たときの市民と市議の乖離を補うことにもなるだろう。重要な案件については、少数市民の意見の伝聞ではなく、ろくに質問もしない議員の挙手の数ではなく、市民の声の大きさの直接的な計測結果を参考とすべきなのだ。
遺跡公園についてのパブリックコメント一覧には、多くの意見に対してずらりと「原案通り」という回答が並ぶ。聞く耳持たぬという態度が見える。こういうパブコメは無意味である。外形上、パブコメを実施しましたという取り繕いでしかない。ついでながら、たしか公文書では“原案どおり”と書くのが正しいと思うが、この書類では「通り」である。「通」を使うのは物理的に存在する道路・通路の場合である、と思っていたが日本語の基準は変わったのか。公園の中に『原案通り』という通路でも造ったらどうかとのジョークを聞いたが、賛成する。
もうひとつ。遺跡公園については「市民活動プロジェクト」がある。昨年度から今年度にかけて実施されている。が、その参加者は『公園の理念及び目標像に賛同できる方』に限定されている。賛成者だけ集めて何ができるのか。異見のある人間を傍に置いてこそ名君なのだ。(黄鶴)

94日 「再議権行使維新の党利党略」
松井大阪府知事が、大阪戦略調整会議(大阪会議)の運営方法に関する条例改正案の議決に対して再議権を行使した。これは首長に与えられた権利の濫用であり正当性を欠くと考える。新聞各紙の本件の扱いは小さいが、これはもっと注目されていい。
再議権とは、地方公共団体の首長に与えられた議会の議決に対する拒否権で、地方自治法第176条、第77条にその根拠がある。拒否権には数種類あるが、第176条1~3項に定めるものは一般的拒否権と呼ばれ、再議において三分の二以上の賛成がなければ議決は有効とならない。これは首長と議会との正常な均衡関係を図るために定められたものと説明されている。 再議権行使の要件は、具体的に明文化されたものはない。ただ、首長の再議権に関する資料(総務省)によれば、立法趣旨として、長は直接に住民に対して責任を負い、その意思を行政に実現する任務を有するためにこの権限が付与されるとするところから、その権限行使は特例的なものであり、議会の議決が社会的相当性を欠き明らかに民意に反する場合にのみ、首長はこれを行使できるものと考えられる。
今回、どのようなシテュエーションで再議権が行使されたのだろうか。維新の会が主張するいわゆる大阪都構想が住民投票によって否決された。これに沿って府議会は大阪会議を発足させているが、このほどその運営方法を改正する内容の条例改正案が自民党などの賛成多数で可決された。これに対し松井知事は再議権を行使した。大阪府議会では自民ほか非維新を合計しても三分の二には届かないため、結局条例改正案は再議決されても有効とはならず、大阪会議は機能不全に陥った。
この再議権行使は正しいか。振り返ってみよう。繰り返すが、大阪市民は住民投票で都構想を否決した。0.8%の僅差ではあるが否決は否決である。これによって、関係機関(知事も機関である)は、自己の信念ではなく、この住民意思に沿って今後の制度設計を行い、住民の利益を追求しなければならない義務を負うことになった。ところが松井知事はそうしなかった。知事は根拠も基準もなく自由に再議権が行使できるとの錯誤の上に立ち(現代行政法はそういうものではない)、住民のために速やかに大阪会議を活性化させる道ではなく、同会議を停滞させる道を選んだ。その結果、大阪会議を通じていわゆる二重行政解消を目指す自民党ほかの戦略は行き詰まり、大阪都構想を再度掲げて大阪府市ダブル選挙に臨む維新の会は有利になった。 大阪会議を「死滅した」と評したのは橋下大阪市長であるが、死滅させているのは松井大阪府知事である。市民のためではない、自分たちのため、維新の会のための決定である。我田引水。 ちなみに、地方自治法第176条1項の再議権行使は、平成19~20年度の2か年で、全国47都道府県知事が1回のみであるのに対して、大阪府知事1人は平成23年就任から今日まで約4か年で7回行使している。再議権行使の要件に対する理解の違いがよくわかると私は思うが、諸賢はいかがお考えだろうか。(黄鶴)

93日 「はにたんプレミアム商品券」
高槻では8月20日からプレミアム商品券が使用可能となった。1冊12,000円の価値があり10万冊発行。12月31日までに12億円分の商品がこの商品券でまかなわれる。
このプレミアム商品券発行の経済効果はいかほどのものか。発行のための市の予算は13億4700万円。うち10億円は購入者が負担するので残り3億4700万円が実質的な公費(税金)となるが、これが全額国庫補助なのか、国は2億円を出すだけなのか、公表資料からは不明である。高槻市内156,000世帯の消費支出はざっと4680億円(総務省家計調査年報から計算)で、その0.26%が商品券による支出となる。インパクトは大きいとは言えない。継続的な事業でもないので店舗の売れ行きが一時的に上がったとしても設備投資を行うことは期待できず、波及効果は乏しい。だとすると、公的な観点からは発行の意義に乏しい。商品券購入者を低所得者に限っているわけでもないので、貧困家庭の救済策にもならない。限度いっぱい、5万円を出す余裕のある人には、そもそもばらまきの必要もない。誉められた政策ではない。
ある会合で出席者に尋ねてみた。プレミアム付きだから、その分余計なものも買うか、と。まず、抽選に当たっていない人が多かったが、当った人の大半の答えが、そうしたいが店に行くとやっぱり財布の紐はしめてしまう、消費はそれほど増やさない、という言葉だった。それからチケットラリーに意味はあるのか、という疑問もあった。地元で買うものを遠方で買うだけで、総量としては同じではないか、と。1冊が厚くて財布に入らない、切り離したら使用できないのは不便、という人がいたが、いや、当っただけアンタは幸せ、と切り返されていた。さもありなん。
近隣市町(茨木、枚方、島本)は先着順で販売し、並んだけど買えなかったという人もいて混乱したようだ。高槻市は、抽選にしたことだけは賢明だった。6月議会で北岡議員がこのプレミアム商品券発行の経済効果を確認するよう要望を出していたが、さて、どうなるか。(黄鶴)

92日 「デモの参加人数と民主主義」
もうすでに炎上しているが、橋下大阪市長の次の発言は興味を引かれる。『デモで国家の意思が決定されるのは絶対にダメだ。しかも今回の国会前の安保反対のデモ。たったあれだけの人数で国家の意思が決まるなんて民主主義の否定だ。日本の有権者数は1億人。国会前のデモはそのうちの何パーセントなんだ?ほぼ数字にならないくらいだろう。こんな人数のデモで国家の意思が決定されるなら、サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ。』
この人の過去の言動を振り返ると、おもしろいことに選挙の前は必ず何かやってマスコミの紙面や画面に登場している。2012年12月の衆院選の前には、9月に国政政党「日本維新の会」を作り、11月に太陽の党がこれに合流した。そして54議席を獲得し、第3党に躍進した。昨年の衆院選の前には、7月に旧太陽の党と分かれて9月に結いの党と合併し、「維新の党」を結党した。そして11月に大阪府知事・大阪市長のダブル選挙が控えている今、橋下・松井両氏は維新の党を離党し、同党を事実上分裂させている。
マスコミを賑わせ、マスコミを利用することで世間の注目・関心を保ち、選挙戦になだれ込む。デモの人数と民主主義云々の発言は、そういった作戦の中の一つかもしれないが、論の幼稚さゆえに逆効果でしかない。2年前の参院選前の従軍慰安婦発言のように。おおさか維新の会と名を変えたとしても、彼らの勢いはいつまで続くのだろうか。政治・行政の世界では、派手な発言は目を引くが実現性に乏しいことを、真剣に市民のためを考える人の発言は地味で堅実であることを、普通の有権者は知っている。(黄鶴)

9月1日 「ネット利用 8月末」
8月末におけるネット利用状況を調査しました。7月は公明党議員の新規ホームページ作成が目立ちましたが、その後三井議員は更新がありましたが笹内・五十嵐議員はありません。今回は真鍋議員のフェイスブックを追加しました。以前からあったようですが、なぜか検索しても今日までヒットしませんでした。調査不十分でありました。
概して、HPの内容には変化がなく(政策だのプロフィールだのは変えることもできませんが)、日々の活動をブログやフェイスブック、ツイッターで紹介していますが、その頻度が少ないようです。月に数回では、熱心に市民のために活動してしているという印象を与えられません。書く材料がない、というのは凡庸な一般庶民の話です。市会議員の立場になれば、自分の思想、具体的にやろうとするもの、日々の政治状況に対する怒り、その他いろんなものが頭の中のホワイトボードに書き込まれているはずです。それをもっともっと、市民の前に並べてほしいものです。高木・竹中議員ほか、読んでいてしっかりしたものを感じる、または清新な文章は、高槻にも将来に希望があるのかなと読者に思わせてくれるのですから。そんな感じを頻繁に味わいたいのです。それから川口議員のツイッターの短文は、もう少し長くなれば、好いエッセーとなり訴える力も強くなるのですが、短文が好まれるのも時代というものでしょうか。(白雲)

831日 「維新系枚方市長誕生 支持率は17%」
枚方で維新系市長が誕生した。枚方市民は最悪の選択をした。
最悪と称する理由の一は、投票率である。わずかに38.7%。政治に目を向けるよりも背を向けることを選んだ。前回の36.1%よりは高いが、それでも3人に2人は棄権している。2011年統一地方選の市区長選投票率全国平均50.86%、大阪府平均49.75%(総務省:地方選挙結果調)よりもはるかに低い。誰が市長になろうが、市政がどう変わろうが、枚方在住の大阪市民であってみれば興味はないらしい。しかしこのような無関心が政治の偏向・不正を産むのだ。枚方市民の誤りの第一歩がこの選挙だ。
理由の二は作戦だ。維新対反維新という構図は予測してなかったようで、候補者が乱立した。反維新の票が分散したために、投票者の44%の得票・有権者の17%が支持する維新は漁夫の利を得た。
理由の三は当選者の指向にある。選挙公報を眺めると、この当選者の公報が最も現実性に乏しい。維新という組織はひな形でも作っているのか、高槻市議選で見たような文言が並ぶ。そして自己矛盾を含み分析の甘さが目立つ。たとえば、市長給与2割カットというがそれが市の財政に与える影響はどれくらいか。スタンドプレーに過ぎない。職員給与適正化というが同時に士気の阻喪も起こる。やる気を引き出す事と矛盾する。国家公務員の給与削減時に何が起こったか、ケーススタディはなかったのか。また合同庁舎や第2子以降の保育料無料化の財政的裏付けはあるのか。夢物語を並べてもメッキはすぐに剥落する。補助金のゼロベース見直しや市立保育所の民営化は、政治とは何かという哲学の無さを示している。他にもあるが略す。
枚方市民がこれから送る4年間がどうなるのか、憂慮に堪えないが、それも市民の選んだ道なのだ。(黄鶴)

830日 「維新言行に恥ずるなかりしか」
日曜版の原稿を押しのけて、また維新。こっちの方が優先される。大阪府下の維新支持者は、いつまで橋下維新を支持し続けるのだろうか。支持に値しない現象が最近多い。
第一に、党を割らないと言ったのは8月27日だ。その舌の根も乾かぬうちに、「今年中に大阪維新の会を国政政党にする」と、枚方市長選挙の応援演説で29日に述べた。政治家の発言としては軽率すぎる。発言が二転三転する人間でも盲目的に信頼し続けるのか。維新の党に今属している国会議員をこちらに移すというのも、党の私物化であり山賊の頭が手下を動かすのと同じだが、それを許すのか。
第二に、今は参議院で安保関連法案の審議中で、党の分裂騒ぎなどで政界に雑音を入れるべき時ではない。いや、その時期だからこそ耳目を集めることを始めて世間の目を安保法案からそらす、というのなら、極めて悪質だ。冷静に考える時間を国民に与えることこそ政治家の務めだ。敢えてそれをしないのは政治家失格だ。それを許すのか。
第三に、大阪都構想を再び公約に掲げると言うが、住民投票で否決された現実を彼らは受け入れることができないようだ。現実に軸足を置いて、そこから出発するのが政治家だが、それができないのはただの夢想家に過ぎない。次の住民投票では賛成してくれると考えるのは、いかにも有権者を愚弄した話だ。全国的に大阪維新の会の衆議院議員を誕生させるというが、大阪維新の会が公認する府議・市議のレベルをみてほしい。政務活動費でレクサスを買う市議、市議会の本会議中に上を向いて熟睡する市議をとがめることもない。衆院本会議を欠席しながら男性秘書と旅行に行った女性国会議員もいた。そうした足下の状況にもかかわらず国政政党を目指すという、その話も夢想家であることを裏付ける。 それでも支持するのか。
ついでに言うと、マスコミも扱いが大きすぎる。大新聞が紙面を大きく割くのは維新の会のPR機関に堕することになる。そこまでの価値はない。  (黄鶴)

829日 「論語の『暴虐』と維新」
維新のことばかり書きたくはないが、批評せずにはいられない。なんと、松井大阪府知事は、11月22日の大阪府知事・大阪市長ダブル選挙で大阪都構想を再び大阪維新の会の公約に掲げるという。この発言は市民の反応を見るための観測気球なのかもしれないが、だとしたらその是非を自分で判断できないことになる。
都構想は5月の住民投票で否決された。それを再挑戦するというが、それは有権者による決定に従わないことになる。民主主義の否定だ。民意は間違っている、自分だけが正しいと信じ続ける驕り高ぶり、思い上がりの為す業だ。刑事訴訟法の世界には一事不再理の原則がある。法源は憲法39条である。議会にも一事不再議というのがある(高槻市議会会議規則第15条)。再び大阪都構想を掲げて選挙に臨むというのは、そういう法の基本原則に反するのだ。なぜそれを悟らないのか。
ここでふと、論語の一節を思い出した。『教えずして殺す、これを虐という。戒めずして成るを視る、これを暴という』(堯白第二十)。そうなのだ。あらかじめ注意しておかないでうまくできたかどうか点検する、それは間違いなのだ。大阪とか関西とかの維新の会の面々は、基本的な法知識を教えられたことも戒められたこともないようなので、できないからと言って私たち市民は大阪維新の会にダメ出しをしてはいけないのだ。まずは維新の集団の皆さんに学んでもらおう。その集団の中に高槻市議会議員の3人も入っている。(黄鶴)

828日 「引き潮の維新」
松井大阪府知事と橋下大阪市長が維新の党を離党した。
この維新と名のつく政治家達のうち大阪系のグループを、どう評価すべきなのだろうか。わからないことだらけなのだ。まず、自分で作った政党をなぜ自分から離れるのか。騒然となった党をまとめられない顧問とは、今までどのような存在意義があった顧問なのか。大阪のダブル選挙に備えると言うが、橋下市長は任期を終えたら政界から引退するのではなかったのか。民主主義の世界では多数決が絶対的な基準であるのに、否決された大阪都構想をなぜ掲げ続けるのか。
以上の問いに対する答えはきわめて見つけにくい。しかし、彼らがどの程度のレベルに属する政治家なのかは極めて解りやすい。協調するよりも対立し、論理的説明よりも印象論で衆を惑わし、創造よりも破壊(議員2割削減がその例。弱者・少数意見の抹殺)を進め、マスコミを賑わすけれども人々に明日の政治への希望を見せることのできない彼らに、人心はいつまでも留まらない。人々が明らかな引き潮を目にするのも遠くないだろう。大阪維新の会のHPには、同会の公認を辞退した交野市議会議員候補者がいることを知らせる記事があった。 (黄鶴)

827日 「不要不急の行政視察」
会派による行政視察が、ちらほら始まっている。この視察は、違法とは言えないが完璧に適法とも言い難い。視察することのできる根拠は地方自治法第100条第13項である。『議会は、議案の審査又は当該普通地方公共団体の事務に関する調査のためその他議会において必要があると認めるときは、会議規則の定めるところにより、議員を派遣することができる。』と定める。これをよくよく読んでもらいたい。派遣できるのは、①議案の審査、②高槻市の事務に関する調査、のためである。高槻市の事務といっても何でもよいわけではない。当面の重点課題とされているテーマに限られる。ところが過去の派遣先や派遣目的を見ると、これらとの関係が見出せないものが多くある。また問題なのは、行政視察が議員のお手盛りによる支出であることである。市の予算を市民が自由に使うことはあり得ないのに、議員に限って年間20万円までは自分の意思で使うことができる。しかも使ったことを誰にもとがめられない。議会は最高の行政機関だから。できるだけオープンにしたくないのか、派遣手続きも、議決とはいえ「別紙のとおり」では市民には見えない。こっそり決め、堂々と市民に公表できるほどの成果もないままに視察を終える。無駄遣いの一つである。無駄を無駄と認識しない議員に予算の審議ができるのか。 調査活動は政務活動費によって行うことも可能である。一般旅費との二重払いとの誹りを避けるためにも、そちらを利用するだけにしたらどうか。あるいは視察は議員としての能力アップに資するから意義があると言うならば、それは個人の能力に関することであり、個人の経費でまかなうべきものである。(黄鶴)

826日 「市会議員の慰安旅行」
市のHPには、去る7月30日から31日にかけて、議会運営委員会のメンバーによる柏市、立川市への行政視察が行われた旨公表されている。会派による行政視察については、それが無駄であることを当サークルは既に明らかにした。ただし、常任委員会による所管事項に関する視察は、無意味ではないと私たちは認識している。しかし、議会運営委員会に行政視察の必要はない。
その理由の第一は、管見の限り議会運営委員会の所掌事務がないことである。条例に定められた所掌事務がない、ということほ業務を実施する権原がなく、何もできないのであるが、それではあまりに不合理なので慣例上議会運営に関する協議を行っているという組織なのだろうが、いざ出張するとなれば、何のために出張するのか、それが所掌事務に照らして適正なのかを判定する必要がある。しかしその鑑がないのだ。鑑(判定基準)がないままに議会は派遣を認定している。不思議な現象である。
理由の第二は、過去の出張の成果がまるでなく、今後も果実は期待できないことである。2年前、議員運営委員会は8月に長野に行き、議会基本条例等を調べた。2年後の今、高槻に基本条例制定の動きはあるのか。制定のための検討会は発足したのか。昨年は山口・広島方面に議会中継をテーマに出張した。その結果が、今年の9月からの、時代遅れの録画中継か。ライブ中継が世の趨勢であることが見えない出張が視察の名に値するのか。これも不思議な現象である。
第三。なぜ遠方に行く必要があるのか。議会中継の在り方は遠方に行かないと見えないのか。大阪府に議会のインターネット中継を行う市は多々あるが、なぜそこに行かないのか。また、議会基本条例を制定した議会は大阪府下にないのか。どうしても長野や広島に行かねばならなかった理由は何か。答えられるものならば、答えてほしい。
視察が年に1度の慰安旅行ならば理解できる。夏場の長野、北海道はいい場所だ。ただし、そのために税金を使うのは困る。いや、お前の発言は誤りだ、視察にはこういう成果がある、という反論を聞いてみたい。(黄鶴)

825日 「実態と情報 その2」
実態を知らないままに動く、それは安全保障法案の立案・審議にも言えるのではないか。たとえば、集団的自衛権の行使と言うが、それはどこを仮想敵国としているのか。安全保障情勢が変わったから新しい安保法体系が必要と言うが、どう変わったのか。衆議院では具体的に名前を挙げなかったが、参議院での審議の中でそれらは中国を念頭にしたものと明らかになってきた。アメリカ・中国という二つの国家を二項対立としてとらえ、アメリカと協同して中国に対抗しようということのようだが、世界はそんなに単純ではない。南シナ海の航行などで対立したりはするが、アメリカと中国は切っても切れない関係にある。中国にとって最大の輸出先はアメリカで、2012年には輸出総額の約17%がアメリカである。アメリカにとっても中国は、カナダ、メキシコに次ぐ輸出先でその額はおよそ1100億ドル、第4位の日本よりも6割がた多い大事なお客様である。その両者が事を構えるなんて、ありえない。そうした現実をよそに、米中対立の幻想に基づいて安保関連法案を通そうとしているのが今の政府である。実態が見えれば、また違う道が延びて行くのに。
目を転じよう。アメリカにとって安保法案はどう映っているか。アメリカの双子の赤字は、宿命的とも言えるほど、ここ10年存続している。双子の名にふさわしく、額は約4000~5000億ドルで似通っている。日本のGDPの約10%で、その巨大さにも驚く。そういう状況だから、軍事費も含め財政支出はできるだけ抑えたい。また中国も含めて輸出額は増やしたい。その一方で世界への影響力は維持したい。それには軍事的パワーの維持は欠かせない。そういう状況下にあっては、日本が申し出た軍事的な負担増は極めてありがたい。日本の負担のもとにアメリカは世界における地位を保持し、輸出競争力を高め、国力増大を図ることができる。
幻想をもとに新安保法体系を構想する日本、自国の実態的な要請から日本の負担増を求めるアメリカ。いったい誰のための阿倍政権か。 (黄鶴)

824日 「実態と情報」
株式市場が動揺している。今日一日で日経平均が約4.1%下がり、中国の上海総合指数が約8.5%下がった。またアメリカ・ダウ平均が先週21日に3.1%、ドイツ・DAXも現地時間本日13時現在、約3.2%、それぞれ前日終値よりも下がっている。新聞は「中国を震源とする世界同時株安に歯止めがかからない状態(毎日8/24夕刊)と伝える。投資家は心配だろう。この先どうなるのか、どこまで下がるのか、と。
しかし私はここに実態と情報の乖離を見る。噂に振り回される愚かさと言い換えてもよい。元々中国は情報を発信しない国である。発信するGDPなどの情報も当てにならない数字である。だから経済実態も見えない。見えないままに、GDP世界第二位とか太平洋を二分して西半分を管理する強国とかの言葉やら、大国ぶる外見に踊らされ、世界の投資家は中国を過大評価してきた。しかし実態は地方政府の過剰投資やら輸出不振やらで経済状態は悪かった。悪い中で、情報の与えられない中国国民は株式投資の世界に殺到した。そして誰かが売り抜けを図ったところで悪い噂がさらに悪い噂を呼び、暴落が始まった。最近になって、実態は何も変わらないのに、世界の投資家は中国の異変という幻を作り出した。その幻は情報として世界を駆けめぐるうちに事実として認識され始め、幻が誇大視され、こんどは中国経済は過小評価され、パニックに陥った。それが今日の株価だ。
中国は国家として破綻するかと思ったが、さほど悪くないのだ、と、いずれ皆が気付いて株価は落ち着き、ファンダメンタルズに従った本来の姿に戻るだろう。情報として得たものは実態とは違う、それは何の世界にもあることだ。気をつけよう。(黄鶴)

823日 「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面2」
先週の「ぶろぐ日曜版 西面」を 読んでいて、「さいめ」は境目、境界ではないだろうかと思い、岩波古語辞典を引いてみると、「さいめ」は「サヘ(障)メ(目)」から転じたもので、意味は「さかい目、境界」としていました。これは単なる思いつきだったのですが、説明に「サヘ(障)」とあることから、過去の読書でかなり印象的で、今も鮮明に記憶していることに連想がつながりました。 「さへ」は『古事記』の有名なイザナキとイザナミの物語で使われています。イザナキは死んだイザナミを求めて黄泉の国へ行き、そこでイザナミの体に蛆虫が集まっていることなどを見て、恐ろしくなって逃げる、それを知ったイザナミはイザナキを追ってくる、イザナキは黄泉比良坂まで逃げてきて、そこで「千引の石(イワ)」を置いて、イザナミを防ぎとどめる、という話です。『古事記』では、そこは「千引の石を黄泉比良坂に引き塞(サ)へて」となっています。この「引き塞(サ)へて」は、イザナキは追ってきたイザナミを大きな石で「ふせぎとどめて」と解釈されています。神話では、追ってくるイザナミをふせぎとどめた千引の石は、あの世とこの世の境界にもなっています。そして、この「さへ」は「さいの河原」の「さい」に転じたと言われています。西郷信綱さんによる説明は、次のとおりです。
「イザナキは黄泉比良坂を「千引の石」でふさぎ、やっとこの世にのがれたが、その岩のことを古事記は道反(チガヘシノ)大神、または塞(サヤ)り坐(マ)す黄泉戸(ヨミドノ)大神と呼び、書記では泉戸の塞(サヘ)の大神と呼んでいる。この塞(サヘ)が民間のサヘの神(道祖神)信仰につながるものであることはいうまでもない。これは外からおそってくる悪霊や疫神を、村境や峠や辻等で防ぎ守る石神であり、また死者の世界と生者の世界、あの世とこの世の境をつかさどる神であった。(『古事記の世界』) 」
「つまり、これはサヘの神であり、このサヘの神のいるあの世とこの世の境界がサイの河原へと仏教的に説話化される一つのきっかけが、すでにここに蔵されていたことになる。(『古代人と夢』)」

「さいの河原」に関して、今は「賽の河原」と「賽」の字を使いますが、岩波古語辞典は「塞」の字を当て、そして、「さいのかはら(塞の河原)」の「さい」は、「さいのかみ」の場合と同じく、「さへ(障)」、すなわち外敵の侵入を阻止する境界の地であった、と説明しています。また、「さいのかみ」(塞の神・道祖神)は「さへのかみ」が転じたものだとしています。 高槻市の西面が何かの境界になっていたかどうか知りません。上記の説明が高槻市の西面に当てはまるかどうかも分かりませんが、ブログを読んで以上のことを連想しました。(空)

822日 「政務活動費の収支報告書から」
全議員の収支報告書を見た感想です。
1 政務活動費の使い方は、本当に千差万別です。堂々と使う議員、実に謙虚な使い方の議員。その使い方は選挙の際の参考になります。
2 広報費として市議会だよりの作成・配送費を計上する議員が多数います。何らかの形で作成したとして経費を挙げているのは36人中31人。ネット利用の率よりもはるかに高く、全体としてまだ紙メディアに頼る議員が多いことがわかります(ネット以外に紙でも議会報告作成の実績がありながら、二木・和田前議員はその経費を計上していません。この2名を加えると紙メディア発行者は36人中33人となります)。
3 「主たる支出の内容」の表現が全般的にあいまいです。そもそも収支報告書は、政務活動費を適正に使っていることを立証するために提出・公表するものです。ですから、もっと具体的に書くべきです。曖昧に書くということは何か隠そうとしているのかと、疑われます。新聞なども自党の新聞は購入していないと発言する趣旨で、新聞名を具体的に書くべきです。そのスペースはあります。広報費に「広報代等」では、何のことかさっぱり。説明になっていません。知りたければ情報公開請求しろと?それはあまりに不親切というものです。二木前議員の書きぶりを模範とすべきです。
4 購入書籍がそれぞれにあるようですが、在職中に購入した書籍は、すべて議員個人の所有物・財産になるのでしょうか。税金が原資ですから、それには疑問を覚えます。多分、政治や地方自治に関する書物でしょうから、市民の共有物として図書館に寄贈するとか、せめて議会の図書館に置くとかすべきではないでしょうか。引退議員の自宅に退蔵させるのはもったいない気がします。
5 数字は活字、支出内容は手書きという収支報告書が幾つかあります。どうしてこのようになるのか、作成過程に興味を覚えます。              (白雲)

821日 「高槻にも空襲があったけれど」
昭和20年7月9日の日中、大阪府下に空襲警報が発令された。折あしく下校の時刻。三箇牧村では子どもたちが国民学校を出て家路についたばかりだった。サイレンの音に急かされるように走り出した子どもたち。その上空に2機の米軍艦載機が現われた。艦載機はこともあろうに子どもたちの一群を狙い、執拗に機銃掃射を浴びせる。逃げ惑う子どもたちは十数人。みんな三島鴨神社の境内に駈けこんだ。拝殿に逃げ込む者、三社の屋根の下に隠れる者・・・。銃弾は情け容赦なく境内に打ち込まれ、桧皮葺の拝殿の屋根にも突き刺さった。そして拝殿は炎上した。しかし、幸いにも子供たちは全員無事だった。…神社の境内にある歌碑の説明板は、そんな事実を伝えている。 レイシズムの国アメリカにとって、昔もいまも黄色人種はまっとうな人間ではない。まして当時は真珠湾で宣戦布告前に攻撃した卑怯な国の国民でもあった。艦載機のパイロットにとって、機銃掃射は狩猟に似たゲームでもあったのだろう。非戦闘員を狙う(敵対行為をする)のは、明らかに戦時国際法に違反する。そのアメリカが、戦後の東京裁判において日本を裁いた。
ところ変わってシンガポール。当時は昭南島と呼ばれていた。そこにはマレー系、インド系住民もいたが、大半は中国広東省出身の華僑が住んでいた。華僑は当然母国を支援する。陸路、資金や資材を中国国民党軍に送っていた。昭和17年2月15日以来占領を続ける日本軍にとって、それは抵抗活動にほかならない。しかし、誰が支援者で誰がそうでないのか、見分けはつかない。日本軍は、中国系住民と見れば片っ端から出頭を求め、あるいは連行した。取り調べを受けた中国系住民はそのまま帰らなかった。その数、数千人。地元中国系住民は今も記憶しているが現代日本人はほとんどその事実を知らない。(黄鶴)

820日 「知らずに愛して」
平成26年度における維新の党高槻市議会議員団(経理責任者・太田貴子議員)の会計の不適切さを、私たちは公表の収支報告書を集計する作業の中で知った。この作業がなければ、私たちもそれを知らないままだった。この事実を小欄で公表はしたが、当HPはマスメディアでもないので、知らない高槻市民がほとんどだろう。維新の党の支持者の多くは、何も実態を知らないままに支持しているわけだ。知らないことは存在しないことに等しいのだ。
事実を基に考えるよりもフィーリングによってものごとを決め、行動してしまう市民。ここに私は恐ろしさを感じる。さらに怖いのは、市民とはそういうものと知ったうえでこれを操る政党が出現していることだ。いざ選挙となると、HP,チラシ、ありとあらゆる媒体に美辞麗句を並べ、さわやかな印象を与える男女の顔写真を載せ、印象付けに力を注ぐ。そして、高得票、多くの議席を得て、その数の力は政治と市民の生活をあらぬ方向に持っていく。考える方向に市民を導こうとしない責任は大きいのだが、そのことをわかっているとも思えない。
考えない庶民、それは戦前にもあった。大新聞にあおられ、皇国史観に固まり、打倒米英の道を突き進み、その力は昭和天皇にも止められなかった。結局は破滅に終わったが、道を誤ったのはリードした政治家や軍部のせいばかりではなく、庶民の巨大な力を秘めたベクトルもそこにはあった。 冷静にデータをもとに考えることをせず、好き嫌いやその場の流れに従って動く、今もその基本的構造は変わっていない。同じ日本人だ。戦争を知らない世代が、また同じ道をたどる可能性もある。
つける薬はないのか。日本人の性癖を変えることにもなるから、それは難しい。しかし、覚えることよりも考える子どもを育てる教育、人を知に向かわせる大新聞や有識者の行動は、その端緒になるのではないか。(黄鶴)

819日 「議会中継システムの種類」
ご参考までに紹介しておきます。 議会中継の画像をインターネット経由で配信するには2種類の方法があります。一つはUSTREAMやYou tubeによる一般の動画配信サイトを利用する方法、もう一つは個別のの映像配信会社に委託する方法です。特色は、前者は経費が安いけれども画像に広告が入ったりシステムの都合で放映が途切れる可能性があることです。委託方式は、その逆で、経費は比較的高いけれども配信の安定性があります。どちらを選ぶかは、それぞれの市の事情によるのでしょうが、大阪府では泉南市、泉大津市、箕面市、枚方市、阪南市などがUSTREAMなどの配信サイトを利用しており、委託によるシステムは大阪市、吹田市、貝塚市、富田林市、河内長野市などが採用しています。高槻市も「ASPへの委託方式」と、議会あり方検討会の最終報告書に記載されています。 所要経費は、カメラ、マイクの台数や編集用パソコン、レコーダーの数など仕様によって全く違うのですが、概ね初期費用として1千万円~2千万円、運営保守費用として、委託方式ならば年額100~200万円、USTREAMならば年額10万円程度です。初期費用をゼロにして、その分を毎年の保守費用に賦課させる方式もあります。(白雲)

818日 「議会のインターネット中継 その3 高槻批判」
調査結果を眺めて思う。まず、古い録画の放映に意味があるのだろうか。情報は新しいからこそ意味がある。新聞も配達の翌日には「新聞紙」でしかない。映像を編集された上に、10日も2週間も経って公開されても、既に話題性は薄れている。情報を待つ側から見れば、公開まで何日も待つのでは情報公開の意味がない。そういう制度を採った市が14市もあるのは問題だ。こんなシステムに予算を投下するのは無駄である。 次に、ネット中継は正式記録ではないとするのは何なのか。不規則発言があったとしても、市民の皆さん、無視して下さいということか。そう言われても見聞きしたものは記憶に残る。 そして、高槻市は…。Too late too small! 他市と比較すれば高槻の遅れは際立っている。 議会あり方検討会の最終報告書は「録画配信から始める」とする。9月の議会から何かが始まるような噂も聞くが、これまで何もしてこなかった後進性は言うに及ばず、今ごろ録画配信を始めるというのはどういう神経か。録画放映だけでは、岸和田市・河内長野市より10年遅れと冷笑されるだけである。 録画配信ではなく、時代はライブ中継を当然とするところまで来ている。ライブ中継、それも大阪市のようにスマホで視聴できるものでなければ市民の要望に応えることにはならない。それをなぜ行わないのか。よほど中継が議員にとって不都合らしい。今まで画像の配信がなかったのも、議場での居眠り、議題と無関係の資料の閲覧、机の下でのスマホの操作、理路不整然の発言内容、あるいは発言しないこと、そういう状況が公表されれば困るから中継を妨げてきたのが見え見えだ。後発効果というものもあって、効率的な新しいシステムをより経済的に導入できるのに、なぜ採用しないのか。 そもそも議会あり方検討会の結論がおかしい。議員だけで議会の在り方を検討すれば、市民の利益よりも議員の都合が物事の決定基準になるのは火を見るより明らかである。市民のどの声を聞けば録画配信という結論になるのか。はなはだ疑問である。ライブ中継は「将来的に検討」とは、当分の間何もしないと言う意味である。開かれた議会、市民への情報公開という大原則をかえりみれば、何をすべきか明白のはずだ。議会のインターネット中継に関する議論を見る限りでは、議員は市民とは異次元の世界にいる。安保法案に関する安倍政権と同じ民意無視の状況が、高槻市議会にも生まれているようだ。議員諸氏は、市民の意思から遠い世界にいつまでもいられると思わない方がいい。(黄鶴)

818日 「議会のインターネット中継 その2」
昨日掲載の調査票に一部調査漏れがありましたので、7 基礎資料 に、修正のうえ再掲しました。 調査結果を総括して紹介します。 全国市議会議長会のHPによれば、平成25年12月31日現在、インターネット上での何らかの情報発信を行っている市は812市の全部であって、議会のインターネットでの中継または録画放映を行っている市は501市で61.7%を占めるとのことです。 大阪府下では33市中25市(75.8%)がネットでのライブ中継または録画放映を行っています。未実施の市は、高槻、寝屋川、守口、池田、摂津、交野、高石、四条畷(以上、人口の多い順)です。ただし、摂津市は音声のみは平成20年12月以降配信しています。また守口市は市役所内第二委員会室で本会議のライブ中継を行っています。 公開の方法に、インターネットによるライブ中継と録画の後日放映とがあります。府下では前者が11市、後者が15市です。人口30万人以上の7市を見ますと、5市がライブ中継、1市(枚方)が録画放映、1市(高槻)が未実施です。人口10万人未満の規模の小さい市ではネット公開の割合はやや低くなっていますが、半数はライブ中継を行っています。ちなみに、石川県小松市や白山市ではケーブルテレビ経由の公開もあります。 ネット公開開始の時期は、岸和田市が最も早く平成16年に録画の放映を、次いで河内長野市が平成18年に同じく録画の放映を始めています。そしてライブ中継の嚆矢は平成20年の豊中市です。 議会のネット公開は、平成22年以前(5年以上前)はわずか5市での実施に過ぎませんでしたが、平成23年4市、24年5市、25年8市が開始して過半数を占めるようになりました。 録画の放映は会議の後に行われますが、早くて3日、遅ければ2週間後の放映となっています。また多くの市でネット中継は正式記録ではないとの注意書きを添えています。(白雲)

8月17日  「議会のインターネット中継」
選挙公報で福井・森本両議員が議会のインターネット等による中継を提案していました。それもそうだと思い、参考データとして大阪府下の33市について、議会のインターネット中継の状況につき、各市がどのように中継を行っているか、それはいつから行っているか、調べました。その結果は、7 基礎資料 (5)に掲げています。 一口に言って、高槻は遅れています。とりあえずデータだけお示しをしておきます。論評は、日をあらためまして、黄鶴子にお願いをします。(白雲)

8月16日 「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 西面」
西面と書いて、読みは「サイメ」。明治41年の地図(今昔マップ on the web)にもその振り仮名がついている。どうにもこの地名が頭から離れない。由来は何なのか、と。 その位置は市役所から府道16号線をまっすぐ南下、あと1kmで柱本という位置に「西面」という交差点がある。左は三島江。それを右に折れて200mほど進むと目指す集落に着く。西面は、高槻には珍しく、集落の軸線が東西南北の方位と一致していない。集落の真ん中を貫く道は東南から西北へ延び、東西方向と約30度ずれている。 この集落はいつ成立したのだろうか。それを考える手がかりは地元の神社の祭神にある。…が、今は西面に神社はないのだ。調べてみると、明治41年に三島鴨神社の境内に遷されていた。西面八幡神社がそれである。八幡神、ということは国土開発に功績があった秦一族に関係あり。土地の始まりは飛鳥時代以前にさかのぼる。そして国土地理院の地図を見ると西面交差点の標高は8mで、弥生遺跡が発見された芝生体育館付近と同じ高さである。西面集落付近は弥生時代には微高地であったということは、集落の成立は弥生までさかのぼる可能性もある。とにかく、古い。 西面の由来はなんだろうか。 漢字の「西面」に意味があるのだろうか。それとも音の「さいめ」が先にあって、「西」・「面」は当て字だろうか。 北面の武士は聞いたことがあるが西面の武士はない。天子南面というが、これに関連した意味では西面するのは参議以上の貴族が座る位置である。五領のように、藤原一族が開いた土地をそれにちなんで地名とすることがあるから、参議以上の貴族が開いた庄園にちなむ可能性はある。西面の集落が律令制の条里から外れた位置にあるのも、墾田の永世私有令当時に関係者が定住した傍証になりそうだ。 倭名抄には摂津国百済郡に東部・西部などの郷名が記録されている。これに類するものならば、西面も東面もあってよさそうだが、ない。朝鮮の行政区画に「面」があるが、それは「里」をいくつかまとめた大きいものだし、古い制度でもない。百済・新羅・高句麗の歴史を書いた三国史記は、行政区画として州・郡・県を記すが面はない。したがって面とは称すれども古代朝鮮の行政制度の輸入ではなさそうだ。 玉川沿いに「玉川うの花樋の歴史」と題する説明板がある。そこには「江戸時代、西面村は「玉川湖沼の面の西」として存在していた。」と、村の名の由来を書く。江戸時代まで湖沼が存在していたのか疑問はあるが、たしかに湖沼の西ではありそうだ。昔の三島江という入り江は、今の三島江集落と西面集落の北、唐崎の南に淀川が深く入り込んで入り江をなし、そこに玉川が流れ込んでいたのだろう。そして集落の中軸線が東西方向にないのも、湖岸に沿って棲家が増えていったことを示している可能性がある。 さいめ、という音に意味はあるのか。条里制の田を「賽の目」と見たか。それはないだろうが、賽、歳、いろんな可能性がある。 意味のわからない地名を朝鮮語で考えると納得のいく事例がある。実は古代朝鮮語で「さい」は、海老を意味する。入り江に海老は、如何にもそれらしい。ほかの意味として「間」や容積の単位があるが、あてはまらない。同じく朝鮮語で「メ」には、「鷹」、「妹」、「梅」「賣」「買」などが、「メン」には「綿」「麺」などの意味がある。「さいめ」を、古い朝鮮語と考えるのも一法であろう。 地名には昔の人の暮らしぶりが投影されている。そこに思いを馳せる時、遠いロマンを感じるのである。(黄鶴)

8月15日 「26年度政務活動費5 会派共用費  適正化への期待」
終戦記念日であるが、こちらは終戦とはいかない。昨年度の維新の党高槻市議会議員団(以下、本稿において「維新」という)における会派共用費の不適切な会計処理について、疑問が多々ある。これを等閑視できない。 まず、維新は自ら修正すべきであるが、なぜしないのか。7 基礎資料 に掲げるような全員・全会派の収支報告書の総括表を作れば、収支の合わないのが、そしてどこに原因があるのか一目瞭然である。にもかかわらず何もしないのは、善良な注意義務をもって公金を管理する義務を放棄した、と、宣言するに等しい。 次に、収支報告書が公表されて1か月あまりになるというのに、この不適切な処理に誰も気が付かないとはどうしたことか。いや、気付いているのか。気が付いていて何もしないとすれば、なお罪は重い。議会事務局は、議長は、市長は、知らなかったのか。上部機関の大阪維新の会も知らぬ顔の半兵衛か。 先の大阪市の伊藤良夏議員のレクサス騒ぎに何ら処分を下していない大阪維新の会である。公認した地方議員の指導に当たろうと言う態度は、そこにはない。よって、何も期待できない。 事務局はどうか。政務活動費の交付に関する条例第9条によれば、政務活動費の収支報告書は議長に提出される。しかし実際は議会事務局だろうから、最初に気付くのは事務局員のはず。ただ、事務局と議員では力関係からして事務局が議員に指導するわけにはいかないだろうと想像はつく。指導・是正を事務局に求めるのは無理である。 では、議長はどうか。同条例第10条は議長の調査権を明記する。そして、『政務活動費の交付に関する条例の解釈と運用』によれば、議長は「四半期ごとに会計帳簿、領収書等の 証拠書類の提出を求め、点検と確認を行い、年度区分、経費費目、計算等誤 りがあれば、修正や補正を求める。なお、必要に応じ助言を行う。」としている。修正や補正を求めることのできるのは、使途基準に従っていない支出だけではない。会計に関するすべてである。その調査をやるべきはいつの議長か。26年度議長が同年度中に行うべきもののほか、現議長も該当する。何となれば、収支報告書のすべてが提出されたのが本年5月27日だからである。すべてが判明しなければ総合的検討もできない。要するに、議長には調査の上修正を求める権限と責任がある。権限を適正に履行し責任を的確に果たすべきである。 市長はどうか。同条例施行規則第8条は「収支報告書の写しを市長に送付するものとする」と規定する。「ものとする」というのは原則を示す法令用語で、あるいは送付されていないのかもしれないが、市の予算のことだから市の監査対象にして、不正があれば公表するのは当然のことである。市長というより、監査委員の対応を期待したい。 もう一つ、この政務活動費については運営協議会というものがある。そこで協議されるものの中に、会派共用費が適正に執行されているかどうか、という項目もある。仏作って魂入れずではなく、こういう協議会もきちんと機能させてほしい。 以上、維新の不適切会計に対する疑問と対応の要望である。わずか1万円のことと、なおざりにしないで欲しい。市議会にもまだ賢者はいるはずだ。(黄鶴)

814日 「26年度政務活動費4 会派共用費残額 維新の党の誤り」
26年度の政務活動費について、どうもすっきりしないので総額から追ってみました。。 各議員の収支報告書における収入の合計は、利子も含めて、30,240,371円・・・・・① 支出額の合計は、23,065,086円ですが、議員によると840,000を超えて使用しているので、その赤字分を修正すると、22,671,203円・・・・・② その差額(①-②)は、7,569,168円・・・・・③ この差額が返納金額になるはずですが、各議員と各会派の残額を合計すると、7,579,168円で、10,000円多く返納されているのです。 この10,000円はどこから来たのかを考えました。昨日のブログのとおり、太田・蔵立・木本・平井4議員の会派共用費支出を合計しますと、54,000円、そこから「みんなの党」共用費8,000円を引きますと、維新の党向けの共用費は46,000円です。しかし維新の党の会派としての収入は「会派共用費56,000円」と、10,000円多く計上されている、ここに誤りありとの結論に達しました。 支給額は84万円×36人で一定の数字ですので、支出額が上記よりも10,000円少ない場合、残額は7,579,168円になる可能性もありますが、精査したところ、それはありませんでした。 維新の党は、会派共用費の残額として実際よりも10,000円多く返納しています。多いから良いではないか、ではないのです。帳尻が合ってはじめて会計です。 一般的に、会計能力のない会派に税金の管理は任せられません。そういうことでは公党たる資格もありません…と思うのですが、いかが?  (白雲)

813日 「26年度政務活動費3 会派共用費 ずさんな維新の党」
7月3日に公表された平成26年度分の政務活動費を整理分析していて、不思議なことに気が付きました。 ① 維新の党高槻市議会議員団(以下「維新」といいます)の会派共用費は、各人の支出額の合計額と、会派としての収支報告書の収入額が合いません。 各議員の収支報告書には、太田議員20,000円、木本議員24,000円、蔵立前議員4,000円、平井前議員6,000円の会派共用費が支出されたことになっています。その合計は54,000円です。しかし維新の党高槻市議会議員団の会派共用費収入額は56,000円と書いてあります。 なお、維新は、26年5月13日にみんなの党との合同の会派(当時、太田・蔵立・木本・平井各議員、計4名)を結成し、以後平井前議員が他会派に移り蔵立議員が離脱し、同年11月29日に維新の党だけを冠した会派名(構成2名)になっています。 ② 一方、みんなの党の会派共用費収支報告書は収入額8,000円と記載してあります。木本、平井両議員の会派でしたから、その両議員の4,000円ずつが充当されたと思われます。そうすると、両議員の維新への共用費支出額は、木本議員20,000円。平井前議員2,000円になります。太田議員、蔵立前議員と合わせた維新の収入額は46,000円となります。やはり記載された収入額56,000円とは合いません。ちなみにみんなの党の会派に支出はなく8,000円全額が返納されている…はずです。 ③ 平成26年度会派共用費変更届出公表書(平成26年11月28日付:内容は、維新の党において6~7月4人、8~10月3人、11~3月2人、1人1か月2,000円、計54,000円とするもの)によって算出した各議員の支出予定額と実際の支出額が合わない議員がいます。平井前議員は2か月分4,000円であるべきところ、実際の支出は2,000円、蔵立前議員は5か月分10,000円であるべきなのに、4,000円の計上に留まっています。更なる変更があったのなら、重ねて変更届を出すべきでした。 以上のとおり、維新の会計管理は、手続きと金銭管理の両面で杜撰といわざるを得ません。維新は収支の合わないことの説明をすべきと思いますが、いかがでしょうか。また帳簿もあるはずなので、情報公開手続きによるのではなく、インターネット上の公開を求めます。(白雲)

812日 「26年度政務活動費2 返納額」
2014年度の政務活動費使用状況について、各議員別・費目別の使用額を一覧表にして、7 基礎資料 にアップしました。4年間の平均返納率は26.9%、最高は高木議員の92.2%、約3,035千円でした。関連する他の表も順次更新します。下に返納の状況について2011年度から4年分をまとめてグラフで示します。

年額840,000円の政務活動費を、毎年全額使用する人がいる一方で、毎年ほとんど使わない人、毎年2~3割残す人がいる、というふうにはっきり方向が分かれています。同じ議員の仕事をするのに、こうも違うものかと驚かされます。他のデータと併せて見れば、カネを使わないで仕事をした人、カネを使って仕事をした人、カネを使ったけれども仕事をしなかった人、カネも使わず仕事もしなかった人に区分できるのでしょう。 (白雲)

 

811日 「26年度政務活動費1 旅費及び交通費」
平成26年度分の政務活動費収支報告書から、旅費・交通費を抜粋してグラフにしました。縦軸の単位は円です。最高額は約25万円です。 使用額の多い少ないが、そのまま議員としての通信簿の点数になるかどうか、難しいところです。努めて無駄遣いを減らす議員もいるでしょうし、調査研究に忙しく、その結果旅費の使用額が多い議員もいるかもしれません。金額だけでなく、中身が詳しくわからないと何とも言えません。やはり事細かに管理されているかどうかが評価の分かれ目でしょう。(白雲)

810日 「政務活動費の領収書」
大阪維新の会・大阪市議団は7月31日、2014年度分の政務活動費の領収書を同市議団のホームページ(以下HPと略す)に公開した(該当ページへのアクセスに数分を要する)。彼らは、昨年来その条例化を提案していたが、伊藤議員の政務活動費によるレクサス購入騒動があって、汚名返上の必要があったのか、レクサス報道の4日後に(その週のうちに)公開した。 しかし、よく考えてほしい。単なる領収書の公開だけでは政務活動費を適正に使ったことの証明にはならない。領収書に金額と使途の記載があって、その使途が公務に直結すると認められる場合はよい。使途の明確な記載がない場合がある。例えば電車代・ガソリン代だ。その場合、行先、用務・料金(車ならばキロ数)を毎日細かく記録しておき、それが公用に費やされたことの証明をすべきである。それができない限り、公用とは認められない。官庁でも企業でもやっている話だ。できない話ではない。大阪市の場合、按分比50%というのがあるが、決められたとおり使用額の50%だけ計上すれば適正だとは言えない。 さて、大阪市の維新市議団は領収書を公開した。では高槻市は?大阪市に引き続き高槻市の維新の会の議員も実行してほしい。木本議員の公約には「政務活動費の見直し…領収書公開による一層の透明化」とあるのだから、それが選挙の時だけの甘言でないならば、積極的に動くべきである。が、木本議員にはHPがない。米山・太田議員の公約には政務活動費透明化についての言及そのものがない。そして米山議員にもHPがない(検索するもヒットなし)。維新3名に今後の善処を期待する。具体的に何を期待するか。その内容は次のとおり。 政務活動収支報告書(平成26年度分)を見ると、木本議員は旅費及び交通費に燃料代として110,000円、太田議員は同じくガソリン代として59,540円を計上している(按分比50%だから実際の使用額はその倍)。ガソリン車の場合、通常1リットル10km走行可能だろうか。1リットル150円とすると、15円で1km、15,000円で1,000km走行可能な計算になる。木本議員の燃料代110,000円で約7,300km、太田議員のガソリン代59,540円では約4,000km走行となる。市会議員としての活動でそれだけ走行する必要があったという説明を待ちたい。過去そのような要請はなかっただろうが、今は政務活動費に対する市民の目は厳しい。収支報告書一枚で終わりというこれまでの慣習は、もう通らない。 維新の会の議員だけではない。全議員について、書籍代、ガソリン代その他の使途が適正であることの説明を、議員の方から積極的に行う必要があるのではないか。 (黄鶴)

8月9日 「ぶろぐ日曜版 高槻の地名 五百住」
高槻の地名はおもしろい。その由来をさぐることが、そのまま高槻の歴史を遡ることになるから。いろいろ調べ始めるとあっという間に時は過ぎ、市政に関する問題を掘り起こすことを脇に置いたまま日が暮れることがある。こりゃ、あかん。でもまあ、日曜日くらいは・・・。 最初に紹介しておこう。「高槻物語」(宇津木秀甫・著)という本がある。高槻の地名についてはこの本に広範な説明がある。高槻(高月)、大塚(王塚)、赤大路、柱本など、伝承を柱にした地名解説は参考になる。それをとっかかりに、私は他の要素も加えて、地名のいわれをさぐってみたい。 地名は、まず、その土地の形状・特質を表わす。大阪、河内、奈良、垂水など多くの地名がこれに属する。北海道のアイヌ語地名はほとんどそうである。 また地名は、歴史的事実を記録する。交野(皇后の土地)、摂津など、これも多い。 高槻に関しては、唐崎、前島、三島江など淀川(この名前も近世のものだが)の舟運に関するもののほか、嶋上郡衙に働いた人の集落と思われる郡家などが歴史の断章を伝えていて興味をそそられる。大蔵司は郡衙の倉ではなく、服部郷に近いから大和朝廷の大蔵省織部司に関するものか。 五百住も面白い。昔は「いおすみ」と発音していたのが、1500年の間に「よすみ」になったのだろう。上記大蔵司も「だいぞうじ」ではなく「だいどうじ」である。芝生は「しばおい」ではなく「しぼ」。地名の音便変化は、その土地が古いことを示している。 日本書紀によれば、安閑天皇元年6月、天皇(というより当時は大王)は皇后のために良田を求め、大河内直・味張(おほしかふちのあたひ・あじはり)のもとへ勅使を派遣した。 「そちは大王に肥えた田を奉るべし」 と、頭ごなしに勅使は言う。味張は献上を惜しんだ。 「あいにく排水の悪い田や水の便の悪い干からびた田しかありません」 勅使はその言のとおり復命した。 そして同じ年の閏12月、大王は三嶋に行幸した。時の大連・大伴金村を三嶋縣主・飯粒(いいぼ)の館に遣わし、同様に土地の献上を求めた。飯粒は、喜んでこれに応じ、三野、桑原の土地40町を献上した。 金村は大王の意を受け、飯粒と味張を前に言った。 「天の下、大王の土地でないものはない。然るに、味張!よくぞ勅使を騙し、命令に背いた!今から後は郡司の列に加わるな!」 一喝された味張は、冷や汗を流しながら、 「郡毎に春500人、秋500人の農夫を送ります」 地に這いつくばって約束した…。 三嶋竹村屯倉(みしまのたけふのみやけ)には河内縣の部曲をもって田部とすることのはじめ、ここに起これり、と、日本書紀はこの章を結んでいる。仏教伝来の20年前、6世紀の初めころの話である。 この500人の農夫が住んだのが、五百住らしい。明治41年の地図(今昔マップ on the web)を見ると、西五百住、東五百住の集落がある。三嶋郡三宅村(現・宇野辺付近)からは少し遠いのだが。(黄鶴)

88日 「お隣の町の
まったくの偶然ながら、島本町の議員のブログに接した。 島本町議会は議員14名の半数が女性ということでNHKの番組でも取り上げられたことがある。現在は議長・副議長とも女性である。 ふと、目にしたのは、とだ*やすこ氏と平野かおる氏のブログである。なかなか読み甲斐のあるブログなのだ(「とだ*やすこの「いまここ@島本」」、「ひらのかおるタウン通信」)。いや、女性だからここで話題にしているのではない。重み・面白みのあるブログならば男女はこの際関係ない。 このお二方のブログでは自身の行動予定や町政の問題などが語られているが、政治上の話は、まず論旨がしっかりしている。何を伝えたいか、焦点が絞られている。そして、いま何が問題となっているかにつき、さまざまな角度からその論点を洗い出して、自分の主張を添えて町民の前に並べてある。たとえば小学校の建て替えについて、現存物の耐震補強と比べて経済合理性如何、幼稚園と併設することについて教育的観点からの検討如何とたたみかける。 次に、考え方に偏向が見られない。何かの主義主張に固まった文章を読むのは疲れるが、それがない。ごく真っ当な市民感覚を素直に表した感じである。 そしてわかりやすい。町政がテーマだから、寝転んで読める文章、考えないで理解できる文章とはいかない部分もあるが、訴えたいことがストレートに読み手に伝わる。 政治的テーマを材料にした論理の展開または 論証。これぞ、議員のブログとして望ましい姿ではないか。これに匹敵するブログを、同じだけの頻度で、いまの高槻市議会議員34人のうち何人が書いているだろうか。ツイッターやフェイスブックでこのような重みのあるものが伝えられるのだろうか。 文は人なりという。その人の思想・信条はもちろん、人格まで文章は伝える。だからこそ議員には起承転結を備えた文章で勝負してほしいし、それを限られた支持者への文書よりもネットで広く公表してほしいのだ。書けない議員、書こうとしない議員は今の世の議員としては適格性を欠く。  (黄鶴)

87日 「改選直前の議員たち」
2015年3月議会における質疑・質問数の一覧です。選挙直前まで仕事をしたのは誰だったか。多言を要しません。 (白雲)

8月6日 「改選直前の議会」
2015年3月議会、つまり選挙の前の議会における質問数を調査中です。 選挙を間近に控えた議会なので、さぞや低調だろうと思いきや、どうしてどうして。本会議は割と静かですが、常任委員会はけっこう賑やかでした。発言数調査は、議事録から発言者名をピックアップするだけの、簡単に済む作業なのですが、質問や答弁のやり取りが殺気立っていたり、委員会でベテラン議員の味のある発言があったり、内容が面白くて、つい時間をかけてしまいます。 しかしながら、やはりというか、委員会でも本会議でも keep silent の議員が…。Silent Navy は、かっこいいけど、議員の無言はいただけません。無言の原因は、今にしてわかるのですが、引退を目の前にしてレイムダック状態だったり、あるいは選挙の準備に忙しいという事情もあったのでしょう。議事録には出ていませんが、再選を目指す作業に疲れたのか、公開の本会議場で天を仰いで爆睡という議員もいたとのことです。 この3月議会には一般質問はありません。うがった見方をすると、その理由は、一般質問の時間を設けても選挙の準備に忙しく質問に立つ議員が少ないということなのでしょうか。この制度は、市民の声を届ける機会が減る悪習なのですが。 3月議会の質問数は、近日中にアップします。(白雲)

8月5日 「公約の追求」
立候補のときに掲げられた公約は以後の議会活動の中でどれくらい誠実に追求されているだろうか、数多く掲げられた公約は全部カバーされているのだろうか。そんな疑問から改選前の議員について今年の初めに調査しましたが、改選後の議員についても調査を開始しました。 とりあえず、各会派の代表質問と6月議会での一般質問の公約との関係を調査しました。その結果は2 市議会という舞台で 第二部 公約を果たそうとする姿勢  のとおりです。 代表質問は市長の施政方針に応える形での質問ですから、自会派の公約に必ずしもマッチしない側面もあって同列に比較はできませんが、公約として掲げた項目のうちどれだけが代表質問によってカバーされたかを各会派別に示すと次のとおりです。 公明党      19項目中 9項目 47% 民主・元気ネット 31項目中 20項目 65% 維新・市政刷新   28項目中 8項目 29% 共産党       9項目中 5項目   56% 市民連合     15項目中 10項目 67% 自民党・蒼政会  14項目中 8項目 57% 4年間の議会活動は始まったばかりです。代表質問によってカバーされなかった公約は、一般質問などの今後の活動の中で実現のための努力がなされていくのでありましょう。(白雲)

8月4日 「スタートダッシュ」
4月の改選後からこれまでの仕事ぶりの一部を、まとめて表にしました。まだ委員会での発言状況が加味されていませんが、一応の傾向はわかります。 当サークルでは、他市の議会オンブズマンと異なり、議員に対して私たちの主観的評価を加えないのが主義ですが、この一覧表をご覧いただく側で発言数やネット利用状況に点数をつけて総合評価とするのも一法かと思います。 現在、各欄が空欄のままの議員が多数います。いつか欄が埋まることを期待したいのですが、人間の行動様式はそんなに変わりませんから、4年を経ても空欄もしくは空欄に近い低い数字の議員が出てくると予想されます。(白雲)

8月3日 「ネット利用 7月末」
7月末日現在のインターネット利用状況を調べました。 これについては先月11日、次のようなご意見をいただきました。「たかし」様とおっしゃる方からでした。 「ブログより最近はFacebookにて自身の行動を公開しておられる方が多くなっています。 こちらで更新がなされていないと指摘されている議員さんの名前がFacebookにて日々の公開されておられる方がおられますよ。ご確認されてからの投稿された方が良いかと思います。中にはブログからFacebookにシフトしておられる方もおられますよ。」 まずは当HPを見て戴いたこと、そしてご忠告を戴いたことに感謝申し上げます。ご主旨に沿うべく今後とも努力いたします。…って、どこかで聞いた答弁のようですが。34人がお持ちのサイバー空間すべてをチェックするのもなかなか困難でして、氏名を検索してヒットしなかったら、「なし」と扱うほかないのですが、完璧をめざして努力しましょう。それでも足りないところはお許しを。どなたがフェイスブックにシフトされたのか等、たかし様、いろいろご存じのようですので、ご教示いただけたら幸甚です。 さて今回、公明党議員の新規HP開設が目立ちました。URLを見ると公明党のサーバー利用のようですが、三井議員はフェイスブックも利用中で、行政視察の様子などもよくわかります。ただ、公明党の新規開設ページではコメントの受付のないのが気がかりです。双方向の対話ができる方が楽しいと思いますが。 このような明るさが見られた反面、ネット利用のない議員は相変わらずです。いつも思うのですが、ネットを利用しようがしまいが、議員の仕事をしようがしまいが、安定的な支持者がいるのは、まことに結構なことです。しかしながら、議員たる者、誰のために何をするのか、その意識が強ければ、広報の在り方もまた変わってくるはずです。(白雲)

8月2日 「ぶろぐ日曜版 能因法師 その2」
橘永愷(たちばなのながやす)は、貴族の子弟が通う大学での学業を終えた。教授の藤原廣業が正月の朔日(1日)に前触れもなく永愷の宅を訪問しているところから、トップクラスでの卒業であったのだろう。 進士の肩書をもつ永愷は従八位下で官途に就いた。今の中央官庁の上級係員から係長くらいだろうか。通常は少初位からスタートするので、それよりは2階級高い。しかし、ここで永愷は現実を見た。藤原一門は全く扱いが違うのである。比べるのは間違いかもしれないが、道長の長子・頼道は21歳で役人になった途端、権大納言となった。納言とは天皇の言を下に伝え、下の献言を天皇に申し上げる役職である。そして大納言は各省の長官よりも上位に置かれる。権大納言は大納言の見習いといったところだが、従八位の永愷から見れば日常会うこともない雲の上の人である。25歳になっていた永愷はため息をついたに違いない。大学の学生としては優秀だったが、官途に就いてみればそれは何の役にも立っていない、と。また進士は、時務すなわち国の要務について献策することを試されたのだが、実務に就いたら官吏はそういう機微に触れてはいけないことになっていた。己の才能に恃むところのある永愷にとって、それも我慢ならないことだったはずだ。 この先、自分はどうなるのか。答はすぐに出る。蛙の子は蛙、受領階級の子は受領でしかない。うまく行っても官位は従五位上が上限。役職はどこかの国の守。それ以上はない。しかも自分は次男。自分の才能に見合う将来はないのが明白だった。自分の才能を自由に花開かせる道はないものか。そう悩む永涯の前に、歌の道が開けていた。僧正遍照、喜撰法師、そのほか前例があった。 折も折、恋人が死んだ。その知らせは、役人の道に望みを失いかけていた永愷の背中を押した。そして彼は出家して歌だけに生きる道を選んだ。法名は初め融因、後に能因と名乗った。 今日こそは初めて捨つる憂き身なれ いつかは遂に厭ひ果つべき いつかは遂に、という言葉に、長い逡巡の日々が投影されている。しかし、出家すれば、官位にとらわれることなく、自由に誰とでも往来可能である。彼は大学での学友や教授との交遊を楽しんだ。また頼道との付き合いも再開したようだ。50年間の長きにわたって関白の地位にあった頼道は、能因の庇護に当たっている。頼道は、学生の頃から永愷の学才に惹かれていたのではないだろうか。13歳で入学した少年には17歳の学識豊かな青年がまぶしく見えていただろう。その尊敬の念を終生捨てなかったのが頼道のすばらしいところだったと私は思う。50年間関白を務めるということは、単に力だけでできるものではない。人の長所は採り、意見は聞き、そうやって仕事をまとめる人格者の幹部職員の姿がそこに見える。そんな頼道がいればこそ、能因も宮中の歌合わせにしばしば出入りできたのだろう。もちろん歌の能力も当然のことながら。 出家して間もなくのことだろう。能因は古曽部に庵を結んだ。現在の高槻市古曽部町3丁目辺りである(文塚があるので、その辺りと推定)。 何故古曽部だったか。 一つには都を離れること五里、格好の山里だったことである。都を発ち、桜井の駅の喧騒から離れ、西国街道をさらに下ると、街道右手に迫っていた山は五丁ほど後退して半円形の緑の懐を造っている。そこは歌読みにふさわしい情趣豊かな空間だったろう。喜撰法師は宇治に、素性法師は石上に住んでいる。郊外に住むことは歌人の習わしだった。 次に、近くに牧場が多かったことが理由として挙げられる。条里制に隣接する場所に、上牧、三箇牧、そんな地名が今も残る。能因は歌に詠んだように馬好きであった。 芦のやの こやのわたりに日はくれぬ いつちゆくらん駒にまかせて そして、願望をこめてこの理由を挙げる。能因は、100年ほど前の歌人・伊勢御(いせのご)をいたく尊敬しており、その伊勢御の亡くなった土地に近いことから古曽部を選んだ…としたい。能因法師墳の西300㍍に伊勢寺があり、伊勢御の終焉の地とされている。それが史実かどうか不明なのだが、はるかに仰ぐ歌の先輩を身近に感じながら日を送った能因は、幸せだったことだろう。(黄鶴)参考文献:中島悌次著「能因法師」、国史大系「令集解」

81日 「レクサスを有権者は許すのか」
過去にレクサスのローンの一部を政務活動費でまかない、本年7月24日に該当金額を返却した伊藤良夏大阪市議。その後を知りたくて大阪維新の会のHPを開いてみた。「伊藤議員は××の事実が認められたので処分した」という記事でもあるかと探したが…。本日(8/01)時点、発見できなかった。本年4月の上西衆院議員の除名についても、どこにも書いてないようだ。住民投票で否決されたにもかかわらず、大阪都構想の特設サイトは、あった。 次に本人のHPを見たが、そこにも特段の記述はない。ブログがあるようで、そこを開くと、最新の記事として「ご報告とお詫び」というのが7月27日付で掲載されていた。 その詳しい内容はご本人のブログを参照戴きたいが、要するに『自動車に関する契約を締結しました』が、この契約は『割賦販売契約ではなく、リース契約であると誤って認識しておりました』ため政務活動費を使った、しかし『大阪市会が作成しております「政務調査費支出の手引き(平成25年3月から政務活動費支出の手引きに変更)」に基づき不適切な計上誤りが確認された』ので24日に返納した、『この度は本当に申し訳ございませんでした。大阪市会議員 伊藤 良夏』というものである(『 』内は原文のまま)。 当初取りざたされた母親の誤認とか手引きの勉強不足という点は、この「ご報告とお詫び」には記載がない。一部日本語として不分明だが、客観的事実の幾つかを捨象し、問題を矮小化して幕引きを図りたい意図が透けて見える。 購入契約かリース契約か、契約内容が理解できていなかったとは…。誰がそれを信じるだろうか。もう、本件について時間を費やして書き続けるのも馬鹿馬鹿しくなってきたが、金を返した、ごめんなさいで済むならば、泥棒も盗んだものを返せば許される理屈になる。議員においてはローンの支払に政務調査費(活動費)を充てた2012年4月の時点で政治責任が生じている。金を返してもその責任は消えていない。そもそも2012年度の予算を2015年度に返納できるのか。予算は単年度主義である。2012年度決算のやり直しか。市はどう処理するのだろう。 伊藤良夏議員は「ご報告とお詫び」で一件落着と思っているらしい。所属政党である大阪維新の会も同様だ。有権者は能力水準を相当見くびられていることになる。通常人ならば、両者とも自浄能力も責任という観念も持たないことを世に示している姿が見えるのだが。そして大阪市議会はどう対応するのだろう。2012~2013年度における政務調査費(活動費)悪用の事実を見過ごすのか。まあ、この後は公共社会の良識を待とう。今は沈黙しているマスコミも以後の判定を有権者に委ねているのだろうから。人の噂も75日となるかどうか…、さて…。  (黄鶴)

731日 「中国発の大気汚染」
昨日からPM2.5がひどい。昨夜は月齢14.4の月が赤く見えた。今朝は生駒の山がまるっきり見えない。本日7時と8時、高槻市役所と庄所の測定値は共に36μg/㎥で環境基準を越えている。 このPM2.5はどこから来たか。中国からである。NHKのPM2.5大気汚染粒子拡散予測の図を見ると、北京あたりを真っ赤に染めた(非常に多いレベル)汚染気団は渤海と黄海を越え、朝鮮半島を覆い、日本海に入ったあたりで黄色(多いレベル)になり、そこから南下して黄色のまま本州に達している。 不思議なことに、日本のマスコミはこのようなPM2.5の拡散状況をまったく報じていない。中国による大気汚染という犯罪的行為が現に発生し日本が迷惑をこうむっているのに、である。いま参議院で安保関連法案が審議中で、そこでは衆議院での審議以上に中国による現状変更の脅威が明らかにされているから、これ以上中国を刺激しないようにとの配慮か。その中国では今、抗日戦勝利70周年記念日の準備を各地方政府や軍が競っている。共産党軍が自力で日本軍を撃退したという歴史の捏造が、その準備と愛国教育の中で行われないことを望む。 (空)

730日 「公約を守る議員は
世の人の興味と関心は、今どこにあるのでしょうか。 異常気象、猛暑の行方… 参議院に移った安全保障関連法案の審議状況… いや、それどころではない、目の前の仕事をこなすこと、今日食べることで頭がいっぱい… 家族の病気で心が暗い…。 人さまざまですが、私たちは淡々と高槻市議会議員の活動状況を追っています。 議員が公約を守ろうとしているか否かについて、昨日から調査結果を掲載し始めました。掲載ページは、2 市議会という舞台で 第二部 公約を果たそうとする姿勢 です。 ここに、各議員が、代表質問と一般質問を通じていかに公約を守ろうとしているか、公約に掲げたことの実現を図ろうとしているか、その姿を明らかにしようとしています。 とりあえず、最大会派の公明党から始めました。順次各会派につき掲載していきます。(白雲)

7月29日 「早く席に着く議員は」
偶然だろうと最初は思っていました。ある議員は早く、ある議員は遅く、議席に着くのです。しかし見ていると、新人議員はいつも早く議場に入るようです。どうも偶然じゃないようです。そこで、議員の皆さんは開会の何分前に席に座るのか、ある日の朝、計測してみました。その結果が次の図です。ただし、これは統計ではありません。たった1回の瞬時値です。が、印象としては、傾向的には、大体こんなもんです。着席の遅い議員はやはりいつも遅いのです。それがステイタスシンボルとお考えなのかもしれません。着席の遅い議員は質問もしないという相関が…?あるのかもしれません。そのうち調べてみます。 なお、最後部の席は傍聴席からはよく見えませんので対象外にしていますが、ベテラン議員が議場に入ったら開会というケースをしばしば目にします。(白雲)

7月28日 「レクサスと維新」
大阪維新の会所属、大阪市議の伊藤良夏議員が、レクサスのローン支払い時に「自動車リース費用」の名目で政務活動費を充てたことがわかった。2012~2013年度の2年間のうち23か月、「レクサスクレジット」名の月7万300円の半額を政活費から充当していた 「契約は母親任せで、確認せずにリース契約と思い込んでいた」という説明だったそうだが、そんな言い訳が通るのか。市議会作成の手引きに関係の事項が書いてあるのも「知らなかった」由である。これだけ政務活動費の使途が騒がれているのに、本人は新人ではなく2期目なのに、ルーを知らなかった、公金である政務活動費の管理ができていなかった、ということである。 こういう議員によって大阪都構想が議論されていたのかと思えば、情けなくなる。2012年度に支払いが始まった時点で、この議員は政治家としての資質に欠けることを自ら証明している。大阪維新の会は立候補者公認の際に、どうやって本人の能力を確認しているのだろう。 さて、今回の件で維新の会はどう結末をつけるのだろう。全額を返還すれば済むという話ではない。(黄鶴)

7月27日 「市議会傍聴記抄」
傍聴受付でいただいた資料の中に議場配席図がありました。でもどの席の人が何党なのかわかりません。議員名だけでなく所属政党も書いてあるとありがたいと思いました。議場を見ると、配席図の市の何々部長という席は早くから埋まっていますが、議員の席は開会直前まで誰も座っていません。役職にある職員の方を長く待たせて、失礼ではないでしょうか。
●今回から定員数は2名減の34名です。各会派の代表質問を聞きましたが、所属している党が違うのに一つの会派となっているところがあります。政策の調整ができたうえでの代表質問だったのでしょうか。
●女性議員の割合は改選前36名中12名(33%)でしたが、今回から34名中11名(32%)となっています。答弁に立つ女性管理職は2名で、昨年度と同じでした。なお、改選前の数字ですが、全国的には女性議員の割合はまだまだ少なく、1議会あたり14%です。女性ゼロという議会が何と1,788議会中379議会もあるのは悲しい現状です。ちなみに平均議員数は23人、平均報酬は1か月あたり約41万円(政令指定市を除く)でした。
●議員提出議案の中に「違憲戦争法案(安全保障法案)の撤回・廃案を求める意見書について」 があって、行方を注目しておりました。戦争法案はこの市議会の日に衆院の委員会で強行採決され、すでに衆院を通過していますが、世論調査では多くの反対があり、憲法に違反しているとの憲法学者の指摘もありました。しかし、高槻の議会では7月15日に賛成少数で意見書は否決されました。とても納得できる姿ではありませんでした。他市では多くの議会が反対しているのに。(331議会が意見書提出:うち325議会が反対または慎重)。今後参院でしっかり審議されますように。
●傍聴席は半分以上が空席でした。もっと多くの方の傍聴があればと思います。選挙権が18歳から与えられるようになったのですから、学校の日曜参観のように、学生や仕事のある人のために土・日の議会開催はいかがでしょうか。 (内侍)

726日 「ぶろぐ日曜版 能因法師 その1」
高槻市古曾部町3丁目の田圃の中に能因法師の墓と呼ばれるものがある。 これは古墳時代の円墳だろう、ほぼ同じ時代を生きた新羅三郎義満の墓(大津市)と比べて古すぎる、などと無粋なことは言うまい。江戸時代の初めの慶安3年、当時の高槻藩主がそれと信じて石碑まで建てたのだから。 能因法師…。法師とはいうが、深く仏法に志し給いし僧ではない。歌人である。百人一首に「嵐吹く三室の山のもみぢ葉は…」という歌が撰ばれている。 どんな人だったのだろうか。 古墳の前の石碑は、唐の書家・虞世南(ぐせいなん)を思わせる柔らかい書体の見事な楷書だが、残念ながら地面に近い部分が欠けている。それを勝手に補いながら拾い読みすると、俗名は橘永愷(たちばなのながやす)。左大臣橘諸兄の十世の孫で、父は橘忠望。肥後守であったから、官位は従五位上。中級貴族である。平家物語にいう「受領たりしかども殿上の仙籍をば未だ許されず」の階級である。 永愷は優秀な子供だったようだ。13歳になったとき都に上り大学に入った。大学といっても今の大学とは違う。基本的に五位以上諸王までの貴族の子弟(親王は別)を集め、四書五経、春秋左子伝などを習熟させる官吏養成所であった(郡司以下の下級官吏の子弟は別に国学という学校があってそちらに通った)。大学の学生数は400人。10日ごとに1日の休みがあり、休みの前は試験の日だった。修業年限は特になく、上述の古典籍2種以上に通じて出仕を希望すれば、試験を経て太政官に推挙された。毎年7月に本試験があって、3年連続して合格点に達しなかった者と9年間を経ても学ならずと判定された者は退学となった(大宝令・学令5・8・11条)。 永愷は退学の心配などさらさらなく、教授が将来を嘱目する有能さを示した。碑文によれば文章生に補せられているが、これは史記を読む学内の試験によって擬文章生20人の一人に選ばれ、次に式部省において詩文を作る試験に合格して文章生二人のうちの一人に選ばれたことを意味する。当時の大学の教授・藤原廣業が学生であった永愷の寓居を唐突に訪問しているが、これも教授と学生の関係を越えた、永愷の優秀さを示すエピソードであろう。 さて、大学にはさまざまな少年たちが入学している。中には皇族もいれば高級貴族の子弟もいる。その400人の集団を秩序づける基準は、身分や官位ではなく、年齢であった。学令第7条はいう。「およそ学生、学にあっては長幼をもって序となせ」と。その秩序の中に、今をときめく左大臣・藤原道長の長男、頼道がいた。永愷よりも4歳下であった。頼道は12歳で元服し正五位下、15歳で従三位に叙されている。ほかにも綺羅星のごとく藤原一門の高級貴族の子弟がいた。それぞれに元服して官位も持っていた。しかし学内ではそういう飾りは取り去られ、年齢と学識だけをもって人の序列が決められていて、ある意味で自由な世界であった。そこに永愷は7年間の青春を送った。 大宝令によれば、奈良時代は大学を卒業する際の資格取得に、「秀才」「明経」「進士」「明法」の4種があった。それぞれ試験問題が異なり、秀才は広範な知識が求められ、試験に際しては実にいろんな問題が…大宝令の説明書「令集解」によると「犬はなぜ足を上げて小用を足すか」という問題まで…出されている。明経は四書五経、明法は法令通達に関する知識が問われた。そして進士は政策論に関する問題などが出された。 時代が下って、平安時代の半ばにも以上の4種すべての試験があったかどうか、私は確認していない。碑文の「進士と号した」との表現からすると、文章生となったことで同時に進士と称されたのかもしれない。しかし、源氏物語の注釈書「花鳥余情 巻十一」によれば、「御前にて勅題を出されて試さるることあり」とあるから、自動的に与えられる称号ではなく、栄えある試験に合格した可能性もある。ここではそれに従おう。 20歳になった永愷は進士の試験を受けた。この試験は「時務」に関する問題が2問、文選や詩経に関する問題が十問出た。時務とは国を治める要務、例えば「盗賊をなくする術は如何」「庶民を富ませる術は如何」などである。行政官としての資質を問う試験そのものの観がある。永愷はこれに合格した。そして勇躍として官途に就いたのである。《続く》 (黄鶴)

725日 「2015年質疑・質問数」
本年6月議会における各議員の質疑・質問数の棒グラフを、1 市議会という舞台で  第一部 質疑・質問の数からみた市政への貢献度   に掲げました。 このグラフは、まだ常任委員会の質疑数が加味されていませんが、傾向としては一目瞭然、北岡議員の独り舞台になっていることがよくわかります。 改選前はどうだったのでしょうか。北岡議員と並ぶように二木・和田前議員の長い棒グラフが目につきます。次いで、共産党三羽烏の中村・強田・宮本議員、そして太田・野々上・岡の女性議員グループ。けっこう賑やかでした。改選前は問題が多く、改選後は問題が少ないため、質疑数に差があるのでしょうか。いいえ、決してそんなことはありません。 静かな議会は市民に何をもたらすのでしょうか。データをまとめながら、ふと、そんなことを考えました。 (白雲)

7月24日 「講演会vs.市議会」
7月23日(木)の午後、障害学習センター2階で白鳳美術に関する講演会が開かれました。ちょうど奈良国立博物館で始まった特別展「白鳳」にちなむものです。 この講演会を覗いてみました。約300人が入る会場は前の方から席が埋まり始め、15分前にはほぼ満員で、最後部には折畳み椅子の補助席も設けられていました。盛況ぶりに驚きました。知に向かう高槻人…教養レベルの高い高槻人…、ふとそう思いました。そしてその次に、だけど市議会への関心は薄いね、とも思ったのです。 この落差はなぜだろうか、何に由来するのだろうかと考えました。 単純に言えば「市議会は面白くない」のです。「面白くない」にもいろんな側面がありますが、第一に市議会は知的探求の対象となっていないのです。第二に、自分の利害と直接関係ないのです。第三に、話がやたら専門的で細かいのです。第四に、実際は面白いものであっても、そうだと知らないのです。 ではどうすれば? 第一に、議会では知的レベルの高いやりとりを交わしていただきたいのです。法律を読めばわかる質問、傍聴に来た支持者に見せるためだけの質問はやめていただき、現代の世相を鋭く切り込む質問や議会改革を迫る質問を展開して、市側も木で鼻をくくるような答弁はやめて、知的レベルの高い傍聴者層を満足させてほしいのです。 第二に、これは市民の側に問題がありますが、自分の生活に直接関係がないからと言って目をつぶることはやめなければなりません。無関心が、たとえば違法な残土処理などの環境破壊を呼ぶのですから。 第三に、専門的なものは判りやすく説明する工夫が必要です。傍聴席に、議案資料だけでなく、議案の解説資料も置くなどの努力が議会側に望まれます。 最後に、議会広報は大改革が必要です。質問者の名前もわからないような事務的な議会だよりなど誰も読みません。議会でのやりとりは、待機児童ゼロのことなど、そのテーマを見ると実はドラマティックなものです。面白いものだと、市民に知らしめる努力がまったく足りません。 頭の半分でそんなことを考えながら、白鳳時代とは実に変化に富んだ時代であって、その時代の美術もまた多彩だという話を聞きました。講師は奈良国立博物館の内藤栄氏で、今回の特別展の企画者だそうです。何でも、話を聞いて実物を眺めると、また一段と興趣も湧くというものです。(白雲)

7月23日 「一般質問 7/16 その6」
あおば「昨日言い忘れたんだけどね」
御嶋媼「何じゃ」
あおば「なるほどな、と思った答弁もあったのよ」
御嶋媼「だれ?」
あおば「岡議員のゴミ減量についての質問に副市長が答えたの」
御嶋媼「あ、あれね」
あおば「ゴミの減量化のために循環型社会をいかに作っていくか、再利用・再生利用を如何に進めていくかが焦点になると。…よく考えたあげくの言葉に聞こえたの」
御嶋媼「熟慮と長い体験から生まれた言葉には重みがあるねぇ」
あおば「ガラッと話題は替わるけど、一般質問から興味ある事実も掘り出されるのね」
御嶋媼「ほぉ」
あおば「有功者の会というのがあるのね」
御嶋媼「議員を4年やれば表彰される、あの有功者ね」
あおば「その有功者の会の昼食に、市税が使われたんだって」
御嶋媼「北岡議員の質問に市がそう答えたね。でも他にはないって」
あおば「あったら大変だわ。それから有功者には駐車場のパスも渡されているんだって」
御嶋媼「市民は有料駐車場を使っているのに、元議員は議員でなくなっても駐車パス?元議員としての特権に固執する輩でもいるのかしら。市民の知らないところに。もしそうだとしたら許せないぞえ。直ちにやめるべきじゃ。こういう話に若手議員はどう反応するのじゃろうか」
あおば「楽しみに見ていましょうか。もしかすると、自分もそういう特権にあずかりたいと…」
御嶋媼「まさかねぇ。そんな議員がいたら、市議会もおしまいじゃ。ともかく、一般質問として出すレベルの話かという疑問はあるが、不正追及はあるべきじゃ」
あおば「話題がもう一つ。川口議員の質問もよかった」
御嶋媼「性的マイノリティね」
あおば「違いを許容し、お互いがお互いを大切にしてこの世をいきていく、これは大事なこと。人の優しさは、こういう所からも生まれてくるのかも」
御嶋媼「そのとおり」
あおば「LGBTなんて、ママは知ってた?」
御嶋媼「レスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字らしいね。最近の専門用語は知らないけど、少数者の気持ちをいたわる、これは教育上も社会生活を送る上でも不可欠じゃよ。いいお話だった」
あおば「そうよね。民主党の代表質問のときは市長が答弁をパスしたけど」
御嶋媼「思い出させないでね。さあ、そろそろ森に帰ろうか」
あおば「はい、じゃぁね…」

7月22日 「一般質問 7/16 その5」
あおば「議員のありかたがそうなら、応える方にも本来こうあるべきという姿が…」
御嶋媼「そうそう」
あおば「この前ちょっと言いかけたんだけど、誰が、どのように答えるのか」
御嶋媼「そうなのじゃ。まず、誰が答えるかという話はね、国会と同様に地方も事務と政務を分けるのが望ましいと思う」
あおば「政務は決める人、事務は実行する人と思えばいいのね」
御嶋媼「そう。昔は国会も各省の局長次長は答弁に立っていたけどね、今は大臣が基本でしょ」
あおば「そうみたい。行ったことはないけど」
御島媼「地方も、『自治』体と称する以上は自分で治める一つの小さな国じゃ。市長以下の政務担当が政策を決め、部長以下がそれを実行する。そして市議会では政策論争が行われる場であるから政務担当者だけが議論するべき」
あおば「うん、でも今は政務担当者の市議会議員が事務部門の部長の答弁を聞いて、議員はそれで満足してるみたい。何なのよ」
御嶋媼「現実的には政策担当者として人間を置くのが財政的に困難という話もあるけど、市議会議員のベテランを充てればいいのじゃ。国も大臣は国会議員。市も同じようにすればよい。ただ、地方自治法の関係もあって、道は遠い。が、不可能とは思わない」
あおば「今までと違うことって、受け入れるのが困難でしょ」
御嶋媼「そうじゃよ。いくら正しいことでも現状と違うというだけで人は拒否反応を示す」
あおば「では次のポイント。どのように答弁すべきか」
御嶋媼「まず、できることとできないことを峻別する。役所の行為には、法的限界、予算・人員の面からの限界、過去の経緯というものがあって、それを踏まえたうえで、ここまではできると言う線を明らかにする」
あおば「うん」
御嶋媼「その線から逃げないこと、そういう条件下での政策のあるべき姿を、至誠をもって示すこと」
あおば「積極的姿勢がほしいわ」
御嶋媼「逃げるだけの逃弁はだめ。具体性がなくて何を言っているかわからない答弁はなおダメ。そういう答弁を許す議員もだめ」
あおば「うんうん、わかる。あの時の答弁だな、と思い当たるのがある」
御嶋媼「議員の質問というのは、主権者の注文、または主権者の指示・命令なのよ。客の注文を聞かない料理屋って、ある?」
あおば「そんなレストラン、三日ともたない」
御嶋媼「一揆の最後の日に民百姓がお上にお願いをして、領主がそれに答えてるのと同じ状態なのよ。今は。主権者が議会で指示し命令しているのに、本来は事務の執行機関に過ぎない市の部長が問題をすり替えた逃げの答弁をするのは許されないのよ、ほんとはね。それで何の不満も言わない議員も議員」
あおば「一国の総理が、安保国会ではまともに答えないんだから、全国の議会がそれを見習うわね。あんな答弁でええんや、とか」
御嶋媼「北岡議員の質問には、市は特に冷淡やね」
あおば「そう見える?」
御嶋媼「あれでは、『議会で答弁がないから住民訴訟に訴える』と言う気持ちもわかる」
あおば「だけどいきなり住民訴訟は短絡的!他に方法はないのかしら」
御嶋媼「人をもって言を廃せず…あの人の言うことは聞かない、という態度では困るって、二千四百年も前に言った人がいる。ルール違反は別途対処するとして、発言は発言として聞き、ちゃんと応えるべきです」
あおば「わお~。さすが、公平な目を持ってらっしゃる」
御嶋媼「議員が勉強の成果を議会で示す、いま応える立場にある市はそれに対してより深く政策の検討をする、彼此相和してこそ良いものが産まれるのじゃ」 あおば「そのやり取りを監視するのが…」
御嶋媼「市民じゃ」 《続く》

721日 「一般質問 7/16 その4」
あおば「一般質問した議員の平均年齢、どれくらいだと思う?」
御嶋媼「さあ…。命ある人皆美しいから、ワタシには人の年齢は判らしまへん」
あおば「20人の平均年齢48歳」
御嶋媼「48歳の抵抗?」
あおば「それに対して、質問しなかった人14人の平均は59歳。」
御嶋媼「やはりのぉ」
あおば「14人のうち、若い木本、野々上議員2人を除くと、12人の平均は63歳」
御嶋媼「野々上議員は副議長という要素もありまするな。それで議員の平均年齢は?」
あおば「52歳」
御嶋媼「こういう体たらくでは、議員の定年制を提唱すべきかもしれん。考え直すとするか」
あおば「うん、わかる。質問だけが議員の仕事ではないけれど、質問しないのは、なお議員とは言えない。いいわね、座っているだけで1100万円!」
御嶋媼「この議場に南を向いて座る人たちのために年間約4億円!そのうちある割合が泡と消えておる」
あおば「悲しいよね」
御嶋媼「議場を見ながら、時々思うのじゃ。この人たちは誰のために議員になったのか…。市民のためか、自分のためか、と。さらに思うのは、誰のために生きるのか、誰のために死ぬのか、と」
あおば「どうしたの?今日は。ふふ」
御嶋媼「駆逐艦清波に知ってる人が乗っててね、昭和18年7月20日未明、南の海に沈んだのよ。あれから72年…」
あおば「クチクカン?キヨナミ」
御嶋媼「そう、その年の紀元節のころに完成したばかりのフネでね、」
あおば「船?」
御嶋媼「艦と書いてフネと読むの。帝国海軍はね。そんなことより、あの人、国のために死ぬという覚悟ができてて、でも冗談ばっかり言って明るくて、覚悟を内に秘めた笑顔が素敵だった…。」
あおば「…泣かないでね」
御嶋媼「長く生きてるって辛いことも多いのよ。あの頃を思い出すのも辛いけど、あの人に比べるとまるで覚悟のない市会議員がさえない表情でただ座っているのを見ると、もう怒髪天を衝く思いなの」
あおば「時代も状況も違うから比較にならないでしょ」
御嶋媼「そうでもないの。消防や警察に、同じような表情の人もいるぞよ」
あおば「そう」
御嶋媼「市会議員ならば市民のための自分だという自覚を持って、日夜勉強を重ね、まず何かの専門家になってほしい。すべての分野で市と渡り合おうというのは無理。神ならぬ身だもの」
あおば「なるほど」
御嶋媼「専門家として、その分野の市の行政上の基本的な問題点、つまり影響する人が多くかつ影響する時間が長期間にわたる問題を指摘し、解決策を提案する。」
あおば「はい」
御嶋媼「それが一般質問と、吾思ふなり」 《続く》

720日 「一般質問 7/16 その3」
御嶋媼「かくなる姿こそあらまほしけれ!」
あおば「急にどうしたの、昔の言葉を使って」
御嶋媼「感動すると元の姿に戻るのじゃ。当世やまと言葉を忘れた」
あおば「…。何語でも、好きにして」
御嶋媼「市民の相談を端緒に残土処分の問題を提起した宮本議員、PTAからの相談をもとに教育環境の不備を指摘した吉田章浩議員、なかなか立派じゃよ」
あおば「いま市民が実際に困っている、現実の問題だからね」
御嶋媼「法制度、役所の実力行使、あらゆるものを駆使して問題を解決せねばならぬ。」
あおば「わ、コワい顔!」
御嶋媼「目の前に問題がありながら、何かできる権限をもつ市役所が何もせず、その結果市民が被害を受けたら、市役所は作為義務違反で市民から訴えられる。当世はそういう時代じゃ」
あおば「古い人が、行政法理論をよくご存じだこと」
御嶋媼「昔は権利の濫用を戒める、自制するのが官吏の道であった。例えば聖徳太子の十七条の憲法の第七条に曰く、人各々任あり、掌ること宜しく濫れざるべし」
あおば「それだけ悪い役人が多かったのね」
御嶋媼「昔は、な。今は違うのじゃ。濫用の一歩手前まで役所の権限を積極的に使えと、催促するのも今の議員の仕事じゃ。」
あおば「ほかに印象に残った議員は?」
御嶋媼「真鍋議員、公約そのままの直球勝負。話しぶりもリズムよく耳に心地よかったぞよ。…ほぉ、38歳」
あおば「外見はいいから、話の中身は?」
御嶋媼「人を呼び込む高槻の魅力づくりの、その具体的な中身がもう少し欲しいなぁ」
あおば「ほかの人は?」
御嶋媼「介護保険と障害福祉の谷間を突いた高木議員。いつも、いいところを突くよ」
あおば「若手の男がスキ?」
御嶋媼「いや、たまたま質問するのが若い議員じゃから」
あおば「正直に言いなはれ」
御嶋媼「米山議員は介護の問題を追及するのはいいのだけど、NHKのデータでは迫力がない。自分の足で調べた資料を出発点にしないとねぇ。それと、ご両親の介護の辛さもわかるけど、私憤を公憤のレベルにしないと共感が得られない」
あおば「医療・介護の話は、和田前議員に来てもらったら?和田前議員は公の話としての提案が多かったような…、記憶が正しければね」
御嶋媼「影武者になってもらう?」
あおば「うふふ。それと幼児教育の話は二木前議員」
御嶋媼「そうよねぇ。議員のレベルが市政のレベルを決めるのよねぇ」
あおば「○○の問題について市の取り組み姿勢を尋ねる…って人が多くて」
御嶋媼「全体的にみて、この水準ではねェ…」
あおば「まだ始まったばかりだから」
御嶋媼「次に期待しようか」

7月19日 「ブログ日曜版 なみはや その2」
天橋立近くの「日置」の由来は、後に訪れた文殊堂の縁起に説明があった。天橋立は、昔むかし龍神が天浮橋に一夜で土を置いてできたもの…、そこに天人が舞い降りて、松明を灯して一夜で千代の姫小松を植え、夜明けに松明を置いて天に帰った…、火を置いたところが「日置」だと。 そういえば、灯台は昔、燈明台と言った。港の入口の丘の上に、あるいは高い柱の上に灯篭を作って油を燃やし、その油代は入港する舟が負担した。もっと古くはかがり火だった。續日本後紀・仁明天皇承和7年3月3日、「宜しく大宰府及び縁海の諸国に命じ、未だ廻来せざる第二舶のために例によって火を挙げこれに候ふべし」と、帰着の遅れている遣唐使船の1隻を迎えるための勅が出されている。 日置は、火置き…。高浜町でも宮津市でも、「日置」には舟を安全に港に導くための目印、つまり今の灯台とおなじ役目をするものが昔はあったのだ。 めざす難波野には条里制遺構、弥生から中世までの複合遺跡、籠神社(このじんじゃ)やその前身と考えられている真名井神社があった。また与謝野町には巨大な蛭子山古墳があり、そのあたり一帯を加悦(かや)と呼ぶのも7世紀に新羅に併呑された伽耶と同じ発音であるため気をひかれる。 籠神社は別名を元伊勢宮とも言い、実際、本殿は伊勢神社とまったく同じ作り(らしい)で高欄には赤青白黄の宝珠がある。真名井神社はおごそかな磐座を本殿の背後に備え、その名のとおり清水も湧く。磐座や泉の存在は玄界灘の沖ノ島を思い出させる。沖ノ島は神の島であり、対馬から北九州を目指すときの航海の目標として重要な意味を持つ。この難波野も古代の航海において重要な意味を持つ場所だったにちがいない。 高槻と関係ないテーマなので結論を急ぐ。ナンバノはナニハノの、ナバエはナニハエの音便変化ではないか。そしてナニハとは舟の停泊場所、即ち港を意味する一般名詞ではないか。ナニハを分析すると、ナはアジアの祖語において水を意味する。だから、日本語の波、涙、流れ、アイヌ語のナイ(沢・谷)、朝鮮語のナリ[川)、蒙古語のナム(海)など水に関連する言葉にその発音が残っている。ハは泊、二は格助詞だからガにも換わり得る。ゆえに、ナガハも同義語である。格助詞が省略されればナハ、ナワになる。結局、ナニワは水に泊つこと、またはその場所という結論になる。太古の海運の面影を残す名前なのだ。普段何気なく使う言葉が遠い淵源を持つ。それはとても蠱惑的だ。(黄鶴)

7月18日 「一般質問 7/16その2」
あおば「人数が多いから、皆さん協力的だわね~」
御嶋媼「ほっほっほ」
あおば「確か、1人45分以内でしょ」
御嶋媼「そう」
あおば「最短は17分。休憩前だったからかも。」
御嶋媼「40分以上使った人は数人じゃよ。もったいない」
あおば「ママの印象に残った質問は?」
御嶋媼「いい印象?悪い印象?」
あおば「あはは。元気のあるうちに悪い方を聞こうか」
御嶋媼「あのね、名前は挙げないけど、法令の意味を聞くとか、行政上の問題の実態がどうかを尋ねるとか、これは戴けないぞよ」
あおば「うん、それは自分で調べろってことね」
御嶋媼「そぉよ。問題点は自分で調べる、自分で対策を考える、そうすると市の政策と違う部分がある、そこに議論が生まれるのよ。どっちが正しいか、市民が判断する」
あおば「議論の中身を市民が知るのは、ここでの傍聴者は別にして、議事録が発表される3~4か月後ね」
御嶋媼「いえ、その議論を文書やネットで広く知らせればいいじゃない」
あおば「それから、どう見ても議員が正しい、市の答弁はおかしい、と思うケースもある」
御嶋媼「その話、待った!それも別の日に話そう。今は7月16日の一般質問の話じゃ」
あおば「はいはい」
御嶋媼「一般質問と言いながら、個人攻撃をする人があった。あれはだめ」
あおば「議員の戦場は議会、あれは正しいけどね」
御嶋媼「そう言いながら、その議場で政策論を戦わすのではなく個人攻撃とはね。」
あおば「住民裁判を受けて立つ弁護士費用のン百万円がムダ、という話は政策論かも」
御嶋媼「それから珍しくTVカメラが入ったねぇ。TVクルーを議場に入れて脅迫まがいの質問をするのはどうだろうかねぇ」
あおば「浜田市長の演説会の広告ポスターが、結局演説会は開かれなくて、顔写真入りポスターは選挙前の売名行為を真の目的とした選挙違反ではないか、という質問ね」
御嶋媼「事務局としては取材は受けねばならないけど、議員と事務局の信頼関係を損ねる行為だわ。緊張関係は必要だけど、同時に信頼関係も必要」
あおば「じゃ、そろそろ印象のよかった話」
御嶋媼「うん、若いって、いいね」
あおば「竹中議員?」
御嶋媼「イキがいい、キレがある」
あおば「それだけ?議員としては?」
御嶋媼「問題意識がしっかりしてる。分析不十分のせいもあって対策に甘い所もあるけれど、疑問を疑問として素直にぶつけている。あれでいい。外で自由に遊ぶ場所がない、校庭を解放せよ…。そのとおりじゃ。あの部分は竹中議員の勝ち。他の施策との整合性を図りながら今後研究…あんな答弁では市民は納得しないぞよ」
あおば「それから?」
御嶋媼「長くなるから、今日はここまで。So much for today! 」
あおば「平安時代に英語があった?」
御嶋媼「あはは。英語が今の姿になったのはつい最近の話じゃ」 《続》

7月17日 「一般質問 7/16 その1」
御嶋媼「あれま。また名前が違う」
あおば「もう若くもないし」
御嶋媼「あおば…青婆に聞こえるぞよ」
あおば「きゃはは。でも近くにあるじゃない、♪青葉茂れる桜井の~

御嶋媼「そんな歌を知ってる人って、まだ現世に居るのかや」
あおば「市議会の傍聴席にいるよ」
御嶋媼「うん…年配の人が多いねぇ…」
あおば「あはは。800歳の媼に年配の人って言われると…」
御嶋媼「でも台風が接近中だというのに、たくさんいるねェ…2…4…6…、15人だわ」
あおば「誰かお目当ての議員さんがいるんじゃない?ひとり質問が終わったら、ほら、グループが帰っちゃう」
御嶋媼「ほんに」
あおば「ねえねえ、前から聞こうと思おてましたんやけど」
御嶋媼「うん」
あおば「向こうのひな壇は・・」
御嶋媼「部長さんたち」
あおば「あの人たちばっかり答えてるけど」
御嶋媼「そうやな」
あおば「質問者は、『市長の見解を』なんて言ってるのに、なんで市長は答えず部長が答えるのよ」
御嶋媼「さあな。細かい問題じゃから、かな」
あおば「国会では大臣が答えるのが基本なんだから、市議会では市長でしょうよ」
御嶋媼「地方議会ではそこまでいかないよ、現実的に」
あおば「部長というのは、行政事務の長でしょ。政治の世界の人…政策立案者じゃないでしょ、と思うんだけど、他にも疑問があるから次の機会にするわ」
御嶋媼「うん、そうしておくれ。今日はいろいろありそう」
あおば「そうね。あれ?今日は木本議員が質問するっていうから楽しみに来たのに」
御嶋媼「『市営バスに対する一般会計からの補助金について』ともう一つ『特別職報酬等審議会について』…だったけど予定表に斜線が・・・。」
あおば「質問取りやめ?」
御嶋媼「のようじゃな」
あおば「なぁ~んだ。市営バスへの補助金は、選挙公報にも書いてあるじゃないの。実のある改革とか言って。公約について質問しないって、なんか変。ところでさ、一般質問って何?」
御嶋媼「市政一般について市長の所信を問い、議員も考えを表明し、議論のなかから問題点を洗い直し、より良い処方箋を見出して行くこと、と言えばよいかな?」
あおば「なるほどね、ではそれなりのレベルが必要なのね」
御嶋媼「問題の深さ、影響度、解決することによる社会的意義、がねぇ」
あおば「今日はそういう話が聞けるのかな」
御嶋媼「だといいけどね」
あおば「この前も思ったんだけど、市議会って、NHKの日曜昼の、のど自慢に似てるね」
御嶋媼「どうして」
あおば「20組出場して、ときどき合格者が出る」
御嶋媼「これ、失礼だよ」
あおば「うふふ」 《続》

7月16日 「本会議報告 7/15]
昨日と今日の2日間、本会議が開催されています。昨日の本会議につき報告します。 1 意外でしたが、市長・副市長・教育長・監査委員・公営企業の給料が今年の8月から平成31年4月、つまり任期いっぱい、1割削減されるのだそうです。太田議員はなぜ今の時期に削減かと質問していましたが、たしかにそうです。5月の議会には間に合わなかったのでしょう。北岡議員は、これによる経済効果を質しました。期間中に約3千万円の節約になるとの答えでした。財政健全化に向けた取り組みの姿勢を示す目的でしょうが、他にも無駄をなくす分野はありませんかとツッコミを入れたくなります。市側はこういう姿勢ですが、議会はどうするのでしょう。何もしないのでしょうか。共産党議員は既に実行済み(報酬の1割を供託)ですが。 2 議員提出案件として、「違憲戦争法案(安全保障法案)の撤回・廃案を求める意見書について」というのがありました。どうなるのかなあと議場を見ていましたら、賛成は民主・共産・無所属の高木・川口議員、合計12名だけ(他にもあったかもわかりません。挙手が短時間だったので確認不十分です)。公明党吉田忠則議員が、戦争法案ではない、切れ目のない安全保障法案である、標題からして間違いだ、と、政府見解とまったく同じ意見表明をしました。 この場面では高槻市議会はミニ国会と化しました。賛成・反対が国政政党の動きと同じ(維新を除く)でした。昨日のブログで黄鶴子が言ったように、民意の反映はどこにあるのでしょうか。市民の声は取り入れられているのでしょうか。国の出張所としてのみ作用する市議会は不要です。 3 続いて専決処分の報告、高槻市都市交流協会・土地開発公社・三島救急医療センターなど外郭団体の決算報告がありました。決算額合計は約100億円、市の一般会計予算の約10%です。資料の厚さも7~8㎝。いろいろ質問もあるのかなと思ってましたが、質問者は北岡議員だけ。彼だけが3種類の決算書について委託費の内訳を示すべし、などの質問をしていました。他の議員は、市の説明に応じて該当のページをパラパラ。議案資料には付箋もないのが遠くからでもわかります。いや、1名、議案資料を議場に持ち込んでもいない議員がいました。それはともかく、確かに決算書は数字の並ぶ単調な報告書ではありますが、1年を締めくくる重要な資料です。不正がひそんでいるかもしれません。虚心坦懐に子細を眺めていただきたいものです。表紙に折り目もついていない資料から、明らかに勉強不足の様子がうかがえました。 あ、もうひとつありました。「議員派遣について」という議題があり、「別紙のとおり派遣する」と議長はおっしゃるのですが、傍聴席には別紙はありません。議案書をひっくり返しましたが見つかりません。たぶん会派による行政視察でしょうが、また市民には判らないままの決定となりました。議員が市民の代表者なので議員が判っていればよい、のでしょうか。 (白雲)

7月15日 「強行採決の日」
安全保障関連法案が衆議院の委員会で強行採決されようとしている。この国は本当に民主主義の国なのか。 たしかに、この法律を制定しようとしているのは国王でも貴族でもなく、国民から選ばれた国会議員である。この意味では一応民主主義である。しかし、各種世論調査はこの法律案に対し賛成よりも反対が多いことを示している。日経、産経、読売、毎日、朝日、NHKの6機関の調査を平均すると賛成33%に対し反対54%である。にもかかわらず国会はこの国民の意思を無視し、衆議院475議席のうち326議席(69%)を占める与党がこの法律を通そうとしている。国民の意思の世界では33%の少数意見が、国会の場では69%の多数意見になる。ここがおかしい。国会議員は国民の代表者ではあるが国民意志の代表になっていない。これで本当に民主主義の国か。民意から離れた決定をしても国民主権と称するのか。 憲法43条は「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と謳う。つまり議院には、①議員は選挙を経て選出されていること、②全国民を代表することの2つの要件がある。しかし、現状では「全国民を代表する」と言える国民の意見を統合するシステムが欠けているのではないか。 とりあえず、どうするべきか。党議拘束をやめればいい。議員は党首に従うのではなく、重要な問題については選挙区に帰り選挙区の支持者の意見を聞いて、それに従えばいい。こうすることによって国会の意思決定は民意に近づく。直近の選挙で国民が自民党に政権を委ねたとしても、マニフェストのすべてを了解して白紙委任したわけではない(*)。 もうひとつ。昔、政治指導者の誰かが言った。国民世論には間違いもあると。だからそれを無視して国の重要な問題を決めねばならぬときもあると。しかし、世論が間違いだと言うなら、その世論と同じレベルの国政選挙によって選ばれた政治家の存在も間違いとして否定されることになる。世論は正しいのだ。世論から離れた決定こそ誤りなのだ。 次の選挙で国民はどんな行動を起こすのだろうか。自分たちの意見を代表しない議員を支持し続けるのだろうか。それとも次の選挙の時には、安全保障法案の強行採決など忘れてしまっているのだろうか。景気がよくなれば、それだけで満足、と。(黄鶴) * 自民党 『重点政策2014』 Ⅳ.地球儀を俯瞰した積極的平和外交 <地球儀を俯瞰する戦略的外交を> ●「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全 保障法制の整備について」(平成26年7月1日閣議決定) に基づき、いかなる事態に対しても国民の命と平和な暮ら しを守り抜くため、平時から切れ目のない対応を可能とす る安全保障法制を速やかに整備します。

714日 「一般質問と議員提出議案」
一般質問項目と議員提出案件が市のHPに掲載されています。どんな項目が顔を出すのか、あらかじめ知ることができるのは有難いことです。 一般質問を見ますと、近来珍しく21人も質問を届け出ています。1人45分として15時間と45分。質問する方も答弁者も2日間でこれをこなすのは大変ですね。 21人の内訳は1年生議員7人中5人、2期目8人中6人、3期目8人中8人、4期目以降11人中2人ということで、若手中堅によって占められています。内容は、福祉関係9件、教育関係7件、地方創生4件、防災3件、市政一般3件、環境2件、バス交通2件、その他14件です。 高槻市議会で初めて一般質問が行われたのが1967年(昭和42年)10月。それから48年を経て、議会は成長してきたのでしょうか。一般質問の本来の趣旨に沿った質問と答弁の展開を期待しますが、どうなりますやら。 議員提出案件は9号まであり、第8号は安全保障法案の撤回を求めるものです。これ、少々遅いのではないかと思います。60日ルールを考えると衆院通過は7月中旬とされていたのは早くからわかっていたことで、もっと早く臨時議会を開いてでも審議すべき案件でした。いま、衆議院の委員会採決が15日と報道されていますから、議案が15日の市議会で成立して即日送付したとしても、六日の菖蒲・十日の菊になるのではと憂います。参議院通過・成立までは鮮度ありとも言えますが。マスメディアは強行採決を材料に沸き立つ日ですから、新聞紙上の扱いも小さく、国民へのインパクトは極小になります。しかし、その前に市議会で成立するのかどうかですが、中央の動きと絡め、自民・公明の対応に興味があります。 (白雲)

713日 「報酬は公開を」
ネット利用状況を、月に1回は全議員について調べています。HPで活動報告を読むわけですが、最近不審に思うのは誰も報酬の使用内訳について公表していないことです。 そもそも公表は不要なのでしょうか。報酬が渡された時点でそれは公表すべきでない私的なものとなるのでしょうか。 地方自治法は、議員に対して報酬を払えと書いてありますが、その報酬の性格については明確な説明がありません。ただ、204条に定める職員に対しては「給料」や扶養手当や地域手当などを支給するのに対し、議員には「報酬」であり諸手当はありませんから、報酬は生活給とは言えません。高槻市ではどうとらえているのか、市議会50年史を見ましたが議員報酬について説明した項目はありませんし、平成6年に報酬が月額61万円から66万円にアップしたときの議事録を読んでみても、他市横並びという説明だけで、報酬審議会の議論の概要も明らかにされず、議論の中で報酬の性格が明確になったとは感じられません。以上のことから、本件については私なりに推論することとします。 議員報酬は、委員長などの役職にない議員で年収約1100万円、その額は市役所職員の1人当り年収609万円(平成25年度)の1.8倍です。 これは何を意味するか…。議員は(本来)片手間で行えるような軽いものではなく、議案の審議にしても質問の準備にしても大変な労力を要するものであるため兼職を想定せず専任であることを前提とし、まず市役所職員の平均的な生活レベルは保障する。その上で、議員としての活動に必要な経費を補てんしよう、そのため合計としては市役所職員よりも多くならざるを得ない、そういうことかと考えます。そしてもちろん、原資は税金です。 であれば、全議員とも報酬の使途について、生活費の詳細は不要ですが、活動費と生活費に区分したうえで、活動費にいくら使ったか、その内訳はどうか、公表すべきです。活動費に何割使っているか、それだけでも有権者にとっては議員評価の一つの判断材料になります。過去に公表した議員はいなかったか。いました。二木前議員は、そのHPで今なお在任中の報酬の公開をしています。 議員報酬は、議員としての公的な活動の対価です。そういう意味でも、税金によってまかなわれた公的な活動の経費を、政務活動費同様に公開すべきです。(白雲)

712日 「ぶろぐ日曜版 なみはや その1」
大阪を意味するナニワの語源がナミハヤであるというのは定説になっている。根拠は日本書紀の神武天皇即位前紀戊午年の春二月の条である。あらためて該当する部分を読んでみよう。 「まさに難波碕(なにはのみさき)に到るときに、奔(はや)き潮(なみ)ありて はなはだ急(はや)きに会いぬ。よりて名づけて浪速(なみはや)の国とす。また浪花(なみはな)といふ。今、難波(なには)といふは訛(よこなま)れるなり」 大昔、上町台地を脊梁とする半島は長く北に延び、千里丘陵から南下する舌のような半島との間に海峡を造っていた。その海峡の内側は港として利用されている広い潟湖であり、神武天皇一行はこの海峡から潟湖に入ろうとしたとき、突如として発生した速い逆流に会ったというのである。ちょうど引き潮どきであったようだ。 ここで疑問が生じる。原文をよく読むと、「神武天皇一行が『なにはのみさき』に到着したとき」、と語り始めている。以前からナニハノミサキと名付けられた岬があって、そこに神武天皇一行が到着した、と読めないか。ナミハヤ云々は、ナニハの語源を説明しようと試みた一案に過ぎないのではないか。 それは邪推だ、間違った解釈だとおっしゃる方には、次の質問をぶつけたい。あちこちにナンバまたはそれに類する地名があるが、そのすべてが潮の速い場所ではない。だからナニハ、即ち潮(なみ)速ではない、「ナニハ」は、何か別の意味があるのではないか、と。 類似の地名には、たとえば、福井県高浜町に「難波江(なばえ)」、京都府宮津市に「難波野(なんばの)」、鳥取県大山町に「名和(なわ)」、鳥取市に「長和瀬(ながわせ)」などがある。( )内は現在の呼び名である。 それらがどんな所なのか、私は実際に行ってみた。 福井県高浜町の難波江は、海水浴場として利用されている美しい入り江であった。東舞鶴の街から車で20分ほど小浜方面に東行し、府県境を越えて日置という名前の交差点から北に折れ、1.5㎞ほど走ったところに難波江と書いた道路標識があった。そこは西に山を背負い、南はすぐに高浜湾の奥。東方の対岸に大島半島、北は外海に広がっていた。近くには石剣と石戈が重なった状態で発見された弥生遺跡や前方後円墳がある。小和田遺跡と称されている。古くから大きな勢力があったようだ。 続いて私は宮津市の難波野に向かった。その地は、日本三景の一つである天橋立の北にある。車で宮津湾をぐるりと回り、このあたりかな、と思ったときは、既に通り過ぎていた。カーナビは「日置」という地名を示していた。日置?高浜町にもあったけど…。 《続く》   (黄鶴)

711日 「ネットによる活動報告 その2」
共産党は宮本議員が6月中のブログ更新9回と、一人気を吐いています。強田、出町両議員はブログ更新こそ少ないものの個人的な活動報告6月号をHPに載せています。ただ、両議員の活動報告は内容が類似しています。協同しての働きが多いのでそれも当然ではありますが、個性を出したいところです。中村議員、HP更新が希になりました。しかし、総体的に見れば金銭面を除き説明義務を果たしている会派といえます。 市民連合も維新・市政刷新に負けず劣らず、ネット利用に背を向けています。HP作成者はゼロです。不動の労組をバックに当選するのですから、ネットによる活動報告の必要性を感じていないのでしょう。説明責任を果たすことを要求する支持者がいないのなら、止んぬるかな。労組の前近代性を糺したくなります。 自民党・蒼政会の竹中議員、6月中のブログ更新は5回。週一ペースです。何を考えているか、どう活動しているか、もっと回数多く書いてもよいのでは?若い竹中議員が既に完成された政治家であるとは誰も思っていません。可能性を評価されての当選なのです。ですから、今何を勉強しているとか、そういうことでも結構です。ブログの題材に困ることはないはずです。田村議員はブログの回数にも内容にも不満が残ります。もっと市政の問題点を深くえぐったブログを数多く書いてほしいのですが。真鍋議員は、調べてみると2014年秋までのブログがありました。当選した今こそ、ブログ再開も良いのでは?何か書くと差し障りでも? 無所属議員のうち一番ウェブ上で元気なのは北岡議員です。質問の詳細をブログに載せてあり、傍聴に行かなかった人間にもその場の状況がよくわかります。ありがたいことです。ただ、ブログの文章からも市側の答弁が木で鼻をくくったようなものだと判ります。これは、答弁を引き出せない北岡議員の方にも何か原因があるのでは?たとえば質問が多すぎて的を絞り切れていないとか、住民訴訟を多用するが故に市が警戒しているとか。当サークルが何度も指摘するように議員の働く場所は議会です。議会活動に集中してほしいと念願します。質問が裁判資料の収集作業になっていませんか。だとしたら市が何も答えないのも当然です。福井議員、選挙前の2014年11月から3年半ぶりにHP更新再開でしたが、ここにきてまた更新は停滞気味です。川口議員はツイッター専門?内容は好感がもてますが。高木議員は内容的に最も惹かれるブログの一つですが、平均して月5~6回では物足りません。読んで面白いものは、もっと頻繁に…と、思うのは自然な感情です。(白雲)

710日 「有権解釈をピンぼけと言う異常」
全国学力・学習状況調査、いわゆる学力テストの結果を大阪府では内申書に利用しようとしている。文部科学省筋がこれを目的外使用と批判するのに対し、松井大阪府知事はその批判をピンボケと発言している。法的に正しいのはどっちだろうか。 法には有権解釈というものがある。例えば文部科学省所管の法律は、立法趣旨を踏まえた文部科学省の解釈が最優先され、国民はそれに従う義務がある。そうやって日本の法秩序は保たれている。 同様のことが学力テストにも言える。学力テストの趣旨・目的は文部科学省が定める(*)。地方はそれに沿ってテストを実施し、結果を活用しなければならない。テストの結果を内申書に利用するのは趣旨を逸脱している。文科省筋の批判は当然である。都道府県知事には有権解釈を無視して事を進める権限はない。法の常識を無視する維新の党には公党としての資質に危惧を覚える。また国の批判はこの種のテストに関わる過去の過当競争の歴史に基づくものである。そこを精査した者には国の批判も宜なるかなと映る。ピンぼけ云々の発言は出てこない。 (黄鶴) *学力テストの目的:義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る、など。このほか詳細は次のとおり。 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/zenkoku/1344101.htm

79日 「ネットによる活動報告 その1」
定例のネット使用状況調査を行いました。一口に言って、相変わらず低調です。積極的にネットを利用していると言えるのは7~8人、全議員の4分の1以下でした。以下、各会派別に紹介します。 8人の議員を擁する公明党は吉田章浩議員のブログによる積極的な活動報告のほか、吉田忠則議員、宮田、灰垣、岡各議員の定常的なHP(日付がないので改選直後の書き換え以外の更新の有無不明。以下各会派とも同じ)があるだけで、三井、笹内、五十嵐各議員はHPがありません。URLを見ると公明党HPの一部が議員のHPに使えるようで、それならHP作成も容易だと思われます。積極的な情報公開開始を望みます。 民主・元気ネットも同様です。改選後明らかにブログ書き込み日数が増えた平田議員(問題意識の深まりを反映か?)、6月中は7回ブログ書き込みの森本議員のほかは、野々上、橋本、岡井、中浜各議員ともHP更新・ブログ書き込みが少なく、正直なところHPからは活動状況がよく見えません。 ネット利用に不熱心なのが維新・市政刷新グループです。この5人の会派は、唯一太田議員だけがHPを開設していますが、そのHPとて5月に住民投票で否決された大阪都構想の説明を今もって残しています。貴重な記録の保存という意味でしょうか。岩、吉田稔弘議員はネット世代以前の年代ですのでやむを得ない?いえいえ、議員である限り、そんなことは言っていられないはずです。いわんや両議員より20年若い米山議員、もっと若い木本議員が何もしていないのは何と言うべきでしょうか。ネットでの活動報告がないのは、活動そのものがないからでしょうか?HPを自分で作るのも難しいことではないのですが。一歩踏み出して活動すれば、そこに誰かに伝えたくなる思いも湧いてくるはずですが。 (白雲)

78日 「任期を終えたら」
「市長の任期を終えたら政界を引退する」…あれは心にもない言葉だったのが、これでわかった。「関西の単位でいつでも国政政党にできるようにする」という大阪維新の会の4日夜の会合における橋下大阪市長の発言である。別の報道は、9月に現在の維新の党から関西維新の会を独立させるという大阪府知事の発言を 伝えている。 『できるようにする』という言葉からは政党という看板を掲げたトップダウンの私党の姿が見える。企業ならばそれもよかろう。社長のリードによって成功しようが倒産しようが社員と株主以外に影響はない。しかし政党としての活動は一般市民の生活に影響する。5人以上の国会議員がいるなどの条件がそろえば政党交付金という税金も投入される(*)。 民主主義国家の政党である限り、構成員の意見を集大成するプロセスが一番大事である。『できるようにする』は、それを抜きにした方針決定と見たが、間違いか。組織はすべて、そこに属する人を活かさねばならない。独善的専制体制を許し服属するだけの構成員にも問題がある。そんな組織でいいのか、もっと考えろと言いたくなる。しかしそれはあくまで私の考えで、党の構成員の大方は、そういう理念は不要、橋下顧問に付いていれば市民の支持があっておこぼれに与ることができる、ということかもしれない。であれば、橋下氏が引退しておこぼれがなくなる大勢は困ることになる。必死で引留めるのも無理はない。すり寄ってくれるのを待つ自民党も困る。そういう環境を想定したうえで再度問う。国政政党として独立した暁に、「関西維新の会」の党首に誰が座るのか。  (黄鶴)

*平成27年度の瀬等交付金の額(総務省資料より) 自由民主党 17,049,089,000 円 民主党        7,668,122,000 円 公明党        2,952,128,000 円 維新の党       2,664,783,000 円 次世代の党      561,350,000 円 社会民主党      470,152,000 円 生活の党と山本太郎 となかまたち  331,003,000 円 日本を元気にする会 119,635,000 円 新党改革           104,856,000 円 太陽の党              93,215,000 円

77日 「無効票」
わかば「ばぁば、ねえ」
御嶋媼「…」
わかば「あ、ごめん。ママねぇ」
御嶋媼「なに?」
わかば「この前の、読んだ?開票所にて…という投稿」
御嶋媼「無論のこと」
わかば「あの中でね、ぐにゃぐにゃ文字の投票というのがあったでしょ。あれに私、ぐっときた」
御嶋媼「たとえば知的な障害のある人の投票ねぇ、難しい問題をはらんでいるわなぁ」
わかば「判断能力がないのに投票させてどうするか、それは有効なのか、なんて言う人がいるかも」
御嶋媼「中にはそういう人もいるかもねぇ。成年被後見人の投票権が裁判で争われて話題になったのも、つい先日じゃ」
わかば「つい先日?2年前だわよ。800年も生きてると2年て短いのね」
御嶋媼「投票が有効か無効か、それは正規の投票用紙に判読できる文字が書かれている等の要件を満足すれば有功、と、公職選挙法第68条に書いてある。そうそう、ウィキペディアで『無効票』を検索してごらん。おもしろい無効票の実例があるぞよ」
わかば「む・こ・う・ひょう…検索、ぽちっと。…あらら…。『該当者ふし』?」
御嶋媼「『ふ』ではなくて、『な』じゃよ。『奈』という漢字をもとにした変体仮名じゃ。藤原公任さんがよく使っておった」
わかば「ふ~ん」
御嶋媼「平かなの『な』も『奈』をくずした字じゃが、こちらは主に紀貫之さんが得意の字」
わかば「古い話はいいわよ。ともかく、投票は形式がそろえばよいということね」
御嶋媼「そぉ。形式主義。自書主義」
わかば「自分で判断して書いたかどうかは問われないのね。前の晩に保護者が字の練習させると聞いたこともあるけど、それはどやねん!?という意見もあるでしょうね」
御嶋媼「どこまでが本当に当人の意思か、誰かの『誘導』で投票したものが本当に有効かというのは、きわめて難しい問題だとは思ぞよ。しかし、それを言うなら、そもそも、有権者が全て、本当に公約や議会での活動を見て判断しているかや?誰かに頼まれたとか、『なんとなくカッコイイから』という理由で投票している人も多くはないかな?字の練習をさせる保護者を非難できる人が、どれだけいることか」
わかば「うん」
御嶋媼「一口に知的障害、精神障害といってもいろんなレベルがあって、ある程度わかりやすい説明があれば、自分なりに判断できなくはない人もいるぞよ。障害者だから何の能力もないと決めつけるのは、もってのほか。わらわには、よくわかる。また、字が書きにくくてもマルをつけて投票できるといった記号式投票制度が公職選挙法46条の2にあるけど、それをもっと活用するとかの選挙における『合理的配慮』が今後必要だと思うがなぁ」
わかば「そうよね」
御嶋媼「もう一つ。郵便による不在者投票があるが、あれは要件が厳格すぎる。身体障害者手帳1・2級でないといかんとか、な。老人が増える今からは、病気ではないが外に出るのが億劫という人も多くなる。それをどう救うか、じゃよ。それから入院中の投票もな。入院した先が指定病院でないと、投票できひん」
わかば「選挙権のある人かどうかの確認作業が大変だから、対象者を絞り込んでるんでしょうね」
御嶋媼「要するに…」
わかば「うん」
御嶋媼「一票の重みを一番感じるのが、いわゆる障害者の票じゃ」
わかば「うん」
御嶋媼「保護者が、福祉向上に頑張ってくれそうな候補者に一票でも多くと考えるのは、切ない願いをこめてのことじゃ。それは何人も否定できないことじゃ。障害者自身の票もなかなか世の主流にはなりにくい、微力だけれども、それは貴重な一票。わが子の票を無駄にはしたくない、障害者の生活を守るために役立てたいという気持ち、媼には痛いほどわかる」
わかば「うん…」
御嶋媼「先程言ったように、軽い障害の人は自分で判断できる。もっと障害は重くても、投票自体は楽しみにして必ず行くという人もいる。障害者だからといって投票しなくていいのか。なにもわからないだろうからと、投票所に行くことすらしなくてよいのか。親が推す候補者の名を練習して投票に行ったとしても、よいではないか。法は形が整っていたらその投票を有功と認めるのじゃから」
わかば「うん…」
御嶋媼「どうした?うん、しか言わぬが」
わかば「胸がいっぱいで…」
御嶋媼「知的障害者にも意思はもちろんある。それを尊重するのは当たり前じゃと思うが。どや」
わかば「そうよね」
御嶋媼「昔々はな、障害があろうとなかろうと、差別はなかった。あるところで発掘された人骨を分析すると、足に障害があって歩けなかったようだが歯の磨り減り状態から、こりゃどう見ても40歳台…と判定された例がある。障害を持ちながらもその集落で長生きをした、そこは共助の社会やったんよ」
わかば「それだけ豊かなムラだったのかもね」
御嶋媼「うん」
わかば「あはは、こんどはママがうんと言った」
御嶋媼「わらわが何故高槻の今城の森に住み着いたか、話したことがあったかな?」
わかば「ない」
御嶋媼「あるとき、な。上空を飛んでおったら、地上を歩く二人の人が目についた。」
わかば「…」
御嶋媼「一人は爺さんでな、左手に白い杖を持ち右手をもう一人の肩に置いていた。たすき掛けにカバンを掛けてな」
わかば「あ、よく見る光景だわね。もう一人はお婆さん?」
御嶋媼「いや、若い男性じゃったから…」
わかば「ガイドヘルパーさんかな?」
御嶋媼「ゆっくり歩いて行く二人の姿は、信頼と、それに応える二人の心情が外から見えて、微笑ましくも美しい、神々しいまでのものじゃったよ。わらわは、二人の後に降りて、しばらく後姿を見ておったら、なんか、温かいものが心に満ちて来てな」
わかば「…」
御嶋媼「ああ、ここは好い町じゃと思ったのよ。それからじゃ。古墳の森に住みついたのは」
わかば「高槻は心と心を結ぶまち…。ね?」
御嶋媼「ほんに」

76日 「防災考古学」
6月28日、安満遺跡の現地説明が行われた。集まった人は1千人?いや、もっといた。高槻に住む人の知的好奇心の強いこと!その人たちは、足跡の残る水田の現地保存を望む声をあげていたが、私は他のものも併せて保存すべきと現地で考えた。 現地は表土を50㎝程剥ぎ取ってあり、弥生前期末の洪水で運ばれた(との説明であった)砂礫層が一面に広がっている。そして、一部はさらにその砂礫層を除去し、弥生前期(約2500年前)の水田を現代によみがえらせている。深く掘ったトレンチの断面を見ると、往昔の黒い耕土の層は厚さ60㎝、砂礫層は30~40㎝だろうか。弥生人は砂礫層を除去して同じ場所で水田耕作をしようとはせず、その土地を墓地にしてしまった。厚い砂礫層から甕棺や木棺墓が検出されていた。 また、縄文式土器も伴出していた。同じ時期、同じ場所に縄文人と弥生人が共存していたらしい。土地を奪われた縄文人と新来の弥生人の間に、争いはなかったのだろうか。どのような触れ合いがあったのだろうか。米と鳥獣・毛皮の平和的な交換あるいは略奪、長身の弥生人と彫りの深い縄文人の混血、さまざまな交流のドラマが見えてくる。 しかし、ロマンを追ってばかりではだめだと教えてくれるものがある。水田を覆い尽くした厚い砂礫層である。私はこれに注目したい。 この砂礫層は過去のある時期に大災害が発生した証拠品なのだ。災害は繰り返し発生する。同じような大洪水が、或いはこれが有馬高槻構造線が動いたことによる土石流の跡ならば、同じような地震が、間違いなく高槻市を襲う。そのことを現代の私たちに語りかけているのが、この砂礫層なのだ。これこそ生きた教科書として現地にそのままの姿を保存すべきだ。数百年に一度のすさまじい豪雨と洪水、あるいは地震。それは間近に迫っているのかもしれない。いわば防災考古学を講義する太古の声を聞き逃してはならない。 大洪水の跡地に、いま、防災用の雨水貯留施設ができようとしているのも何かの巡り合せだろうか。貯留施設は、この水田跡の発見のおかげで当初の位置より西に移転することとなった。(黄鶴)

75日 「新羅人の末裔」
ぶろぐ日曜版の日ですが、割り込みます。 ドイツのボンで開かれているユネスコ世界遺産委員会で、昨日行われるはずだった「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に関する審議が5日に延期されました。本件については朝鮮人が強制徴用された施設があるとして韓国が当初反対していたものの、先日の日韓外相会議で、掲示板などで歴史的経緯を説明することや、登録に向け相互協力することで合意していたにもかかわらず、なお紛糾しているようです。新聞報道だけですから、詳しいことはわかりませんが、ここにいろんな問題を感じます。 まず、韓国側が歴史的経緯の説明には韓国側の主張を最大限反映させたいとしている点です。これは慰安婦問題の第二幕になる可能性があります。かつて韓国は、慰安婦関連の協定文書作成につき文案の注文をつけました。日本はそれを受け入れ文書を作成しました。すると韓国は、その文書を根拠として賠償請求をしてきました。こんども日本が韓国の要求どおりの説明文を世界遺産の前に掲げれば、日本は今まで知られていなかった強制労働を新たに公的に認めたとして、官民それぞれに強制労働につき今までの請求とは別種の賠償請求をしてくる可能性があります。日韓基本条約の存在にかかわらず。 次に、日本人は、外国人を日本人の延長と考えてしまう癖があることです。信義を重んじ恥を知る日本人は、他国人も同様であると思いがちです。しかし国益になることならば過去の経緯や約束にはこだわらないのが世界の常識です。今の韓国人は、文書で唐の侵攻を防いだ外交上手の新羅人の末裔です。そういう他民族の特性を弁えたうえで事に処する必要があります。 ボンにおける審議の行方はどうなるのでしょう。百済関連の遺産申請は、日本も外相会議の取り決めどおり協力して決定済みですから、世界遺産については韓国に失うものはありません。この上、日本が申請したものが韓国の反対で成立しなかったら、韓国にとって溜飲が下がるでしょうし、賠償請求の足がかりができればさらに万々歳でしょう。ですから日本は、これまでの努力を無にすることになりますが、登録決定にこだわらないというのも一つの選択だと思います。 ただ、今回の韓国の対応ぶりは、日本の嫌韓感情を深めるだけで大局的には何のメリットもないのですが、それになぜ韓国当局は気づかないのか、不思議でなりません。そこが恨(ハン)の国たる所以なのでしょうか。 (空)

7月4日 「開票所にて その2」
時間が経つにつれ、大量に得票した候補者と、少ない候補者で明らかに差がつきはじめました。見学の席も落ち着かない様子でパソコンやスマホを見る人、安堵した表情の人と焦りの表情の人が…。そのうち得票数の中間発表が何回かあり、複数の候補者を出している政党の関係者らしい人たちは、「Aさんは大丈夫や」「Bさんはまだか」などと緊張の面持ち。慣れた人たちは、束の数でだいたい何票とわかるようです。 市長選の結果と、市議のほとんどの得票数がほぼ判明したのは夜中近かったでしょうか。 候補者別のトレイではなく別の机に運ばれる票がかなりあるのが気になり、オペラグラスで見ると、白票がたくさん。なんとももったいない!と思わずにはいられません。「誰も入れたい人がいない」という抗議の意思表示だとして白票を投じる人もいるでしょう。が、リアルに見る白票の山は、どんな「意思」を込めたつもりでも、残念ながら開票の場では単なる無意味な紙きれにしか見えませんでした。「歯をくいばってとにかく『よりマシ』な人に入れよな」と息子と話しました。 もうひとつ、とても印象的だったこと。 白票のほかに「疑問票」(だったかな?)というのが集められているコーナーがあり、そこをオペラグラスで覗いていると、どうも候補者の名前を間違えていたらしいものなどがかなりの数あるようです。また、同姓や似た名前の候補者が複数いるので、姓だけだったりすると疑問票になることも。これももったいないなあ。正しい字でフルネーム、が基本ですね。誰の名前か判別できないものはとりあえず疑問票コーナーに行き、姓だけのものは同姓の人で分配され、候補者以外の氏名や判読不明のものは無効票となるそうです。 そんな「疑問票」のなかにいくつか不思議な票が目に留まりました。なんだか、字は書かれているのですが、ぐにゃぐにゃして「○田△○」?と名前に見えなくもないようなのや、部分的に鏡文字のようなのや、ひらがなやカタカナでたどたどしい字…。見ていて、なんとも胸が詰まる思いがしました。 勝手な想像ですが、あれらは、知的な障害のある人が書いたのではないかと思ったのです。実際は私もわかりません。でも、おそらく体が不自由でうまく書けなかったとか、認知症だったり精神障害だったり、なにかしらの理由で、そうならざるを得なかった事情が、それぞれにあるのだと思わざるを得ません。候補者の名前が書けなくても、投票所に行き、投票用紙に何か書いて、箱に入れる…ということを楽しんでいる知的障害のある有権者の「投票行動」だって、棄権や白票よりずっといい、と私は思います。 落書きのような文字が書かれた投票用紙の存在。そういうものは、あの開票の現場でしか見えない、あっても無いことになるモノなのだと思いました。そういう「ホンマのとこ」を知るためには、実際に出かけていって自分で見るしかないのですね。議員の仕事ぶりの実際が、議会や現場でしか本当にはみえてこないのと同じように。 いろいろなことを考えながら開票所を後にしました。選挙の時だけの期間限定イベントと思えば、出かけていってソンはないと思います。 さて、新しい顔ぶれで議会が始まりました。投票した人もしなかった人もできなかった人も、この議会で決まることに日々の生活を委ねるわけですから、しっかりみていかなければと思います。《終》 (悠々)

73日 「開票所にて その1」
4月の市議会議員選挙のさい、初めて開票を見に行きました。場所は、芝生の体育館。開票の様子が見られるというのは知ってはいましたが、なかなか行けないでいました。今回はたまたま知り合いが「車で一緒に行こーや」と誘ってくれたので、ラッキー♪と、息子ともども「大人の社会見学」と洒落込むことに。 昼間とは印象のちがう館内。ロビーには大きな掲示板が何枚かあり、びっしりと市役所の職員さんの氏名が。どの課も万遍なくあるようです。多分この職員さんたちが開票作業にあたるんだろうなーと、眺めることしばし。 娯楽イベントではないので仕方ないかもですが、こういうときにちょっと、どんな流れでどういうふうに開票が行われるとか、仕組みがわかるような表示でもあればもっと興味持てるのにと思いました。将来の有権者である子どもも一緒に、家族で出かけてみようかというようになればいいですが。 投票箱が来る前に着き、些か手持ち無沙汰で、ちょっと外の空気を吸いにでてみると、ほどなくタクシーが一台また一台とやって来ました。なんか人がたくさん来たのかなと思ってたら、にわかにスタッフの動きが慌ただしくなりました。何だろうかと館内に戻ると、どうやら投票箱が到着したようす。アリーナを見下ろしていると、結構重いだろう投票箱を抱えたスタッフが、一つひとつ広い机が並ぶなかを所定の位置に運び込んでいきます。その頃には見学の人も増え、どこかの陣営の人とおぼしき事情通な感じの会話を漏れ聞くと、投票箱はタクシーで運ばれてくるとか。へぇぇ~。赤ちゃんはコウノトリが、投票箱はタクシーが運ぶ!これは試験に出るねぇ(笑)と、息子と笑いあいました。 で、投票箱の厳重な鍵が開けられ、いよいよ開票作業の始まりですが、これがもう、「ザ・手作業」。地味だけど大変。 オペラグラスを持ってきていたので、仕分け作業がよく見えました。市役所職員らしき人たちと、予め選ばれていた様子の市民が何人かずつ、投票用紙を確認しあいながら分けていきます。見守る客席にも緊張感が伝わります。 よく見ると、わりとどこにでもあるようなプラスチックのトレイに候補者の名前が書かれていて、そこに仕分けされていました。そして、仕分け作業にあたる人とは別の机で作業を見ている人もいました。事情通な感じの人に聞くと、各候補者の陣営から抽選で何人か選ばれ、「立会人」として不正がないよう見守っているのだそうです。何人もの人の目を経て、機械を通して計数し束にしていく作業はまるで、品質管理の厳しい工場のよう。面倒なようだけど全自動ではできない・してはいけない感じがしました。《続く》 (悠々)

72日 「代表質問 その3」
各論については、各会派は市長の施政方針大綱のうち表現の曖昧な部分を追及した。それはそれで、たとえば監視カメラの導入台数が410台であるとか、中学校における土曜学習支援を民間委託方式で行うとか、より具体的な姿を市民に示すことができたことから一つの意義はあったと言える。しかし、代表質問が具体像を尋ねるだけに終わるのは、自会派の政治理念を述べるべき場の主役を市長に譲り、追加説明の場を与えるに過ぎないことになるのだが、そこのところの権利喪失の認識は希薄なようだ。これでは会派の代表質問の名に値しない。 そして市長の答弁は、聞いていて虚しさを覚えるものばかりだ。例えば共産党の散歩道設置の新規提案に対して、市長は関連する現制度の説明をするに留め、施政方針から一歩踏み出す言質を決して与えない。 他会派のさまざまな提案に対しても、 「他市の事例も参考にしつつ可能性について幅広い検討を加えて参りたい」 「今後の情勢や本市を取り巻く環境の変化を見ながら判断したい」 「大阪府から依頼があれば適切に検討して参りたい」 このような答弁が延々と続いた。これは、原稿を流れるような口調で読み上げるものを書き留めたメモだから正確ではないが、当面何もしないことをさまざまな表現を用いて述べる見事な官僚的答弁だった。 しかのみならず、民主・元気ネットの質問の「若者支援」と「男女共同参画・DV.性的少数者への配慮」については、まったく答弁がなかった。そのころ時刻は正午を15分ほど過ぎていたため説明を端折ったか、読み忘れたか、それとも答弁の準備がなかったのか。いずれにせよ、まさに今の問題だけにどのような答弁があるのかと固唾を呑んで待っていた約40人の傍聴者には肩透かしだった。 そのような市長であるが、なぜか高槻市の議会の会派は市長与党が多い。「市長の方針を支持する立場を表明します」…市民連合段野議員は質問の最後にそう発言した。選挙後初の議会でこのような態度を示すのは、市長との緊張関係を最初から放棄したと宣言したに等しい。ほかにも同様の会派があった。 理念なき翼賛議会は要らない。市政の放縦を許すだけだから。それあってのことか、議場には傍聴席の前に記者席が配置されているが、高槻市政の1年を方向づける大事な日であるのに、新聞記者が誰もいなかった。高槻市政はわざわざ紙面を割いて報道するに値しないという判断なのか。 (黄鶴)

71日 「代表質問 その2」
代表質問とは何をする場か。今年度の市政の本来あるべき姿を議論する重要な場である。各会派は、今がどういう時代で高槻市が置かれている状況にはどのような特色があって、だから斯く斯くしかじかの施策が必要とされているであるが、市長の施政方針ではこの点が不十分であるのでこのようにされたい…。そういう自会派の主張を展開すべき場である。 しかし、公明党、民主・元気ネット、共産党は若干の前置きはあったものの、いきなり各論から入った。大阪維新の会・市政刷新議員団、市民連合、自民党・蒼政会は、総論らしきものがあったが自会派の主張よりも市長の認識を尋ねるもので、インパクトが弱かった。せっかくの機会なので各会派の時代に対する認識も聞きたかったのだが。その市長の認識だが、市民連合から歴史認識を問われた市長は「グローバル経済の中、地方では限界があり国が産業育成をリードすべき」という意味のことを答えている。 はたしてそうか。私たちは国と地方の関係について古い呪縛にとらわれていないだろうか。新しい姿をデザインして構築するのはすべて国の仕事、地方はそれに従うのみ、と。昭和の高度成長期は確かにそうだった。しかしGDPの2倍の借金を抱える国に、今そのような新規投資の財政余力はない。また、今の政府に新産業育成の発想もない。であれば、いま地方は、例えば仕事のない若者のために、子育て世代のために、独自で道を切り開かねばならないのだ。比喩が古いが、江戸時代、各藩が赤字財政脱却のために独自の産物を開発しようと必死になったように。地方にある問題の処理責任をすべて国に押し付けるのは、何もしようとしない地方首長・議会の責任転嫁だ。(黄鶴)

630日 「代表質問 その1」
高槻市議会では6月29日、浜田市長の平成27年度施政方針大綱に対する各会派の代表質問が行われた。 まず、この制度について疑問がある。代表質問は3人以上の議員で構成される会派を代表して1人の議員が行うが、2人の会派や無所属の議員はできない。これがおかしい。市民の立場から見れば、大きい会派を支持する市民は市長の施政方針に注文を付けられるが、2人会派や無所属議員を支持する市民、即ち少数派はそれができないことになる。つまり「代表」は、一部の市民の代表であって市民全部の代表ではない。少数派にとって一般質問など他の道があるので少数意見の抹殺だとは言わないが、代表質問のこの日だけは、少数派の政治参加を拒み大会派(=与党)だけが市政の中心に座っている制度だが、それでよいのか。また困ったことに、目覚めた良識派というのは大体が少数派だと世間では相場が決まっている。そこからの鋭い追及がなくなる。 次に今の高槻市議会の問題だが、自民党が二つに割れてそれぞれが代表質問を行っている。自民党という党是に従って統一した行動をとることができないならば、自民党の名は要らない。と思って代表質問に立つ会派の一つの名前をよく見ると、「大阪維新の会・市政刷新議員団」に変わっていた。 今の市議会の問題の二つ目。選挙公報に掲載された大阪維新の会の政策は、代表質問に立った岩議員と共通する高齢者対策以外、この代表質問に盛り込まれていない。代表質問の場で政策の主張ができない党が政党の体をなしていると言えるのだろうか。維新の会3名という数が利用されただけの観がある。 それにしても、会派の数が多いから、答弁に立つ市長も大変だ。質問回数は6回、時間にして160分だ。答弁もほぼ同じ時間を要した。指摘されるまで原稿の読み間違いに気付かないことも、原稿を読み飛ばしたとしても仕方ないだろう。質問の全項目に対する答弁がなくても公式に抗議をしない民主党は、市長の疲労を気遣う優しい人たちだと知った。それと、一日中座っているだけの少数会派・無所属議員の忍耐強さも相当なものと理解できた。 (黄鶴)

629日 「王国」
これは新聞記事の拾い書きである。 『安保法案の対案、橋下氏了承で前進』 『代表選、国会議員1人1票・地方議員5人1票であったところを全員等しくすべきと橋下氏メール』 ここから、橋下特別顧問にすべての権限が集中した維新の党の構造が透けて見える。橋下氏がいなければ何も決まらず何も進まないのが維新の党である。自由な民主主義国家であればこそ産まれた党だが、それが専制体制の色に染まっているのは皮肉である。しかし弱小王国は強大な隣国の庇護を受けなければ存続しえないことを歴史は示している。 『安保法制は今国会で通す 安倍総理』 自民も似た構造である。あれだけ違憲立法だと外から批判されながら、党内では安倍総理に正面切って反対する人間がいない。安倍王国と言わねばならない。国会での下品なヤジも百田発言も、その王国の傲慢さから生まれたものだ。 維新にしても自民にしても、1人が吠えて他の全員がこれに従う専制王国となっている。昔はどうだったか。維新の党はなかったが自民は…、にぎやかに意見が出されるまじめな勉強会が政策分野ごとにあったのをまざまざと思い出す。それに加えて派閥もあり、いろんな場で鍛えられた現実的な政策が外に出て行ったのだった。 いま、基礎的な議論の積み重ねも不十分なままに絶対王政の中で偏った政策が産まれている。この王たちの声は果たして巷の人々の声と一致しているのだろうか。絶対王政的な現象は民主主義の危機だという認識は両党にはないのだろうか。あのナチズムのように、専制主義は今の日本における時代の要請なのだろうか。(黄鶴)

628日 「ぶろぐ日曜版 むかしおとこありけり」
むかし おとこありけり…各段がこの言葉に始まる伊勢物語。六段には高槻の芥川(違う説もあり)にちなむ話が語られています(*)。その冒頭部分は、 「むかし、おとこありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて…」 で始まります。ここでひっかかるのが、平安の貴族が夜間に女のもとに通うのは常識だけど、それを「よばひ」と称するのか、ということです。 他の古典を当ってみましょう。古事記上巻、スサノオノミコトのいる根堅州国から出雲の国に帰った大国主命は、「高志(越)の国の沼河比賣(ぬなかわひめ)を婚(よば)はむとして幸行」され、その家の外で歌います。 「やちほこの かみのみことは… さよばひに ありたたし、よばひに ありかよはせ…」 この歌に、比賣は歌をもって返し、その夜ではなく翌日の夜に大国主命の意図に応えます。 ここでは「よばひ」と平かなで書きましたが、原文はもちろん「用婆比」と書かれた万葉仮名です。上記のとおり、地の文はちゃんと「婚はむ」になっています。このように、「よばひ」とは本来、夫婦の契りを結ぶ、結婚するということなのです。そしてその語源は「呼びあう」です。この大国主命と沼河比賣のように、男が呼び、女がこれに応じる、そうしてはじめて結婚が成り立つのです。 では、「夜這い」は後世の当て字か…。いえ、そうではありません。早くから駄洒落として存在していたのです。それは竹取物語の初めの部分にあります。美しいと評判の立ったかぐや姫を一目見たいと、男たちは夜もろくろく寝ずに、闇夜に来ては屋敷の垣根や戸に穴を開け中を覗きこむ様子で、「さる時よりなむ、夜這ひとは言ひける。」と、あります。 ついでに申しますと、平安末期には、夜這いも三日通った翌朝に正式な夫婦とされたようで、結婚成立直前の三日目の暁ころに袴の股立ちを取って逃げ出した男の様子が、梁塵秘抄[340]に詠われています。まったくもう、男ってヤツは、今も昔も…。  (白雲) (*)話は、ある貴族の男が美しい姫君に恋をして、その姫君を盗み出すことに成功、背に負って都を脱出し西国街道を西へ西へと走ります。そして暗くなった頃に芥川のほとりに達します。背に負われながら草の露を見た姫君、あれは何かと男に尋ねますが、男はそれどころじゃない。雨は降ってくるし雷は鳴るし、困ったなあと途方にくれたときに無人の倉を発見、その奥深くに怖がる姫を置き、自分は倉の入口で門番です。ところが独りになった姫は鬼に襲われ、一口で食べられてしまいます。姫は「あっ」と声をあげたものの、それは雷の音に消されて男には聞こえず、翌朝になって…姫がいない! 男は泣く泣く、 白玉か何ぞと人の問ひし時 露と答へて消えなましものを と詠んだのです。

627日 「全国市議会議長会による議員表彰」
高槻市有功者表彰を6月24日の話題にし、高木議員と和田前議員について対象者とならない理由が不明と述べたが、実はご両名とも辞退したのだと複数の情報源から聞いた。なるほど、普段の言動に一致していると納得した。 表彰についてもう一つふれたい。永年勤続議員に対しては全国市議会議長会による表彰がある。この表彰規程がネットでは確認できないのだが、関連の情報を総合すると、勤続10年以上(15年、20年…と、5年刻みで50年まで)の議員に対し、たとえば10年では「市政の振興に努められ」、20年では「市政の発展に尽くされ」功績著しいとして表彰状と永年勤続バッジを贈るもののようだ。永年勤続バッジは、政令指定都市以外の市議会議員の場合、10年以上で金属部分が白金張になり、15年ではバッジ中央にルビー、20年ではスピネル、などの宝石が配される(ウィキペディア:勤続年数毎の宝石の種類は「議員記章」の項で確認してほしい)。また議長職は在職4年以上で表彰対象になる。昔は副賞として5千円~1万円相当のものがあったが、オンブズマンの批判を受け、今はない。 全国市議会議長会は各市が分担金を払っている。ということは税金で成り立っている。このため、受賞を辞退する人もある。例えば田辺市議会は、10年前から議会として辞退している。また尼崎市議の仙波幸雄氏のHP(2014年8月2日)によると、同氏も受賞を辞退している。その理由は、公明党の全国地方議員団会議において「今後、表彰状や宝石付きバッジ・記念品等を含め、一切の永年表彰を辞退する。」との申し合わせ(*)が行われ、これに基づき尼崎市議会公明党として表彰を辞退する旨平成18年1月31日に申し入れを行ったから、とのことである。 ところで、わが高槻市では、6月22日の市議会本会議でこの全国市議会議長会の表彰状伝達式が行われた。被表彰者は久保隆議員1名(20年)であった。ちなみに、過去の被表彰者は下記のとおりである(敬称略)。ここに名前が挙がっていない議員(灰垣、野々上、中村、藤田、奥田、二木)は受賞を辞退したものと思われる。辞退の理由は何だろうか。税金の無駄遣いは嫌だ、ということかもしれない。人世五十、功無きを愧ず…という思いかもしれない。辞退の裏に各々の政治哲学が息づいているのだろう。 記 2014年 久保隆夫(35年)、中浜(15年) 2013年 岩(25年)、岡田、山口、橋本、吉田稔弘(それぞれ10年) 2011年 角、福井(それぞれ20年) 2010年 岡本茂、三本、久保隆(それぞれ15年)              (黄鶴) *HPでは申し合わせの時期がいつだったか明確に記載されていない。なお、高槻市の有功者は公明党の申し合わせにいう永年勤続には当たらないようだ。

626日 「2015年度予算」

施政方針大綱に添付された27(2015)年度主要予算の表から1億円以上の項目を抜き書きしてみた。ここでは一般会計も特別会計も区別せずに並べてある。この表から、どんな事項にどれだけの予算を配分しているかが分かる。 予算とは、政策を計数的に表示したものである。つまり、予算の多い項目が政策重点ということだ。これを見て、市民の皆さんは如何お思いだろうか。この予算は『高槻は文化の華を咲かすまち』をつくるのに役立つのだろうか。

6月25日 「林道管理条例」
高槻市議会の6月定例会で新しい条例が上程された。その名は「林道管理条例」。大阪府では珍しいが全国的には同種のものがかなりある。 昨年、高槻市樫田地区の山中の埋め立て計画(というより、建設残土を投棄する計画)が大阪府に申請された。水源地でもある山中にそのような残土の投棄等もってのほか、自然を破壊する行為であり土砂災害の原因にもなる、何とか阻止しなければ、ということで地元からの陳情もあり、議会でも問題視されて、昨年9月29日付で残土規制などの新しい法律の制定要望などの意見書を国に提出している。この流れを受けての、建設残土を運ぶダンプの林道通行を規制する条例である。 その内容は、①林道の損傷・汚損行為、林道及び周辺への土砂堆積・投棄、林道における土砂運搬の禁止、②林道通行の許可制、③占用の許可制、④林道損傷者の損害賠償の義務等である。 この条例の制定をどう評価すべきだろうか。自然保護に向けての一歩前進とは認められる。しかしこれには罰則がない。つまり強制力のない条例なのである。罰則がない以上、建設残土を満載して林道を通ったとしても犯罪ではないから警察は動けない。残土処理業者は、たとえ損害賠償請求を受けたとしても痛くも痒くもない。残土処理価格に損害賠償相当額を含めればいいだけの話である。だから、この条例はこのままでは残土投棄の抑止力にならない不十分な条例と言わざるを得ない。 条例には罰則は設けられないのか。そんなことはない。地方自治法には、条例に2年以下の懲役または禁錮などの罰則を置くことができることを定めている(地方自治法第14条第3項)。ただ、今回の林道管理条例には親となる法律がなく、直接の委任がない。そのほか市民には見えない何かの理由もあるのかもしれないが、条例への罰則設置は何も問題はなく(*)、現に木更津市の林道管理条例は罰則を置いている。躊躇する必要はない。むしろ、そうした積極性こそ、地方自治の鑑になるのではないか。(黄鶴) (*)http://blog.livedoor.jp/cooshot5693/archives/53166158.html

6月24日 「議員4年で表彰!?」
こんなのあり?心底そう思った。 6月議会初日、「高槻市有功者を定めることについて」という議案があり、2011年4月の市議選で初当選した10名のうち高木議員と和田前議員を除く8名(岡井、木本、笹内、田村、段野、平田、宮田各議員、平井前議員)が有功者として表彰されるという。同じ1年生議員なのに、高木・和田両氏が対象者にならない理由はわからない。 根拠法令は高槻市表彰条例の第5条第3号で、「議会の議員として在職4年に達した者」は議会の議決を経て高槻市有功者とし、これに有功者賞を贈ることができる…ということだ。 法治国家の日本。条例があるのなら、致し方ない。条例に沿って表彰すべきであろう。だけど、市民感覚にはまったく合わない条例である。議員として4年、黙って座っていても居眠りしていても表彰される。その条例を決めたのがこれまた表彰を受ける立場の市会議員。第12条には「被表彰者には、表彰状及び副賞を贈るものとする」と定めるから、予算を伴うことになる。「ものとする」というのは原則を示す法律用語で、例外措置もあるのだが、お手盛り以外の何物でもない。呆れて、口がふさがらない。そもそもこの8人、均等に表彰すべき何があるのだろう。議員の仕事ぶりを調べて来た私たちには、この疑問が消えない。この条例の制定は平成5年。もう20年以上昔の条例だ。そろそろ改正してはどうか。ちなみに、2か月前の選挙公報で、税金を使った議員表彰の廃止を訴えていたのは二木洋子前議員だけだった。 本件、これ以上書く気力がない。 こんな条例があるのを知ったその日は、悲しくも空しい日となった。(黄鶴)

6月23日 「6月議会」
あおば「ママ~、おひさしぶりぃ!」
御嶋媼「おひさ…って、そなたは誰じゃ」
あおば「あたしよぉ、あたし。秋の名前は『かえで』、夏になったら『あおば』」
御嶋媼「おぉ、そういえば。髪の色が違うので別人かと。みどりなす黒髪、よいものじゃな」
あおば「黒い髪がなぜ緑?」
御嶋媼「緑ではない。つややかな、という意味でな、漢字は翡翠の翠を書く」
あおば「そっか。でも、あっちではみんな赤っぽくてね」
御嶋媼「あっち?」
あおば「うん、さっき帰ったところなの。カナダから。女子のサッカー見に行ってたから」
御嶋媼「カナダ!…夜昼逆転して大変じゃな」
あおば「中国は1:0でカメルーンに勝ったけど、韓国は0:3でフランスに負けた」
御嶋媼「世間の関心はサッカーぞかし。されど、ほら、もう始まってるよ、議会が」
あおば「4月に選ばれた新人議員にとっては、実質的に初めての議会やね。あ、これは浜田市長の市政方針!まあ、よどみない演説!立て板に水だわね」
御嶋媼「書いてあるものを読み上げているからね」
あおば「あら、ほんと。議員の皆さんも同じものを見ているのかな?いっせいにページをめくったよ」
御嶋媼「そう。これじゃよ。傍聴席用に議案の資料が置いてある。議員のみなさん、これを見てる」
あおば「あれ?次のページに進んだのに、めくらない人がいるよ。前の所を読んでるのかな?…ちがうね」
御嶋媼「何じゃ?」
あおば「頭が少しずつ前に垂れていって…。あ、ちょっと上に動いた。と思ったら、また、少しずつ少しずつ、頭が…。寝てるね、あの人とあの人」
御嶋媼「誰じゃ」
あおば「一番前の…座席表を見ると、五十嵐議員と、後ろの方の岡議員」
御嶋媼「外見はそうだとしても…断定はできひんよ」
あおば「それに、木本議員、今日は起きてるけど全然別の資料を開いてるだけ。横を見たり上を見たり、落ち着きがないのね」
御嶋媼「心ここに在らず、じゃな」
あおば「その前の席の出町議員、ほんとに集中…」
御嶋媼「これ、どこに行く」
あおば「近くに飛んで行ってみたんだけど、まちがいなく施政方針に集中してるよ」
御嶋媼「まじめな議員じゃな」
あおば「でも、なんとなく議員席は緊張感がないわねぇ…。ただ、時間が過ぎるのを待ってるだけみたい。傍聴席の方が一生懸命だよ、ほら、腕組みをして一心に聞いたり、メモを取ったり、傍聴席用の資料をひっくり返したり」
御嶋媼「意識のある人だけが聞きに来てるからねぇ」
あおば「いっそのこと、傍聴席と議員席と、総入れ替えしたら?」
御嶋媼「ほほほ。面白いことを言いやる」
あおば「あ、席を立つ人もいる。提案理由の説明中なのに。山口議員と真鍋議員。トイレくらい、休憩時間に行ってよね」
御嶋媼「都市環境委員会付託案件やから、都市環境委員はこのときに席を立つべきではないわなぁ」
あおば「質問も低調だわね…。今日1日でたった3件!3億円から4億円の契約案件に質問ゼロ?」
御嶋媼「まあ、6月議会の初日は、いつもこんなもんじゃよ。提案理由の説明が主じゃからな」
あおば「それにしても、おかしい!勉強すれば疑問は生じるものよ。ごみ処理施設の定期検査だって、検査項目を見直すべきとか、積算の根拠となった単価だとか、いくらでも質問できるはず。勉強してないのね」
御嶋媼「事前の事務局の説明で納得ずみかもな。事務局も質問されたくないし」 あおば「議場での質問は市民への説明のためにするものなのよ。議員自身が理解するしないじゃないの。専門外の話だったらそういうスタッフを雇っておくとかも必要。議員にとって知らない分からないは罪なのよ」
御嶋媼「ふむふむ。そうじゃな」
あおば「あ~、面白くない。あたし、帰る。まだJet lag …時差ボケなの」
御嶋媼「議会はまだ終わってないよ、これ、これこれ!」

6月22日 「改正派遣法案衆院通過」
改正派遣法案が19日、衆院を通過した。参議院を経てこれが成立すれば、派遣期間は3年間という制限がなくなる。3年を過ぎる派遣社員を正社員にしなければならないという今年の10月1日から企業に課せられる義務も消失する。派遣社員にとっては辛いけれども企業には実に好都合である。 派遣社員はどれくらいいるのか。厚労省のデータによると昨年11月現在で252万人(登録者を含む)である。派遣社員を含む日本の非正規雇用者は2012万人、雇用者全体の38%である。派遣社員の1日当たり賃金は一般労働者で11,688円、通訳などの特定労働者で15,492円である。年間250日働いたとしても一般労働者の場合年収300万にならない。派遣社員であり続ける限りそれが続く。これで将来の希望が持てるだろうか。総理はいう。「法改正によって、派遣を選ぶ人には待遇改善、正社員を望む人にはその道が開ける」と。だが、本当に派遣社員になりたい人は、現在派遣で働く人の半分しかいない。人件費を削りたい企業がたやすく正社員を登用するだろうか。まやかしとしか聞こえない。 たしかに、厳しい国際競争にさらされる企業には、人件費の増は苦しい。現代では、情報は国境の枠を超えて瞬時に伝わる。生産技術やモノの移動も簡単である。となれば仕事もコストの安い場所を求めて激しく流れ下る。これがグローバル化である。コストを低減させ仕事を確保せねばならない企業の事情もわからないでもない。 しかし、だからといって労働者を犠牲にするのは間違っている。いま、国も企業も本来の道を進む努力を怠っている。本来の道とは、日本独自の産業を育てること、日本独自の製品を産み出すこと、外国と同じ種類の仕事をするのであれば労働生産性を上げること、である。そうして国際的優位に立つことである。そのための方策は、たとえばエネルギー・素材産業の優遇、新製品開発投資への援助、高度技術保持者の登録・税制優遇…やるべきことはいくらでもある。そしてそれは国でなくても、地方が相互に連携しながらやってもいいのだ。 (黄鶴)

6月21日 「ぶろぐ日曜版 大道」
日本書紀、推古天皇21年冬11月の項に記され、各地に地名として残る大道(読み方:おおぢ、だいどう)。その実物が初めて姿を現したのは、1970年、わが高槻市の郡家川西遺跡であった。嶋上郡衙跡の南西側である。当時は、これ何や、広い道路もあったんやという程度で、あまり注目を集めなかったが、その2年後位から九州やら関東やら、あちこちを掘れば出るわ出るわ、飛鳥故京に始まり北へ西へ、あるいは東へ。幅9~12m(3~4丈)の道路が、どこまでも直線状に造られていたのがわかってきた。 この道路の造り方は、単に土を置いて踏み固めただけのものが多いが、直線状の道路のこと、場所によっては低湿地もあり、その場合は、まず粗朶を敷き並べ、小石を置いて、その上に赤土と砂を交互に敷いては付き固める版築によって作り上げている。これは狭山池の堤や九州大宰府近くの水城の工法と同じで、百済伝来の技術である。岡山の鬼城(きのじょう)の版築はコンクリート並みに固く締まっており、塩も使われたかもしれない。 山陽道を例に取れば、都から西海に至るまで、この大道は、何を想定して、何のために造られたのだろう。伴出した土器からの推定によると、この大道が造られたのは7世紀の第3期。ちょうど白村江敗戦の頃である。百済は滅亡し、唐からは郭務悰という名の役人を送り込んで来る、高句麗も滅亡しかかっている、国内では高安城や金田城、上述の水城を築いて防衛体制を構築しようとする、大津に遷都する、そんな内外の緊張の時代であった。そういう時代背景から考えると、いざとなれば速やかに軍を送るための道路であったとするのが自然な論理的帰結である。あるいは宇治での閲兵式やこの道路を含む国内の防衛施設を唐の官人に見せ、兵を送ると痛い目にあうぞと、倭国侵略の野望を潰えさせようとしたのかもしれない。 版築にせよ土盛りだけにせよ、道路を作るには人手が要る。間違いなく私たちの遠い先祖が、横一列に並び、土や砂を敷いては突き固め、また敷いては突き固める作業を今の西国街道あたりで繰り返したのである。その道具は両端を平面にした長さ6尺ほどの丸棒である。その胸中に去来する思いは何だったのか。あるいは難波江から舟で出て行った夫や息子の無事を祈りながら、あるいは外つ国の脅威をひしひしと感じながらの作業だったのだろう。その作業現場では身分の上下などなかったかもしれない。幸いに倭国が唐の領土にならなかったのは、当時の外交努力の成果だったのか唐を悩ます西戎北狄のせいだったのか、よくわからないが、城造りや道普請に精を出した庶民のおかげとも言えよう。唐の脅威…。当時の国際情勢は現代にも通じるものがある。(黄鶴)

620日 「委員会(4) おいしい話 その2」
おいしい話の二日目です。過日「大阪 競艇組合」で検索したとき、こんなページがヒットしました。 http://ameblo.jp/watchdogkisiwada/entry-11913947771.html ブログの作者は高比良正明さん。岸和田市政の黒く染まった部分をえぐり出し市民の目にさらそうとしている人のようです。4月の統一地方選に同市議会議員に立候補しましたが、定数26人のところ29位で当選ならず、今も在野で論陣を張っています。このページによりますと、堺市、岸和田市、高槻市など16市で構成される大阪府都市競艇組合には各市から1名ずつの議員が派遣されて組合議会がつくられ、その組合議員や組合議長となるのですが、組合議員は月額5万円(年額795,000円)の報酬が得られるということです(組合議長は月額6万円、年額954,000円)。美味しい話ですね。高槻市から誰が派遣されているのか、毎年5月の臨時会で選挙がされていますが、ネットでは公表されていません。また16市の市長は管理者または副管理者となりますが、これらに報酬が出るのかどうか、不明です。 ちなみに、この競艇組合議会の全員協議会なるものが毎月1回住之江競艇場で行われ、そのとき現金で支給される報酬は全額舟券を買うことが推奨(強制?)されていると、堺市議の長谷川俊英さんのアクション日記(2012.06.07)、前枚方市議の高橋伸介さんのざっくばらん談話室(2011.10.19)で述べられています。 報酬は、日本財団が競艇に関して「公営」の姿を借り続けるために関係の市にばらまく餌です。人間は金に弱い事を利用したシステムです。それを知ってか知らずか、月5万円で人としてのの矜持を売り渡し、打ち揃って競艇遊びとは何たること。舟券の払い戻しもあるでしょう、それが議員の懐に入ります。府議や国会議員の不透明なカネに比べたら微々たるものという言訳もあるかもしれませんが、その金の出所は舟券を買った庶民の小さな財布であり、月に5万円の金があれば生活に明るさが戻る貧困家庭もある、それらへの想像力が、議員たちに残っているでしょうか。16市の議員の、唾棄すべき姿がここにあります。議員の責務は、健康で文化的な市民生活を設計施工すること。そのために議場で戦うことです。遊興の世界は公務にはなじみません。(白雲)

619日 「委員会(3)  おいしい話」
さて、おいしい話です。 関連の条例によりますと、高槻市議会議員の報酬の月額は66万円で、これをベースに常任委員会と議会運営委員会の委員長は2万円、副議長は5万円、議長は9万円、それぞれ加算されます。他人の収入を計算するのはムナシイのですが、期末手当を含む年額では、それぞれ333,600円、834,000 円、1,501,200円の加算になります。そのおいしい職に誰がなっていたか、次の表のとおりです。

不思議なことに、共産党と無所属議員はこの恩恵にあずかっていません。何故なんでしょうか。委員長職は与党議員が押さえるのが国でも地方でも当然の慣例だから、なのでしょうか。 いま、市政はさまざまな問題を抱え、議会内部にも種々の改革が必要とされています。そういう時勢なのに、収入の多いポストの独占を当然のこととし、旧制度を温存して自分の順番を待つ議員ばかりでは、とても行政需要についての正確な現状認識や議会改革など望めません。 誰に期待すればいいのでしょうか。5月23日にも触れましたが、2011年の選挙で木本祐議員は議員報酬半減を謳い当選しました。彼ら、若い世代に期待しましょうか。ただし、同議員は、同年第3回定例会(7月15日)において、議会で議論すべき報酬の話を市長に質問するという形で関心を表明したものの、その後の動きはありませんでした。議会あり方検討会で議員報酬は一つの検討テーマになっていて、同じみんなの党の平井前議員がその検討会の委員でしたが、そこでの議論をリードするには至らなかったようです。木本祐議員は今回も「身を切る改革」を公約にあげています。どのように身を切ってくれるのでしょうか。隗より始めよで、報酬の半額を供託するとかの実績でも作れば説得力を持ちますが。 もう一つ、議員にとっておいしい話、だけど市民は全く知らない話があります。でも私にとってお金の話は疲れるので、また明日にさせて戴きます。(白雲)

618日 「委員会(2)」
2015年度における高槻市議会の委員会構成は次表のとおりです。

議員の所属する委員会が発表されて、まず気になったのは、立候補時の公約と所属委員会の所掌事務との関係でした。例えば、老人福祉を公約に掲げた議員がその分野を所掌する委員会に属したか、ということです。これを全議員について当ってみますと、多くの議員が幅広い公約を謳っていたこともあって、34人中26人が、公約のうち一つは自分が所属する常任委員会の所掌に含まれる幸運な結果になっています。常任委員会での活躍を期待したいものです。公約を忘れていなかったら。 しかし、ほかに問題が三つあります。 一つは特別委員会と常任委員会のミスマッチです。どういうことかと申しますと、所属する常任委員会の所掌事務と無関係に特別委員会が割り振られていることです。市街地整備促進というテーマは都市創造部の業務に属し、それは都市環境委員会の所管です。したがって、市街地整備促進特別委員会の委員は都市環境委員会の委員を兼ねるのが合理的ですが、必ずしもそうなっていません。議員に専門性がないので、どの委員会でもよろしいのでしょうか。まあ、地方分権推進特別委員会以外はすべて都市環境委員会の所掌なので、これもやむを得ないかもしれませんが。 二つ目の問題は特別委員会の委員長のうち3人が、当該分野を公約に挙げていないことです。笹内議員は富田の街づくりを公約に打ち出しており、市街地整備促進特別委員会の委員長にピタリ適任なのですが、宮田議員は史跡整備について、木本議員は地方分権推進について、段野議員は新名神・交通体系について、それぞれ公約ではふれていません。ということは不得意もしくは強い関心がないテーマであり、委員会を総括する業務を担当させるのは不合理で、積極的な活動や成果が期待できない、市民としてはいささか困る事態になりかねないのです。 三つ目は、常任委員会と議会運営委員会の委員長は議員報酬が月額で2万円高く、それは当然ボーナスにも影響しているのですが、その美味なる委員長ポストが特定のグループに独占されている点です。この点とほかにも美味しい話がありますが、話が長くなりますので明日にします。(白雲)

6月17日 「委員会(1)」
高槻市議会の2015年度の委員会構成が決まりました。これを見て思うのです。 まず一般論ですが、議員は素人にはできません。誰でもが議会に出て生活に根ざした意見を言う、そのことは望ましいのですが、実際には法治国家である日本では徒手空拳の一般人に議会活動は無理です。でも実際にそういう人がいるではないかと反論がありそうですが、「そういう人」は無知蒙昧・無為徒食の議場のイエスマン(ウーマン)に過ぎません。市政を糺す能力はなく、特定の見返りを期待する一部支持者のためにはなっても多数の市民のためにはなっていません。市の当面の平穏と「そういう人」にとって幸せなことに、その実体が広く市民に知られていませんが。 では議員に必要なものは何か。一言で言うと専門性です。議員はいずれかの委員会に所属し、担当部課の活動を見ます。担当部課のすべての業務は法律に基づいて行われます。その根拠法令に通じていないと(一方で市民生活の実態を詳細に把握することも必要ですが)、適切な議員活動は行えません。大学の法学部を出たくらいでは未だ役に立ちません。議員になる前にその種の業務に就いていたか、あるいは深い勉強を重ねていたか、そういう知識経験、能力がないと、市の業務や提案の中に潜む問題を発見できず、リードもできません。議員になってから勉強するのでは遅すぎます。 ところで、現行の委員会の制度は、その議員の専門性を尊重することに逆行する姿勢が目立ちます。 委員会条例を読みますと、まず、常任委員会の任期はわずか1年と定められています。留任を妨げないという条文がありません。このあたり、地方自治法は何も制限していないにもかかわらず、です。仕事に詳しい議員がいては困るという市側の意図が見えます。就任期間の短いのは業者との癒着を防ぐメリットもありますが、癒着の好きな議員はどんな制度の下でも癒着します。 次に、決算審査が常任委員会ではなく特別委員会で行われていることです。常任委員会で予算審査を行い、その流れで同じ委員が決算審査を行うことが自然なのに、失礼ながら何もわからない若手議員を集めて、その議員の所属委員会の所掌とは違う分野の事項をも審査させるのは、無理があります。平成26年の決算審査特別委員会の議事録を見ても、現状認識に終わる質問が大半を占めています。「常任委員会は、その部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、議案、請願等を審査する」(地方自治法第109条第2項)という規定がありますが、決算審査もここでいう「事務に関する調査」であり、したがって常任委員会で審査すべきと思うのです。 もう一つ、常任委員会と特別委員会の関係も、専門性のつながりがありません。 変な制度ばかりと、私は思うのですが、そう思わない議員が多いようで、制度は変更されることなく続いています。(白雲)

616日 「維新の動き」
大阪維新の会高槻市議団が自民党の2名との会派を作ったのは、時代を先取りした行動だったらしい。日曜日(6/14)の夕方には安倍首相が橋下徹大阪市長と東京都内のホテルで会談した。 維新の党に協力を要請し、安全保障関連法案の今国会での成立を図るようだが、なんともわかりやすい構図だ。マリオネットのワイヤー操作も最終段階に入ったか。 この会談の結果、何が出てくるか。予想しよう。この予想が外れることを願うけれども。 一つは橋下市長の豹変である。一国を代表する首相に慰留されたら、態度を変える大義名分は立つ。渡りに舟である。もしくは、表向き引退はしても、党の最高顧問に座り続けて院政を布くというのもあり得る。 もう一つ。論功行賞というのは古今東西絶えたことがない。目玉の法案が今国会で成立した暁には大臣ポストを準備しよう、というのも無い話ではない。公明党に加えて維新にも大臣誕生。これで自公維の与党体制ができあがる。憲法改正まではこの体制で行こう、と。 しかし維新がキャスティングボードを握ることへの不安は消えない。本会議を欠席して秘書と遊びに行くような議員を抱えていた政党である。党の資質は大丈夫か。日本の命運を左右する選択の、その重さに堪えられるのだろうか。 (黄鶴)

615日 「軽減税率」
我々は市議会のウォッチャーではあるが、国政にももちろん無関心ではいられない。与党内で軽減税率の協議がストップした。その理由が、①何を軽減税率の対象とするか線引きが難しい、②軽減税率を適用した場合は税収減となるがその代替財源がない、③事業者の負担が増える、という3点において解決策が見つからないためで、財務省に検討を指示したということだ。なんと愚かなことか。 いま、国は膨大な借金を抱えている。それに見合う民間資金があるから問題ないと言う人もいるが、とんでもない。なけなしの貯金の全額を、無計画に借金を重ねた自民党と大蔵(財務)省に無償で渡すつもりはない。国の借金は国の責任で返すべきものである。それはともかく、我々国民は消費税率を10%とし、借金を計画的に返す作業を始めた。それあらばこそ、外国の人たちも日本への信用を保ち続けてくれている。その10%導入に欠かせないのが、食料品などの消費税を8%のまま留める軽減税率である。 ① 刺身は生鮮食品だから8%で干物は加工食品だから10%…? 確かに区分は難しい。この際、最低限のもの、米などの穀類・味噌・醤油に限定して軽減税率の導入を図ったらどうか。まず制度を導入することが肝腎である。25年前の消費税の導入時を思い出してほしい。あのとき、消費税を導入するからといって増税が図られたかというと、そうでもなかった。消費税で増えた分、所得税は減った。まずは国民が消費税に慣れることが重要だった。それと同じだ。消費者も事業者も、まずは制度に慣れるべきだ。品目は後から追加すればよい。 ② 本来5.6兆円の増収のはずが軽減税率導入によって1兆円の税収減、と財務省は言う。麻生副総理もそう言う。しかし虚心坦懐に事象を眺めてほしい。税収減との発想がおかしいのだ。もともと軽減税を含んだ10%の税率なのであって、そのときの増収は初めから4.6兆円なのだ。減収と言う口の裏に、軽減税はお上の施し物で、本来は10%全額が国の取り分、軽減税率など国の実入りが減るからもってのほか、という考えが透けて視える。そうではない。増税は、そのシステムも金額も国民が決めるもの。財務省・政府はそれを黙って有難く押し戴けばよろしい。今の国民は、昨日のブログ日曜版で書いた口分田を耕す民ではないのだ。税金を納めてくれるだけの機関ではないのだ。 ③ 膨大な借金は国難である。国民全体でこれの解消に当たらねばならない。消費者は税を払う痛みに耐えることによって国に奉仕しよう。事業者は事務負担の増に耐えることによって国を支えるべし。事業者も日本国内で利益を得るのだから。国難に向かってそれぞれの立場・守備位置でできることをする、その当然のことをなぜ嫌がるのか。自分は楽をして苦労は他人に負わせようという根性は戴けない。自民は昔からそうだが、国民に軽減税率を約束して衆院選を終えた公明党まで、事業者負担は困難と言い始めた。衆院選前にその検討は党内でなされなかったのか。 そして政府は財務省に検討を指示した。これが具の骨頂。少しでも多くの税収をと日頃努める財務省が税金を減らす方策を真剣に検討するはずがない。検討結果は今から読めている。「日本特有の商慣習の存在と相まって、軽減税率の適用は種々困難があり、この問題は今後も継続して検討を重ねていきたい」…これが消費税10%導入時の財務省の注釈となるだろう。そして再来年の4月、低所得層や年金所帯の生活水準は、さらなる縮小均衡に陥るのである。 (黄鶴)

614日 「ぶろぐ日曜版 古代条里制」
西国街道が高槻市を南北に分ける。この西国街道は、淀川が氾濫しても旅人が危険にさらされることはないところを走っている。その標高は15m前後。2~3年前、集中豪雨で国道171号のサンスター周辺が冠水した。しかし西国街道は雨水が溜まることもなく車は安全に通行できた。 街道の南側は、遠い昔(まだ街道もなかった頃)は潟湖。それがいつしか河となり、氾濫原となった。そして1400~1500年前、渡来人の技術によって幾何学的な形の水田となり用水路が縦横に引かれた。その条里制の跡は今も歴然と残り、地図上にはほぼ正確に東西南北を指す道路が等間隔に走っている。まるで近年に区画整理のできた住宅地のようだが、実は私たちは古代の条里制の上に町を作り、暮らしているのだ。 高槻市と茨木市に碁盤の目のように広がる条里制の跡はどのくらいの広さがあるのか、ざっと計測してみた。約30.8㎢であった。そこから道路や水路の面積を差し引き、約30㎢が農地と推定した。 律令の昔、この広さの水田でどれだけの人が養えたのだろうか。大宝令によると、男は2段(現在の24アール)、女はその三分の二の広さの田が与えられることになっていた。男女比は1:1として単純計算すると、30㎢は約15,000人分に分け与えられることになる。ただし、田が与えられるのは良民だけ。奴婢には与えられない。 また、この30㎢の田で、どれくらいの量の米が収穫できたのだろうか。奈良・平安の昔、1段あたり収穫量がどれくらいという文献に乏しいが、古事類苑政治部三十一「口分田」の項によると、「二段の穫稲は百束」という記述がある。当時の測り方では1束は殻で1斗、白米にすると5升、現在の単位に換算すると0.584倍だから、結局のところ10アール当り白米1.22石の収穫になる。今の技術では10アール当り白米3.6石だから、昔は三分の一程度の収穫量だったらしい。ともかく、30㎢合計では36,600 石で、裏作の麦も生産していただろうから、年間1人1石とすると4万人くらいは養えたという計算になる。万を超える人口、これは一つのクニと言っていい。 以上の計算に信用性があるだろうか。高槻藩の石高は4万石(白米にすれば2万石)、大東亜戦争終了直後の今の高槻市域の人口が約52,000人だったことから、あながち的外れの計算でもないだろう。 (黄鶴)

613日 「選挙公報から その13 野に遺賢なからしむ」
『高槻市議会議員選挙公報』なんて、今もって保存している家庭は皆無に近いでしょう。でも選挙が終わって2か月近くを経た今、落ち着いて読んでみると結構興味をそそられるものです。それが、不思議と言うか当然と言うか、組織がないために大量の得票のなかった方々の公報に惹かれる文章があるのです。 松本たかし候補:高齢者介護を改善する…家族を介護する人の不安を取り除きたい…介護サービスを提供する人の待遇を改善したい…より良いサービスを安価に提供したい… 鈴木龍一候補:鳥の目と虫の目で住みよい町に…防災活動の自助・共助・近所の確立…学校と地域のパートナーシップ強化… 松本勘候補:未来 すべての子供たちへ…高齢化社会での世代間格差解消のため子どもたちに対する制度の充実…18歳までのバス運賃を子ども運賃に…子ども医療を18歳まで延長… 詳しく紹介する紙幅がありませんが、それぞれ提案が具体的で主張がはっきりしています。体験に根差した意見でもあり心を打つものがあります。言うは易く行うは難い提案かもしれませんが、意味不明の日本語を並べるよりはるかに善いし、組織を持って当選を重ねる議員よりも光るものをもっています。不幸にして当選はなりませんでしたが、皆さん、まだ若いので捲土重来も可能です。パブリックコメントへの参加も好いでしょう。いろんな形での市政参加を望みます。(白雲)

612日 「悪逆維新」
政党にあるまじき行為を見た。維新の党が労働者派遣法改正案の成立に向け自民に協力した。それも、形の上では「同一労働同一賃金」という自党の主張が認められたからというが、実質はいわゆる大阪都構想への官邸の協力に恩返しをするためだ。その主張すら骨抜きにされたというのに。 そもそも「派遣は3年を限度」としていたものを「無期限」にする今回の労働者派遣法改正が悪法であることは疑いを入れない。この法律で誰が得をするか。企業である。誰が犠牲になるのか。若い人たちである。若い労働者は将来の希望を持てないまま低賃金で働かされる。昇進し給料が将来着実に増えていくという人生設計を立てられないから結婚もできない。子供も産めない。かくして出産率は落ち、人口は減っていく。日本を破滅させる元凶の一つがこの労働者派遣法改悪である。廃案になって当たり前の法案である。その成立に維新の党は手を貸すようだ。自分を支援してくれる層を苦しめるのが政党のやることか。 そして、否決された大阪都構想に関して恩返しをすること自体が理解を越えている。悪魔に魂を売ったとしか思えない。重要法案を私物化し党利党略に使い、労働者を踏みにじるとは、政党の名に値しない愚昧の集まりとしか言えない。いわゆる都構想への応援を餌に官邸に操られていることもわかっていないのではないか。大阪市民にNOを突きつけられたハシモト市長を「政界から引退させない」と息巻く維新の党の幹部は、国民の意志をどのように読み取っているのか。救国の思想も戦略もなく国民の心も読めない、百害あって一利なしの維新の党は国民のためにはならない。早急に退場すべき集団である。これを支持する2.4%の国民も、その本質をよく見極める必要がある。 (黄鶴)

611日 「選挙公報から その12 野鶴鶏群にあり」
人は過ちを犯すものです。正しいと信じて進んだけど振り返って見ると間違いであったり、間違いと思いつつも周囲の状況からそうせざるを得なかったり。或いは、正しいか間違いか考えることもなく、熱に浮かされて突き進んだ結果、とんでもない世界に入り込んでいたり。個人としても、集団としても、人間はそんな過ちを繰り返します。 これも高槻市民の過ちの一つです。和田、二木前議員が今の議員名簿に名を連ねていないのが。このお二方の選挙公報をみると、思想信条を明確に自分の言葉で書いてあり、確かな内容があります。高槻市民は公報のどこを見て投票所に向かったのか疑問を覚えるほどです。 和田前議員は、話が長くなる傾向はありましたが、そんなことは政治家にはありがちで問題ではなく、医療・福祉を専門とし、また富田地域の住民を代表し、議会で4年間論陣を張ってきた貴重な人材でした。私たちの評価では飛び抜けた質問数というわけではありませんが、これは私たちが実績としてカウントしない意見表明が多かったからです。しかし、実質的な発言量は多く、高槻市における医療・障がい等福祉制度のデザイナーの一人であったことは間違いありませんでした。 二木前議員について言えば、これほどまでに職務に忠実で情報公開に積極的な人はいませんでした。経歴をみると幼児教育専門のようですが、質問はあらゆる分野にわたり、しかも質問の数量が豊富でした。情報公開については、HPを覗くと、まず政治信条や仕事の方針、ブログがあり、果ては報酬の使い方の公開までありました。報酬の使途の公開は36人の議員の中で二木前議員だけでした。高槻市政の行く末を照らすdirection finder (方向探知器)だったといえましょう。 しかし、如何せん、お二方とも大きな組織がバックになく、有無を言わさぬ数の圧力の前に正論が消えるシーンを傍聴席から見ることがしばしばでありました。組織を持たない現実が市民の善意を議会に送る希望の道を閉ざしてしまったことに、無念を覚えます。 今後、お二方の後継者は現われるのでしょうか?何かを発言するには、知識の習得や研究、そして体験に基づく思索の積み重ねなどがその基礎に必要です。とても一朝一夕にはいかないでしょうが、そういう人の出現を望みます。(白雲)

610日 「選挙公報から その11 三不幸」
世に三不幸というものがある。若くして科挙に最高位で合格すること、父兄の力で美官を得ること、才能豊かで文章が巧みなことの三つをいう(北宋、程伊川)。 同じ会派だから当然なのだが、民主・元気ネットの中浜・岡井・野々上・橋本・平田・森本各議員の訴えは、ほぼ共通している。子育て、防災、福祉等、オールアラウンドに政策を並べ、それに各人の主張を加味している。常識的で特に非をあげつらう必要はなさそうだが、実は、野々上議員を除く民主党の面々の過去4年間の実績を見ると、物足りなさはぬぐえない。己に目指すところがあるならば、もっと活発に質疑質問も生まれるはずである。 特に平田議員、質問が少なかった。HPらしきものもあるが内容がいま一つ。公報も表現が簡単すぎる。高い理想をもち、訴えたいもののイメージに具体性があるならば、他の議員のようにもっと詳細な表現になるのではないか。 私は一概に若い議員はダメとは言わない。議員にはいろんな活躍の仕方がある。専門性を活かすもよし、社会経験を活かすもよし、若さを表面に出してその世代への利益誘導を図るもよし。何でもいいが、具体的な政策展開が欲しい。これからの世の中にはこういうモノが必要だという新しい社会像とそこでの施策の紹介がほしい。若い人にはそういう新しさが求められている。しかし過去4年間の仕事ぶりからも公報からも、そこが見えない。議場に何も投影しないまま2期目の日々を打ち過ごすならば、若くして議員でいることが不幸の基となる。2期目の脱皮を期待したい。 (黄鶴)

69日 「国会議員の通信簿」
『国会議員「通信簿」で評価を』という記事があった。大阪国際大学谷口真由美准教授のメディア時評(毎日 6月6日朝刊)である。 記事は、安保関連法案等の審議に臨む国会議員の、本会議中における居眠りや離席、文庫本を読んだりタブレットを机の下で操作したりという姿を糾問する新聞各紙に喝采を送るものだ。「国会議員の通信簿」として各紙はその動きを継続してほしい、とも谷口准教授は言う。 議員は、ひとたび当選すれば、除名されない限り次の選挙まで安泰である。このため気の緩みを生む議員もいる。何も仕事をしない議員もいる。国会議員から市会議員まで押し並べてそうだ。市民から見れば、これが許せない。通信簿を作るべきだというのは自然な感情だ。 しかし、である。この通信簿を作ったとしても、市民一般の政治意識が低いため、広く関心を呼ぶことはないし、それが選挙に活かされるとも限らないのだ。選挙ではまた別の力学が働くのだ。そこをどうするのか。谷口准教授の時評もそのあたりまで考えが及ばないのか、言及がない。 会社員にも公務員にも勤務評定がある。税金を活動原資とする議員に、それがなぜないのか。議会に送ってはみたが仕事をしない議員だったという事態にあっては、次の選挙まで何の審判もない今の制度は議会浄化の妨げでしかない。不純物を抱えたまま4年を過ごす議会は世に及ぼす害悪が大きすぎる。客観データをもとに毎年議員の評価をするよう制度の改正を望みたい…、が、それを決めるのもまた、仕事をしない議員が座っている議会なのだ。しかし市民にも、褒めるべきは褒め非難すべきは非難する声をあげ続けることはできる。(黄鶴)

68日 「さらに不可解 自民+維新」
自民党の岩・吉田議員と大阪維新の会3名の議員が合体して会派を作った。5月28日の臨時会ではそれぞれのグループ名で議決しているから、5人の会派結成はその後、この一週間の話である。自民党2人が大きな会派を作るために維新にすり寄ったか、いわゆる都構想の住民投票で敗れた維新が旗色悪しと見て自民に取り込まれることを望んだか。両方の要素がありそうだ。事情を知りたいが、この5人は詳しい政見紹介のHPを持っていない。唯一太田議員にHPがあるが、挨拶文が…、住民投票は「反対派のデマ等で負けた」という挨拶が、最新の記事になっているだけである。 自民党の平成22年綱領と維新の党の基本政策を読み比べてみると、憲法改正という一点が一致する。しかし改正のベクトルは違ってみえる。それに憲法は国政の話であり市議会のレベルではない。何が一致して統一会派を組めるのか、わからない。 そもそも議員・公人とは何か。自分は自分ではないのだ。自分を議会に送った有権者の意見を体して動くのが議員である。であればこそ代表民主主義は機能する。この趣旨に則り、維新として議員に選ばれたのなら、維新として活動すべきである。維新を選んだ高槻市の有権者は約26,000人。彼らは、自民の政策は金持ち優遇に偏っていると信じ、維新に清新さと世の中を変える新しい政策を期待して、自民とは違う動きを期待して3人を選んだのだ。それを3人は裏切った。26,000人の希望は宙に浮いた。 言葉を換えよう。5人の会派を結成した時点で維新の3人は維新ではなくなった。26,000人の思いから離れたところに勝手に移動した。26,000人の有権者にとってみれば、維新であれば誰でもよいが維新でなくなれば何の価値もない。そういう世界に3人は踏み込んだのだ。 今回の会派結成を通じ、自ら露呈したものが何か、3人は判っているのだろうか。 それにしても、26,000人に助言したい。いわゆる都構想の実体のなさ、その法制化のプロセスの稚拙さ、あの橋下氏を党首と仰いで集まったメンバー(その人気を利用する政治家を含めて)の顔ぶれなどから、彼らの掲げる基本政策を実現する能力がないことは明らかだ。維新に何かができるとの幻想は早めに捨てるべきだと。(黄鶴)

6月7日 「ぶろぐ日曜版 嶋上郡衙跡」
高槻市清福寺町、郡家新町、川西町にかけて、奈良・平安初期の嶋上郡衙跡が広がっている。津の国、嶋上郡…。その前の時代の名称は三嶋郡。三嶋といっても島が三つあったのではなくて、敬称の「ミ」の当て字であろう。瀬戸内の大三島、奈良の三笠のように。 郡衙跡をしのばせるように、川西小学校北西の公園に郡衙の建物配置が実物の三分の一の大きさで地表に示されている。しかし、それよりも興味深い遺物が近くにある。 郡衙跡西方の素戔嗚尊神社の境内には、今でも奈良時代の瓦の破片が転がっている。瓦の裏面に麻布の跡があるので時代がわかるのだ。そして、郡衙附寺の塔の心礎と伝えられる巨石が手水鉢に転用されている(写真)。

この巨石には重なり合った二つの窪みが彫られていて、一つは浅く一つは深い。浅い窪みの中央には亀裂が走っている。窪みの直径は同じ56㎝である。何のための窪みかというと、心柱の根元を嵌めこみ、心柱が横ずれしないようにするためである(深い窪みは後世の作製)。心柱の径の40倍が塔の高さだから、てっぺんまで23mほどの三重塔か五重塔がそびえていたことになる。 しかし郡衙跡の説明板には附寺とあるが、実はこのように心礎に窪みを彫って柱座とするのは、白鳳(天武・持統天皇の時代)またはそれ以前の様式である。だから郡衙の附寺として奈良時代に建てたというよりも、もっと昔に豪族が建てた寺が、豪族の嶋上郡大領就任と同時に附寺として利用され始めたのではないか。日本霊異記には備後国三谷郡の大領が寺を建てたという話も載っている(上巻第七)。郡の大領クラスでも七堂伽藍を備える寺を建てる財力はあったようだ。 大宝令の職員令第二ノ五によると郡に置かれる職の名は大領・少領、主政、主帳の4階級。それぞれ相当する身分の豪族が当たったのだろう。それらの豪族の名は、新撰姓氏録にある阿刀連や嶋首たちだろうか。彼らやその配下として郡衙で働いた人々の子孫が今の高槻市民の中に沢山いることだろう。〇政という姓の方もおられるが何か関係があるかもしれない。 思えば、私たちは長い歴史の流れの中に身を置いているのだ。そして今もいろんな形で歴史を編み続けている。それは100年後の世代に自慢できる歴史だろうか。  (黄鶴)

6月6日 「選挙公報から その10 曰く不可解」
昨日に続き、公明党の公約について。私は次のような疑問を感じています。 『財政の見える化と公共経営改革の推進』 財政の見える化とは?まずこの意味が一般市民にはわかりません。財政とは予算編成、予算の執行、財産管理等のシステムで、そこに政策的な配慮のからむものですが、高槻市の予算についてはすべて公開されているので、今でも十分に見えていて問題なし、と思っていたら、そうじゃないんですね。調べてみると、複式簿記等の導入による行政コストや将来負担の数値化を行って財政上の判断基準を作ろうという、いわば公明党の党内用語でした(*1)。公明党は全国にこの考え方を広める考えのようですが、膨大な赤字を抱える地方公共団体ならいざ知らず、健全財政を誇る高槻市に必要なことでしょうか?また*1によれば「昨年には全国の地方自治体で複式簿記・発生主義会計を導入していく方針が総務省より発表され、今年の4月から3年かけて適用されていきます」ということで、既に決定していることですが、それが、「当選したらこういうことをやりますけど、どうですか」と問う公約たり得るのでしょうか?もう一つ、市民への説明なら内輪の専門用語ではなく一般的な表現で分かり易く説明すべきではないでしょうか?公報という小さなスペースの中にいろいろ説明するのは困難だと理解はしていますが。 *1 http://www.d3b.jp/politics/5156 一方、公共経営改革とは?これも公会計に企業会計の概念を持ち込み、合理化を図ろうとするもののようです。しかし、人の幸せを最終目的とする地方公共団体の運営が「経営」という概念になじむものでしょうか?社員への俸給は単なる支出とする企業会計の考え方を人の福祉を目的とする公会計に持ち込むことが正しいことでしょうか。 『継続的な待機児童ゼロを目指して施策の拡充』 「継続的な」は「待機児童ゼロ」にかかるのでしょうか?それとも「施策の拡充」に?どちらにしろ、既に行われている待機児童ゼロ対策は一時的なものだったのですか? 『人材育成のため確かな国語力と英語力を促進』 昨日の表ではこども対策に入れておきましたが、これは誰を対象にするものでしょうか?小学生?中学生?それとも大人?何のための、どのような人材が望まれているという理解なのでしょうか?「促進」という言葉は何かの動きを促すときに使うのが一般的ですが、ここでは何を促すのでしょうか?子供たちがその力を備えるための環境整備を促進するという理解もできるのですが、それでよろしいでしょうか?また、この政策についての国や府の方針との整合性はいかがですか?そして一番尋ねたいこと…国語力と英語力だけで人材は育つのでしょうか? ほかにもありますが長くなりますのでこのあたりで止めておきます。(白雲)

6月5日 「選挙公報から その9 恒産恒心」
選挙が行われて、翌々月になりましたが、なおも選挙公報を題材にしています。その理由は、公報は選挙が終われば賞味期限も終わりではなく、各議員の市民に対する公約を明らかにしたものであり今後4年間の活動の指針であるからです。ほとんどの議員が心血を注いで作成した公報ですので、こちらも本気で読みこなしたいと思っています。 さて、公明党の公約、「チャレンジ・ビジョン」ですが、4年前は8人ともまったく同じ文面でしたが今回は少しずつ違っています。まとめてみると次の表のとおりです(多少の表現の違いはあっても同じものとして扱っています)。

党として共通のものがあって、それに各議員が自分なりの味付けを追加しているように見えます。 分野別に公約を整理してみますと、こども・老人対策が目につきます。しかし、大人対策が希薄です。なりわいである農・工・商その他の産業については、吉田章浩議員の観光政策以外に明確なものがありません。ハコものづくりは建設業に恩恵がありそうですが市外の業者の受注もありますので建設業従業者約1万人が投下予算に応じて潤うとは限りません。公明党大阪府本部のローカルマニフェストにも産業政策は詳しくは触れられていません。生活を支える柱の部分の政策を遂行するのは国の役割でしょうか。私はそうとは思いません。高槻にどんな産業政策が必要かを考えるのは高槻市しかありません。こうした面にも注力願いたいものです。 それともう一点感じるのは、表現がわかりにくいことです。読む方で何となく解釈はできますが、その解釈が正しいのかどうか、確認したくても当該議員のホームページも開設されてなく、困っています。どこがわかりにくいか、日を改めて話を続けます。(白雲)

64日 「選挙公報から その8 水清ければ大魚なし」
北岡議員の公報から引用する。1「議会で追及しても改まらぬ高槻市の不正にはやむなく裁判で戦ってもいます」、2「「多くの議員が相乗りして市長与党になっている」、3「この4年間、本会議での質問回数は私がナンバーワン」、4「利権で特定の団体に流れるお金等を福祉・教育等に向ければ」。この4点についてコメントする。 1について。本会議を傍聴していて思うことがある。不正を糺そうとする姿勢は理解できる。しかし、北岡議員の質問はあまりに微細にわたりその数も多い。このため追及しようとする大きな方向が傍聴人には見えない。その場での責任追及よりも裁判で使う資料を「追求」しているのではないかという観すらある。議会人の本分は議会での活躍にある。裁判ではない。追及しても改まることがない場合、ただちに裁判に訴える前に、改まらなかった原因をまず考えるべきではないか。自ら反省すべき点はなかったか、追及の戦術や同調者を増やすなどの戦略に再考の余地はないか、など。 2について。ある議員を観察すると、市長与党になっているときもある。が、私の見るところ、それだけに終わっていない。この公報のように断定するのは一面的な見方に過ぎる。人を見る時は多面的かつ時間をかけて重層的に観察し、そのうえで批評すべきではないか。 3について。確かに過去4年間の本会議での質疑・質問数は106回で、1位である。しかし各般の問題につき基礎的な議論を交わす委員会(傍聴人は少ない)では、トップの和田前議員が4年間計64回であるのに対し、北岡議員は同31回である。これでは、あらゆる場で市を追及しているとは言い難い。 4について。利権云々と虚空に幻を投影し、それを批判する言葉を並べて正義漢ぶるのは児戯に等しい。これは大阪維新の会が二重行政とはやし立てた、あの手法と同一である。公報にこのように書く以上は、どこにどれだけの利権があってどのように流れたのか、明らかにすべきである。 人間界にはグレーゾーンがある。はっきり白黒を決められないものがあって、それを大切にするからこそ人間同士円滑に生きて行ける面がある。政治、行政の世界にもそれがそのまま当てはまる。もちろん、あまりに不正がまかり通って国民の福祉が毀損されるならば行政裁判もあり得るが、一般的な行政事務の場に司法的な判断基準を持ち込むのはなじまない。人とは何か、そこに透徹した見方が必要なのは議会人とて同じではないか。(黄鶴)

63日 「選挙公報から その7 誠は天の道なり」
「選挙カーは使いません」…川口議員の公報にはそう書いてあります。そして実際、選挙戦も終盤の金曜日の午後(。。1か月以上前のことですが、鮮明に覚えています)、スピーカーを肩にして、汗だくで声をからして政策を訴えながら歩く大柄な川口議員の姿を大阪医大付近で見かけました。その姿からは至誠というものを感じました。ご苦労さんでした。 歩くのもええですけど、どうでしょう、選挙カーで回った方がより効率的にあなたの主張を市民に伝えることができるんと違いますか?レンタカー料金なんて1週間で10万円程度でしょ?訴えを多くの市民が聞く、その市民が、軽佻浮薄そのものの投票をするのではなく、しっかりした根拠を持って川口議員に投票する、としたら、経費としては安いもんじゃないですか。議案の内容が判っているのかいないのか、黙って座っているだけの議員に年間1千万円払うよりは、はるかに実のある支出ですがな。 公報には「あなたの声を聴かせてください 私が市議会に届けます」と手書きの文字が並びます。その文字は、押さえる、延ばす、はねる、という一画一画をきちんと丁寧に書かれています。これはすばらしいことです。うまい下手は、この際どうでもいいのです。文は人なり。字は人なりと言います。この書き方は、何かの行事をやるに当って、細部をおろそかにせず手順を追って正確にやり遂げるという性格を表わしています。高木議員同様に川口議員は高槻市には必要な人です。市政を糺す剛球を期待していますよ~。(空)

62日 「市民へのネット通信」
高槻市議会議員は市民への業務報告を等閑に付している。そう言わざるを得ない。 まず、34人の議員の中で10人もがインターネット通信を利用していない。平成25年末におけるネット利用率が人口比82.8%(総務省)の高さに上る現在、この通信網を利用しないということは、市民への有効な報告手段を自ら放棄しているに等しい。政治活動報告は、市民一般に対してではなくて、自分を支持してくれている業界・団体に対してだけ行えば済むのか。そうではないはずだ。広く市民一般に状況説明をすべきだ。それとも報告は不要という認識なのか。あるいはまた、議員になったところで目標完遂、政治活動自体がないのか。もっと他の理由があるのか。ネット利用は年齢の壁があると言われるが、公職に就く者がそれでは困る。 次に、ネット利用者でも、その利用頻度が少ない。選挙期間中は熱心だったが、当選した途端にHPの更新なし、ブログも途絶えるでは情けない。またHPの更新も不十分である。ブログでは常任委員会の所属が変わったと書いてあるが、他のページのプロフィールは旧所属のまま更新されてなかったりする。 さらに、書いてあるブログの内容は、読む人の心を暗くさせる。「○○の委員会に入ることになりました」だけでは足りない。その委員会で何をするのか、自分の政策を展開するうえで委員会活動はどのような役割を担うのか、自分の専門と違った場合、どう整合させていくのか等、政治家として委員会の場でどのように活動していくのか、それを書かなくてはいけない。委員会について「今から勉強します」では、市側に操られるだけで、市政を糺すなどとても望めない。奮起を望む。(黄鶴)

61日 「ネット利用議員数」
昨日、月末でしたので議員のネット利用状況を調べました。その調査中、ネット利用議員数が少なくなったとの印象を持ちました。印象というあいまいなものでは議論になりませんので、昨年夏の調査開始から現在までのネット利用議員数の推移を実際に確認してみました。結果は下図のとおりです。

この図は、各月末のネット利用議員数を示しています。4月末は改選前の議員の任期中なのですが、便宜上改選後の議員について調査しています。選挙の前後で利用者合計は27名から24名に減りました。この1年でネット非利用者は漸増しています。改選後、議員は若返ったのにネット利用者は増えない、これはちょっと心配なことです。全体的に市民への報告の熱意が薄れたことを意味しますから。 私たちの調査では、過去1か月にわずかでもHPやブログの記入があればネット利用者とするとしていますので、利用者の範疇に入っているけれども、実は月末にブログを1~2日書いただけ、という議員が今回は数人いました。また、ネットによる情報提供量の多かった二木前議員、蔵立前議員が前回から調査対象に入っていません。それやこれやが、ネット利用者が少ないという印象を作ったのかもしれません。(白雲)

531日 「ぶろぐ日曜版:うちわもめ」
タマ「あのね、この白書、固すぎる。気楽にページに入ろうって気にならんわ」
白雲「そりゃ仕方ない。話の中身が市議会のことだから。そもそも面白いはずがない」
黄鶴「そう。それに私の家は先祖代々公務員。明治の御一新の頃、15年ほど失職しておったけどな。それ以外は、ずーっと。一族には某藩の漢学教授もいたし。そやから柔らかくなれるはずもない」
タマ「今なら公務員って、わかるけど、江戸時代の公務員って、何よ」
黄鶴「藩の書き役、難しく言うと祐筆。藩の役人だから地方公務員みたいなもの。いろいろ格式とかシキタリとか家にはあって…」
タマ「あらま、お気の毒」
黄鶴「食事中のルールは以下のとおり。下らん話はするな、ラジオは聞くな、当主がお代わりするまで女子供はお代わりするな、膝は崩すな、背筋は伸ばせ、顎を引け、音を立てて食べるな、こみ箸差し箸迷い箸、寄せ箸かき箸渡し箸、一切ご法度」
タマ「こみ箸ってなに?」
黄鶴「箸で口に料理を押し込むこと」
タマ「食事のマナーはわかるけどね」
白雲「もしかして、一人々々お膳の高さが違ってた?」
黄鶴「当主と長男は四足付き。アタシ達は足のない平たいお膳」
白雲「なるほど」
黄鶴「長兄と次兄が漫才のマネをしてたことがあったんだって。二人とも子供の頃ね。そしたら父にこっぴどく怒られた…って、長兄が言ってた」
タマ「子供のそういうのって、かわいいのに!」
黄鶴「川原芸人のマネをするな、と」
タマ「フニャー~」
黄鶴「あたしも言われたよ、独立して家を出る時ね、『苗字帯刀の誉れを忘れるな』」
タマ「あはは、なんという時代錯誤。・・というか、いつの話?」
黄鶴「大阪万博のころ」
タマ「万博に展示すればよかったね」
黄鶴「何を」
タマ「あんたの一家。日本文化の粋でございます、とか看板に書いて」
白雲「とにかくまあ、だから私も読みやすくしようと、努力して詩経の話を柔らかく書いたんだけどね」
タマ「何が柔らかく、なのよ。お経と聞いただけで眠くなる」
黄鶴「じゃ、あんた書きなはれ」
タマ「あたし?あたし今が一年で一番忙しいのよ!子育ても始まるし。じゃぁね~」…。

530日 「選挙公報から その6 青山一髪」
長い航海の果てに、水平線上に細く浮かぶ緑の山並みを見る時、人は安堵の色を浮かべます。何もない海上は殺伐としていて砂漠の風景そのものですが、そのはるか向こうに髪の毛のように顔を出す遠い緑の山々は、それはそれは美しく清新に見えるものです。高木議員の主張は、反原発に象徴されるように、少数派です。少数派ですが、主張はしっかりしており、公報の短文の中で論旨が完結しています。具体性のない政策目標ばかりの公報があふれる中にあって、この点は光っています。それが、荒海を越えたあとに見る遠い青山のような趣があるのです。 「地産地消、農業の活性化」「資源浪費からの転換」「就職困難者対策」「その人らしく生きられる地域」「働く人の権利」その他、訴えていることのすべてが高木議員自身の生活に根ざすものであり、こりゃ等身大の本物の発言だと思わせます。この議員の目には、正しいことは正しく、間違ったことは間違って見えるに違いないでしょう。過去4年間の市政を糺す態度も立派でしたし、将来を期待していい議員です。 ただし、注文もあります。高木議員の公報からは(他の当選議員も全部そうなのですが)国際性の臭いがありません。安倍政治への批判が書かれていますが、東・南シナ海、さらには太平洋島しょ部へも50年計画で手を伸ばす中国の思想と行動をいちど調べてみてください。それを知れば、また意見も変わるでしょう。インターネットの普及によって情報や仕事が流動化し、低い所を求めて世界中を移動する今、地方政治といえどもそれと無縁ではありえません。このような国際情勢を押さえた提言も期待しています。  (白雲)

529日 「選挙公報から その5 南山不落」
南山とは唐の都長安の南方にある終南山の別名で、その姿が常に変わらないことから、永久に不変であることを南山不落というようになりました。 市民連合の久保隆夫議員は10期目、久保隆議員は6期目で、公報をみるとそれぞれ「民主協会・連合・JAM」「電機連合大阪地協」の推薦を受けての選出です。また山口議員は地元自治会や農協などのバックが列記されています。段野議員は公報には何もありませんが、地元自治会などの支持による当選でした。要するに四氏とも強力な支持母体を背にしての選挙であって、公報に何を書こうが落選などあり得ない人たちなのです。まさに永久不変の議員・会派です。 だからと言って、公報に手抜きが目立つわけではありません。そこに書かれた政策は「教育・文化」「福祉」「安全・安心」のまちづくり、「自然環境の保護」など、めざす仕事の重さを感じさせる項目が並んでいます。同じ会派ゆえに幾つかの政策は四氏に共通しており、一部に各議員の独自性を残しています。15×18.4㎝の公報が4年前とほとんど同じデザインだったとしてもマンネリとは呼べません。細部に新名神など時代の要請を盛り込んでありますし、そもそも政治家として同じ姿勢を貫いているのですから。 ただ、不動の地位を占めているとき、気の緩みを生じニーズの調査観察を怠り、独善と傲慢に奔る一般的傾向があります。その点には十分注意をして戴きたいものです。本会議中にしばしば席を立つのは如何なものでしょうか。また2014年3月議会での議員定数削減案は、事前の条例案検討の場もなく2名削減の根拠もなく、したがって政策としての論理的合理性を備えないまま唐突に議案として提出され、数時間の本会議審議を経ただけで成立しましたが、それに向けて突き進んだグループの一つがこの会派でした。世論はしばしば誤った方向に進みます。それは知識不足や心情に流されての口吻が意見のような形をとるものですが、そういう時こそ不動の地位を利して、大衆に迎合せずに、市民の将来の幸せを見据えた判断をしてほしいと念願します。 (白雲)

5月28日 「『維新』が消えた」
5月22日のこと。ある交差点の目立つ場所に1枚のポスターを発見した。上半身を写す写真は実物大。顔の横に黒文字で「闘う改革」、下に赤地に白文字で大きく平仮名の名前、名前の上に小さい文字があって、近寄って見ると「高槻市議会議員」。文字はそれだけ。ポスターは雨風にさらされた跡はなく、まだ貼られたばかりのよう。色使いなど、人目を引くポスターとしての出来は良い。 だが待てよ・・・この議員は大阪維新の会公認で近来まれに見る得票数をもって当選を果たしたのではなかったか?なぜ維新という所属政党名を書かない?いわゆる大阪都構想が数日前に住民投票で否決され橋下市長が政界引退を口にした途端に、ポスターから維新の文字が消えてしまったとみえるが、それは邪推か? 一般的には、政治家にとっての政党は、政策実現のための共同体であって、政策研究の切磋琢磨の場であると同時に多数決の原理の上に数の圧力を発生させる装置である。政党人に政党を離れての活動はあり得ず、いわんや必要な時には飾りとして使い、不要となったら弊履の如く捨て去るべきものとは違う・・はずである。所属政党に一旦事あれば、そこで踏ん張り、自分で立て直すくらいの気構えを持つべきと思うが、「闘う改革」とあるから、そのように党内で闘うのだろうか。「維新」はどうした?それが疑問の一つである。 次に、選挙前にも同じような”闘う改革”のポスターを見たが、これまで誰を相手に何をどのように闘ってきたのか、これからどう闘うのか、政治家ならば市民にすべてを明らかにされたい。過去の議事録ではそれがわからない。議員として果たすべきは、何を考えどう行動しているかを、折に触れ十分な言葉で説明することである。顔写真入りのポスターは次の選挙のための常設的なイメージ作戦として本人には有効かもしれないが、市民のためにはなっていない。 奇しくも同じ日、黙々とゴミ拾いをする女性を見た。小柄な年配の女性がひとり、JR摂津富田駅から阪急富田駅方向への道で雑踏に背を向け、左手に2㍑入りくらいのポリ袋、右手に塵挟みを持ち、道端の吸い殻を拾い続けていた。阪急の踏切に至ったころには、手袋もズボンも汚れ、ポリ袋は茶褐色の吸い殻でいっぱいになっていた。(黄鶴)

527日 「国会も」
5月27日。海軍記念日である。110年前の今日、対馬沖で三笠以下の主力戦艦による敵前大回頭が行われ、それに続く戦闘でロシア・バルチック艦隊は壊滅した。 それにちなむわけでもあるまいが、衆議院では安保法案の審議が始まった。そこで大隈和英議員が『活躍』している。 「枝野氏の発言中、自民党席からのヤジが激しく」「自民党席の最前列にいる大隈和英議員が大声を上げ」、その他の議員も机を叩いたり叫んだりしたことから、大島議長が「質疑者の発言が、国民の皆様にしっかり伝わるよう、静粛な議論を求めます」と、注意した(毎日新聞5月27日朝刊)。本会議終了後、記者は大隈議員のヤジの内容を確認しようとして「事務所を訪ねたが、「時間がない」(秘書)と取材に応じなかった。」(同記事)とのことである。 記者は国民の代表である。取材は国民の知る権利に基づく正当な行為である。衆議院議員が、職務に関する取材を拒むことは、どんな理由があろうと絶対に許されない。それが秘書の独断専行であったとしても、である。その前に、ヤジ自体がいただけない。国民の選良としてやるべきことか。1年生議員にはそれくらいしか仕事が与えられないのか。 彼は昨年の選挙の最、自民党公認・公明党推薦で大阪10区で立候補したが次点。惜敗率が高かったため比例で復活当選を果たしている。だがしかし、不適切な人間を国会に送り、そこで国の方向を誤る政策が決められ、その結果国民自身が惨禍に巻き込まれることもあるのだ。今、その悲劇は進行してしないと誰が言えようか。大阪10区は適切な人間を国会に送ったのか、一考を要する。私たちは、市議会のみならず国会も監視しなければならない。(黄鶴)

527日 「天下三分の計」
天下三分の計…と洒落ている場合ではありません。さきほど議員の会派を改めて眺めていたら…。ん? まだ本格的に議会が始まってもいないのに、二つに割れていた自民党が、さらに割れているのを発見。先週、5月18日に市議会HPが更新され、それを見て私は、自民党3名と自民党蒼政会3名に分かれていることについて一言疑問を述べたのですが、その自民党から福井議員が飛び出して無所属になり、岩・吉田議員2名が残っています。 福井議員、離党?と思って福井議員のHPを見ると、5月25日付で… 『岩議員と吉田議員が維新の会と連携すべく動いている、福井議員は維新の会の考え方(公務員の給料削減や高槻市営バスの民営化など)に賛同できない、だから会派を離れる、自民党を離党するのではない…』 ということでした。なるほど。反維新の自民党候補だから投票したという市民から見れば、スジの通ったやり方です。当選した後に維新と統一会派を組むのでは、市民の信託に背くことになります。わかりました。福井議員、今回は一応の説明責任を果たしています。岩、吉田議員からも説明を聞きたいところですが、お二人にはHPがありません。 福井議員を除くお二人には残念なことですが、今後、2名の会派では代表質問もできなくなりました。数こそ力ですから、多数派を作りたいのは分からないでもないのですが、選りに選って維新?死ぬまでがんばれと言いましたが、野合を勧めたのではありません。真っ当な道を貫いてほしいのです。思想も志操もないのかと批判されないように、晩節を汚さないようにしてください。一方福井議員の方は、無所属と言いながらも自民党1名、社民党1名、本当の無所属2名。控室は呉越同舟です。そこで何かの共働作業があるのかないのか、これまた興味津々です。  (白雲)

526日 「選挙公報から その4 我より古を作す」
自民党蒼政会の田村・真鍋両議員に期せずして同じものが見える。 田村議員は言う。「人間性豊かな子供の教育…」「高齢者にやさしい街…」など。真鍋議員は「人が集まる活気あふれる街にするための取り組みを行い」、それを起点にして、街の活性化のための好循環を生み出す、と。いずれも具体性がない。政策の目指すところを訴えてはいるが、どうやって実現するのか。 政策はプロジェクトである。多数の人が力を合わせて、特定の分野に資材・予算を投入し、市民の福祉向上という目的を達成する。そのプロジェクトの姿を明らかにして市民に示し、選挙に臨むのが公約ではないか。立候補前に具体的なプロジェクトの検討を終えているならば、手段・目的をセットにして訴えることが自ずとできるはずである。それがない。それがないままに、不思議なことに市民はお二方を議員として適当と判断した。期待可能性が票になったのかもしれない。 会派代表の田村議員は2期目。真鍋議員は新人。しかし経験不足とか先例に外れるとかは言うまい。我より古(いにしえ)を作(な)す、つまり自分のやることが先例となることも、あってよい。中央政界の力をうまく地方に取り入れて、市民の期待に応えてほしい。 (白雲)

525日 「選挙公報から その3 死して後已む」
自民党は岩議員1941年生、吉田稔弘議員1941年生、福井議員1955年生、平均年齢68歳のグループです。公報はいずれも派手さはないものの市民に必要な政策をきちんと押さえてあり、従来通りの堅実な活動を予感させる内容になっています。その年齢層は高いのですが、人の生産活動の活発さは年齢には無関係であると私は思っています。年齢ではなく情熱の有無です。人は希望と共に若く、絶望と共に老いる(サミュエル・ウルマン)。これが真実の姿です。 ただ、問題が一つ。室町時代、旧例墨守を口にする公家に対して、旧例を守るよりも今の状況に最適の対応をせよと説いた幕府重鎮がいました。その、今に対応できるのかに疑問があります。御三方のネット利用の状況をみますと、必ずしも芳しいものではありません。会派による出張の報告書にも手書きのものがありました。今の通信技術を取り込み、情報収集や情報発信を適時適切に行って住民サービスを遺憾なく行えるのか、若い人との文化的乖離を生じることなく住民の行政ニーズを的確に把握できるのか、そこが心配です。ではありますが、ここまで来たら引退など不要です。死ぬまで議員で頑張るのも一つの道です。老生の心配を杞憂に終わらせるべく、命ある限りのご奮闘を祈ります。 (白雲)

524日 「ぶろぐ日曜版:詩経 大雅 文王」
文王在上 於昭于天 周雖旧邦 其命維新 有周不顕 帝命不時 文王陟降 在常左右 文王、上に在り ああ天にかがやく 周は旧邦といえども 其の命これ新たなり 周有りあきらかならず 帝命は時ならず 文王陟降し 常に左右に在り これは標題に示したとおり、詩経の大雅の冒頭、文王を讃える詩の、そのまた初めの部分です。あらためて言うまでもないことですが、詩経とは四書五経の一つで、孔子がまとめた約300編から成る詩集です。その内容は民謡(風)あり祖廟での儀式用の歌(頌)あり貴族の宴会用の歌(雅)あり。雅のうち公式ばったものが大雅、私的な宴会用が小雅に分類されています。詩三百、一言もってこれを覆えば、思い邪無し、と、論語にあるように、すべての詩が主君や夫、妻への素直な心を歌い上げているのです。私は思っています。万葉集はこの詩経の日本版ではないかと。 それはともかく、「維新」の出典はここにあります。詩に明らかなように、言わんとするところは「天命新たなり」、つまり王朝を革新しようという革命思想が裏に含まれています。 この詩に歌われた文王は、殷王朝末期の紂王が暴虐を極めていた時代に徳をもって領地に政を布き、殷王朝に取って代わることを天下の万民から嘱望された人です。しかし彼はそうはせず、人民の耐えて待つこと30年。殷王朝の滅亡は彼の子の武王が立つまで待たねばなりませんでした。 維新という言葉を日本で使ったのは水戸学。幕末の時代です。水戸学は明治の元勲にも大きな影響を与えており、明示維新という言葉が定着しました。維新という言葉の使われるのは、常に不安定な時代のようです。 (白雲)

523日 「選挙公報から その2 天道是か非か」
今回、大阪維新の会公認の御三方が上位3位までを独占して当選されました。その公報なのですが…。 日本語の用法の誤りはさておき、まず、同じ政党ならば政見が同じはずですが、公約の中身に統一性がありません。木本祐議員いわく、「防災・減災、環境政策、子育て支援など」の全ての市民の福祉を増進する政策を推進することは「政党に関係なくあたりまえです。だから僕たちは敢えて口にはしません」。ですが米山議員は「災害に強いまちづくり防災、減災対策」を、太田議員は防災については一言もなく、「~子どもの命を守る~、~教育~」を、それぞれ大きな柱にしているのです。「口にしている」のです。御三方は立候補前の打合せは何もなかったように見えますが、議員団代表の木本議員、実際はどうだったのでしょうか? 次に、木本議員と米山議員は大阪都構想が実現されることを前提に政策提言されていますが、都構想は否決されました。したがって、市民への約束のうちこの部分が、当選後1か月を経ずして早くも果たせなくなりました。通常ならばお詫びの言葉を発するべきシチュエーションです。期待しています。 次に改革の話ですが、前回木本議員は議員報酬半減を公約として当選されましたが、それに関する運動は、過去4年間に何かありましたか?共産党議員は報酬の1割を供託しておられるようですが、あなたは?4年間の本会議と常任委員会における計9回の質問は、北岡議員の137回、二木前議員の121回に比較して、公約実行のための有効な手段たり得ましたか?前回の報酬半減の公約と今回の報酬削減の公約はどのようにリンクするのでしょうか? 最後に、木本議員、米山議員とも市バスの民営化などの改革を公約にしておられますが、関係部局において過去にどのような検討がなされているかを十分に勉強のうえ、再度提言されることをお勧めします。 それにしても…。維新3名が上位当選…。天道是か非か。  (白雲)

522日 「選挙公報から その1 驥尾に附す」
「公」というものは、つかみどころのないものです。実体を正確にとらえるのは困難です。「公衆」も個別に見れば敬うべき人あり救いの必要な人あり。平均的な姿をどこに求めるか、客観的に定めるのは困難です。 「選挙公報」もそうです。中身は玉石混交、百花混在(自分で咲かせた花、借りた花、香港フラワーなどあり。繚乱にあらず)です。そしてそれを丁寧に読む人あり、一顧だにしない人あり。扱いもさまざまです。しかし、平均的市民はこの選挙公報(以下「公報」と略称します)を一つの投票のよすがとしているのではないでしょうか。公報の存在意義は大きいと思います。そこで、この公報を材料にしばらく評論の場を展開します。 まず、竹中議員。あなたは何を求めて議員を目指したのですか。公報やHPを読む限り、全体の利益を考えない古い政治家による政治を打破し、若い人も政策の中心的ターゲットとなるよう利益再配分の構造を変えることを目指しておられるようです。しかし、その崇高な目的に対して、自民党に歩調を合わせるということは最適な手段になるのでしょうか。全国規模の政党である自民党の政策が、全体的にあなたの主張と合致しているでしょうか。原発回帰一つをとってみても、真に国民全体の長期的利益を考えている政党かどうか疑問があります。また、国民に大きな借金を背負わせてきたのは誰ですか。自民党の過去・現在をよくよく調査のうえ、なぜ自分は自民党・蒼政会に属したかということを、説明してください。あなたのHPにあるとおり、政治家には説明責任がありますから。ちなみに、HPでは「しがらみ」を「人に強く影響し、その行動を歪める何かの環境条件・要素」の意味に使われていますが、正確な用法は少し違うのでは? そしてもう一つ、驥尾に附すに際しては、それに値する相手を選ぶ必要があります。相手を間違えるとこれからの4年間が無駄になります。ご注意を。 (白雲)

521日 「議会の自浄能力」
昨年末、段野議員は後援会行事でステージ上から餅まきを行った。公職選挙法第199条の2(寄付行為の禁止)に違反する疑いのある行為である。これについて、共産党市議団3名と無所属市議2名が、当時の角議長に申入書を提出し、段野議員の説明責任を果たすことと高槻市議会の明確な対応を求めた。この件はその後どうなったのだろうか。本人の頬かむりと議会幹部の曖昧な対応のうちに次の選挙が行われ、段野議員は再選された。角議長は引退した。このまま時間が過ぎていくのだろうか。だとすると許せない。議会に自浄能力はないのか。 例えば地方自治法136条は除名議員も再選されればこれを拒めないと、また同法127条もよほどのことがない限り失職しないことを謳っている。それほど議員の身分保障はしっかりしている。だから再選されれば禊は終わったことになるのか。過去のすべての罪は祓い清められるのか。違う。公職選挙法違反の刑事責任を阻却するものはない(再選によって刑事責任は消えるとする条文を調査中なるも未発見)。 少なくとも、5人の議員による申し入れに対応するよう、議会は動くべきである。来週決定する議会役員にそれを期待したい。あれは過去のことではない。刑事責任の時効が完成しない限り、まだ活きている話である。議会が動かないのは、皆同じ罪を背負うから石もて打てないのだと理解してしまう。 為すべきことを為さない議会は、市民を呆れさせ、市民から貶められるだけだ。  (黄鶴) 5月22日追記:公職選挙法第199条の2に違反して行われた寄付行為は、①当該選挙に関するものの場合、同法第249条の2第1項により1年以下の禁錮または30万円以下の罰金 ②当該選挙に関しないものでかつ通常一般の社交の程度を超えないものの場合、同条第3項により50万円以下の罰金と定められている。そしてその公訴時効は、刑訴法第250条第2項六号により3年と定められている。

5月20日 「新しい会派」
高槻市議会の会派の構成が決まりました。基本的に政党別ですが、中には「あれ~?」と思うのもありました。 第一。自民党が二つの会派に割れています。解せません。政党とは政見を同じくする者の集まり(Party) のはずです。いろんな人がpart を持ち寄って一つの党になるのです。二つの会派ということは、吉田稔弘、岩、福井各議員のグループと田村、真鍋両議員とは政見が違うのでしょうか。政見が違いながら同じ党を名乗っているのでしょうか。この矛盾、まったく理解不能です。選挙公報を見る限り全員が同じ「自由民主党公認」です。もしかして、選挙の時だけ同じ自民党の名を借りているのでしょうか。そして当選したら元の姿に。でもねぇ、政治は数の力という側面があります。二つに割れて力を失うのは得策とは思えません。 第二。竹中議員は無所属と思っていたら、自民党・蒼政会議員団の1人です。自民党に入党したのでしょうか。それとも無所属ではあるが自民党に考えが近いから「蒼政会」と言う名前の下に統一会派を組んだのでしょうか。それにしても…。蒼天なんぞ極まりあらん、といいます。常に善人に与するとは限らないのが天、という意味です。その、蒼天のような政治では困るのですが…。ちなみに、竹中議員のホームページ(HP)は4月29日以降更新がありません。当選までのHPだったと言われないように、会派結成のいきさつも速やかに説明すべきです。 自民党にしても竹中議員にしても、有権者の期待を裏切り、失望させる結果になっています。自民党の皆さんにしてみれば昔から二つに分かれていた、だからこうするのが当然、なのかもしれませんが市民から見れば不自然です。竹中議員の場合、「若いのがさわやかな理想に燃えて孤軍奮闘してますなぁ、ここはひとつ応援してやりましょう」、そう思った有権者もいたのでは。「会派を組むのなら最初から自民党として立候補したらどないですねん、そしたら投票せんかったのに」と、そんな声も聞こえてきそうです。  (白雲)

5月19日  「熱いうちに」
情報源を明らかにしないままメディアが報道文の中で「政府首脳の発言では…」と言う時、それは首相の発言であることは周知のことである。17日の住民投票の結果が明らかになった時、NHKは「自民党幹部は『意外な結果だ』と述べた」と伝えたが、この幹部は誰のことだろうか。 住民投票の結果はご承知のとおりである。新しい制度に危惧を感じ維新の会にNOを突きつけた感覚に、私は健全なものを感じる。 しかし、賛成70万票は何を意味するのか。現在の行政組織や公務員の勤務態度への不満、経済の落ち込み、若者の失業、年金についての将来不安その他が、どうにもならない切羽詰まった段階に来ていることを示すものと思う。反対派も、都構想を押しとどめはしたが現状のまま何も変えなくてよいとは思っていない。間違った方向への変化を拒んだだけだ。 変えるべきものは何か。それは、組織票と旧弊に守られ市民の意見が吸い上げられない議会構成、株主優遇策など働かない資産家がさらに豊かになる今の利益配分構造、新しい産業が生まれない税制、などである。働く者が豊かになるシステムを作るべし。子供を産みたくなる環境を作るべし。国家として安定するための方策は国に任せ、産業を興して人々の生活が会っていする道を追求せよ。それも、市民の約67%の目が行政改革に向かった、この熱さが冷めないうちに具体的なシステム作りに着手すべきだ。地方創生の事業はまさにこれだ。大阪市だけではない。高槻市にもこのような動きは必要なのだ。維新は言ってきた。実のある改革、と。その中身を示せ。   (黄鶴)

5月18日 「橋下徹市長とは」
橋下徹市長とは一体何だったのか。何のために政治家を志したのか。 いわゆる大阪都構想が昨日(5月17日)の住民投票で反対多数となり、潰えた。それで彼は政治家をやめると言う。短絡的に過ぎる。 人を幸福に導くための道は一つではない。次善の策、三善の策が必ずある。政治家にとっての政策もまた同じ。仮に大阪の行政機構に無駄があって税金の有効活用が図られていないとしても、その対応策はいわゆる都構想だけでなく、現在の府市制度の中での行政機構改革、税金の使い道についての市民参画など、知事・市長の権限に基づく行政執行の道はいくらでもある。方法はともかく(違法では困るが)現状よりは一歩前進する、それが政治・行政のはずだ。彼にはその考えはないらしい。 弁護士は個人・企業の利益のために法廷闘争をするのが仕事だ。行政争訟にでも携わらない限り、その仕事には社会公共のために仕事をするという目的意識は育ちにくい。彼はその弁護士の出身だ。 都構想反対多数が明らかになった時の大阪維新の会の記者会見で彼は言った。「政治家冥利に尽きる」と。それは個人としての感想であり、党首としての、行政機関である市長としての感想ではなかった。そこに社会公共のための自分という意識も窺えなかった。都構想が潰えたとき、大阪市民の行く末はどうなるのか、そこを心配するのが政治家ではないのか。結局、彼の自己実現化を図るための舞台が大阪であったということに過ぎないのか。任期を全うする必要はない。やめるなら即刻やめるべきだ。レイムダックは行政の流れを留めるだけだ。 もうひとつ、維新府政になって以降、大阪府民の所得は低下し続けていることが、昨夜の自民党大阪府連の記者会見で明らかにされていた。都構想に関心が集まっていた陰に進んでいた失政、その責任はどうなるのか。一切を投げ捨てて「やめる」のか。江田氏も代表を辞めると言う。早くも逃げ腰か。  (黄鶴)

517日 「引退した議員と引退すべきであった議員」
2015年4月末をもって5名の議員が高槻市議会から引退された。中には、まだ十分な力を保ちながらの、勇退と称すべき方もある。ともかくもこれまでの労をねぎらいたい。 ところで当サークルは昨日、昨期の議員の質疑・質問総数を明らかにしたが、引退議員とそうでない議員に質問に対する姿勢の違いが見られるのか否か、確認してみた。結果は、引退議員の平均質問回数が16.8回、そうでない議員が41.7回で、値に開きが見られるがこれは平均値のマジックとも言うべきものであり、引退を控えながらもなお健闘した議員もある事がわかった。それは棒グラフによってお判りいただけると思う。 問題は、再選議員の中に引退議員並み、またはその平均以下の議員がいることである。議長でもなく質問の機会はあったはずだが質問数が極端に少ない。今後そんな議員が、眠りから目覚め、脱皮していくのかどうか、鋭くモニターしていきたい。 (黄鶴)

516日 「質疑・質問数の更新」
光栄なことにある市会議員の方から激励の言葉をいただきました。正直に言いますと、激励半ば、催促半ばなのですが。その内容は「質疑・質問数の統計が中途半端なので、4年分をまとめて掲げよ」というものです。 もとよりそのつもりではありましたが、諸般の事情により延び延びになっておりました。私たちのサークルは私的な組織ですので絶対的な公的資料とは称せませんが、一つの客観的な姿であり、記念碑にもなる資料だと自負しつつ、2014年12月までのデータを本日アップいたします。新資料もこれまでのものと傾向は変わらず、質問の多い議員は相変わらず多く、サイレント議員はやはり眠ったままです。改選後もそれは基本的に同じだと予測しています。 (白雲)

515日 「都構想批判(続)」
こんな本もありました。「大阪都構想が日本を破壊する」(京都大学教授藤井聡著 文春新書) この標題がすべてを語っています。飛ぶ鳥を落とす勢いの維新の党の側に立てば何かの実入りが期待できる…という私利私欲を持たない人が虚心坦懐に事物を見れば、どの部分がどのように間違っているかはっきり見えるようです。 しかし、住民投票は正しいか否かの判定だけではなく、論理とは別の、橋下市長の人気投票の側面があります。最後の日に涙ながらに訴えられたら、大阪の将来はそっちのけ、同情が都構想賛成の気持ちを産むのでしょう。そこに古来からの人間世界の愚かしさを感じますが。 そうそう。雪の上のウサギの足跡のように論理の飛躍だらけの、運用の話と制度の話の区別ができない維新陣営ですが、とにかく勝たないと高槻市でも困ることがあるのです。もし住民投票で都構想が否決されれば維新の党は党首を失って空中分解。すると当選したばかりの高槻市議の維新の3名、足場を失ってしまいます。艱難汝を玉にす、となりますでしょうか。 (空)

511日  「都構想批判」
佐々木信夫中央大学教授は言う。「都制を導入すれば大阪は魅力ある都市に生まれ変わり住民生活は間違いなくレベルアップする」「今まで狭い大阪市域で都市計画をしていた市の担当部署を『都庁』に移せば関西の拠点となる都市づくりができるようになる」「270万人の人口を抱える大阪市は自治体として大きすぎる。五つの特別区に分割すべきだ」(毎日新聞夕刊5月9日) いずれも論拠を示さず一方的に決めつける。他に選択肢はない、これしかない、と、たたみかける。批判力がない人間はこれに誘導され、大学教授という肩書きにも惹かれ、論を受け入れやすい。迷っている人間には断定的な言い方が効くのだ。だから、よくよく気をつけないといけない。何でも裏表があって論者の主張しない裏面を考えなくてはならない。また、他の選択肢が必ずあるから、それと比較検討して正しい結論を得なければ、将来に禍根を残す。 それともう一つ。東京人(日本政府)にとっては大阪市だろうが大阪都だろうがどうでもよい。大事なのは、このまま維新の党が勢いを保ってくれて、その勢力が改憲に手を貸してくれることだ。市民が都構想に賛成することは、そのまま改憲にも賛成ということになるのだ。そこにも気をつけないといけない。公明党、維新と二つあれば改憲陣営も安泰となる。脇侍がそろった釈迦三尊像を思い出す。  (空)

510日  「顔の広さと得票数の関係」
実生活における顔の広さではなく、ポスターデザインの話です。4月の選挙では、いろんなポスターがありました。ポスターからはみ出そうな大きな顔やら、何が恥ずかしいのか氏名の文字の横に小さな顔写真だけのポスター、はたまた政策説明文だけのポスター、etc.。それらのポスターの上下幅と、顔写真の顎から頭髪先端まで(頭髪がない場合は頭頂まで)の長さを測ってその比を算出し、それと得票数の関係を調べてみました。結果は…。顔長さの比率の当選者平均値は0.5で、落選者平均も0.5でした(文章だけのポスターは顔がないので0としました。またポスターを貼ってない候補者はカウントしていません)。要するに、顔写真が大きかろうが小さかろうが得票数には関係がなかったのです。比率は0.5あたりに集中していまして、0.45から0.55までに20人、約半数でした。0.5ということは約22㎝で、ほぼ実物大の大きさです。大きくもなく小さくもない自然な大きさが好まれているようです。   (白雲)

ポスターデザインは得票数に関係なし?そりゃそうでしょう。ご本人の努力や思いをよそに、選挙公報やポスターの出来不出来にかかわらず当落は決まっているのが近年の高槻市議会の選挙。だから私はそういう統計をとろうという発想もなかった。失礼ながら、白雲さん、他に有効な時間の使い方はないのか。当落を決めるのは他の要因。つまり、組織を背にしているか否か、風に乗っているか否かだけ。 ある勢力を代表して議員が出ていく、それは一つの民主主義の姿ではあるけれども、その候補者の人品骨柄も知らず、自分の主体的意思も選択もなく、多くの有権者が組織の指令や時代の雰囲気のままに動くことに暗澹たる思いがぬぐえない。市議選で府議選で、そして国政選挙で、考えない有権者が考えない議員を産み、やがては、この道は、いつか来た道…。ああ、そうだよ…。 高槻ではこういう選挙の後に何があるのか、しっかり見ていくことにしよう。  (黄鶴)

5月9日 「投票行動 2003~2015

昨年12月2日に掲げた図に今回の選挙結果を加えてみた。この図が語るもののうち、組織票と時代の風については既に述べた。もう一つ、目につくのは会派に属しない無所属議員が減少したことである。これは市議会の意義付けにかかわる重要な変化であると私は思う。 そもそも地方議会に政党化が必要なのだろうか。国全体を動かすシステムを決め、国の行く末を左右するに当たっては、基本的な考え方を共にする不動の組織・党が必要とは思うが、国と地方は置かれた位置も役割も違う。議論の次元もテーマも違う。地方は国の一部を成すが国に従属するものではない。だから地方議会が国政レベルの政党の色に染まる必要はない。地方の行政体・議会は、その地方独自の文化・産業を大切にし、こまごまとした住民の生活を守る義務がある。その義務を果たそうとするとき、政策を同じくする議員が会派を組むのは自然だが、国政レベルの政党に属する必要はない(考え方がその政党と一致した場合に入党する自由を否定するものではない)。また、自然発生的な市民運動の旗手を市議会に送ろうとするときも、既成政党の名を借りる必要はない。政党の主張を離れた自由な意見を展開する議員は、その存在自体が地方文化の一つである。ただ、予算執行上、国からの補助金を得る現実的手段として国政政党とのつながりがあった方がベターという意義はあるかもしれない。しかし、それとても今国が独占している地方本来の財源を地方が取り戻せば不要になる話だ。 繰り返す。市議会での無所属議員の減少は、個性的な独自の思想文化が消滅し、それにより自由闊達な議論が市議会から消えて行くことを意味する。これはやはり危機である。そして一方に、自らの思想・信条の発露となる質問を過去4年間にほとんど示し得なかった議員が、政党の名を借り続け(あるいは借り換え)、再選を重ねているのも慨嘆すべきことである。  (黄鶴)

5月8日 「ハーメルンの笛吹き男」
聞く人に考える暇を与えないよどみない弁舌、自信に満ちた声、複雑なことを単純化した断定的なわかりやすい表現。若さから生まれるエネルギー。橋下大阪市長は魅力的…と感じる大阪市民は多いようです。大阪の現状に不満を持ち、何か浮上のきっかけが欲しいとワラをもつかみたい思いの人々には、いわゆる大阪都構想は救世主に映るのかも。しかし、私にはこの状況がハーメルンの笛吹き男の話に重なって見えるのです。昔々の、神聖ローマ帝国時代のドイツのハーメルンの町の話。旅の男は町の依頼によりネズミを駆除した。しかし町は駆除費用の支払いを渋った。これに腹を立てた男は、派手な服を着て笛を吹きながら通りを歩き、通りに面した家々から町の子供すべてを誘い出し、そのまま何処ともなく連れ去ってしまった。…という童話をご存じない方はないでしょう。ちなみに黄鶴先生の話によると、あれは多数の子供を誘拐して売り飛ばした事実に基づく話だという有力な説があり、ドイツの小都市の路地裏は今でも笛吹き男が歩いていそうな雰囲気があるそうですが、それはともかく、子供たちにとって、きらびやかな服をまとった男は遠い憧れの世界の象徴であり、笛の音は理性のすべてを失わせる甘美な音だったに違いありません。父母のもとを離れる寂しさ、この男は人さらいではないかという疑念、自分がやろうとしていることへの恐れ、行った先に何があるのかという不安、疲労・空腹感…。子供たちの心の中にはそれらのかけらもなく、いま現在の楽しさだけが満ち満ちていたのでしょう。 時代と場所を飛び越え、同じ状況が大阪に生まれています。笛の音に我を忘れる大阪市民はどこに行くのでしょうか。 (空)

5月7日 「公金で豪華昼食」
奈良県の市議長会が公金で豪華昼食…と、今日の毎日新聞夕刊で報道された。ヤフーのニュースにもあるからお読みいただくといい。報道によると、昨年度の初回と4回目の会合で、昼食はフルコース料理にビールで乾杯。しめて1人1回当り14,000円とか。奈良の市議長会は昨年度の浜松市への出張で公費宴会をしたこともニュースになった。その際、コンパニオン費用は自費で、との説明もあった。まさに噴飯もの。感覚の鈍さ古さは実に立派だ。さすが古都の県である。毎日新聞、よくぞ報道してくれた。 しかし、その程度の金額の無駄遣いがニュースになるのなら、こちらは朝刊の全国版の1面トップの扱いでもよいのではないか。働かない議員1人に対し、議員報酬だけで年間1千万円以上、選挙費用や出張旅費など含めると4年間で4500万円以上が無駄遣いされているのだから。それが1人や2人ではないのだから、市民としては何ともやるせない。昨年3月の市議会で議員定数2名が削減されたが、あの条例は「仕事をしない議員2名を削減する」と、決めるべきだったのだ。  (空)

56日 「無関心 その2 税と年貢」
固定資産税の納税通知書が配達された。憲法第30条によると納税は国民の義務だから払うけれども、この一部は議員の報酬に…質問もせず市民への義務も果たさない市会議員の報酬になるのかと思うと、腹が立つ。 それにしても、人はなぜこうも税の行方に無関心なのだろうか。その答は税制の歴史をさかのぼる途中に見つかった。今の固定資産税は、戦前は国税としての地租で、税収の大半を占めていた。それが明治の前の江戸時代は年貢であり、はるか昔は田租(タヂカラと読む)といった。要するに今同様に、あるいは今よりも過酷に、納入することが義務として課されていたのだ。五人組の納税共同責任や、山上憶良の貧窮問答歌にもその影が見える。日本書紀によると崇神天皇のころに初めて調役を課したとあるから、実に租税の歴史は古い。それだけ古くから納税の義務観(感)は日本人に刷り込まれていて、そして納めたら義務を果たした、やれやれということで、そこで完結。年貢米は幕の向こう側に納められて行方不明になるけれども、その後のことはわれ関せず。というよりお上のご政道に関することなので口出しはご法度。そうなのだ。その観念が今でも生きているから、頭ごなしの納税の義務なのだ。税の行方に無関心なのも無理はない。武士階級はというと、家督相続や盆暮れの上司への挨拶のための金品は納めるが、租税に類する構造的なものはない。俸禄などを殿から拝領するだけで彼らの階級も税という観念の育つ環境にはなかった。かくして租税を取られっぱなしに何の文句もない人々だけで日本ができあがり、その歴史は1700年に及ぶのだ。 税に対する見方考え方が急に変わるとは思えない。   (黄鶴)

55日 「無関心 その1 選挙」
公益財団法人「明るい選挙協会」のHPで地方選挙の投票率の推移(*)を見ると、戦後、選挙への関心は低下の一途をたどっている。1951年に91%もあった市町村議会議員選挙の投票率は、その後直線的に下がり続け、前回の統一地方選挙では50%を切った。このままいけば60年後には10%を切り75年後には誰も投票しなくなる。冗談はさておき、なぜこうも関心が薄いのか。いろんな調査は「自分の1票を投じても世の中は変わらない」ことを投票に行かない理由の一つにあげている。これを諦念によるもの、悪しきものという論が多いが、私の見方は少し違う。図をよく見ると、戦後第一回の1947年の投票率は81%。それが1951年には91%に跳ね上がっている。その1951年は朝鮮戦争の最中。見上げる空には双胴のP38が飛んでいたのを思い出す。新憲法が制定され、行く末に平和の光が見えたはずの日本人を、特需があったとはいえ再び暗い時代に向かうのかと思わせた朝鮮戦争。社会不安は増した。その後、半島での戦争は38度線を境に膠着状態となり、やがて休戦。国内は「もはや戦後でない」と称され、所得倍増計画も持ち上がって次第に世の中は落ち着いて行く。その有り様を投票率の変化が示しているのではないか。投票率は社会不安の関数なのである。現状に不安も不満も、社会を変えたいと願う切迫感もないならば、投票する必要がないのである。国家昏乱して忠臣あり。安定していれば忠臣も選挙も要らない。ただ、誰が為政者となるのか、その監視は怠ってほしくない。  (黄鶴) (*) http://www.akaruisenkyo.or.jp/070various/073chihou/

54日 「投票率の低い地域」
今回の市議選の投票率は48%、期日前投票などを除いた当日の投票率は39.2%でしたが、投票率は場所によって異なります。詳細は市のHPにありますが、全体の投票率よりも概ね3ポイント以上離れている場所を選び、地図上に印を置いてみました。赤丸は平均よりも投票率が高い投票所、青丸は低い投票所です。これを見ると、市の中心部及び団地のある場所において投票率が低くなる傾向にあるのがわかります。一つの解釈ですが、中心部は独身者向けアパートが多いことから、自宅購入前の若年層は市政に関心が薄い、あるいは、大阪に通勤する夜だけの高槻市民は意識の上では大阪市民であり、必然的に高槻市政に関心がなくなると言えそうです。また団地のある場所や川久保交流センターも投票率が低いのですが、団地の中を歩くとかなりの高齢の方も多く、投票率に老齢化も関係がありそうです(検証していませんが)。  (白雲)

 

53日 「民意は天の声か」
自問自答する。民意とは何か。それは常に正しい天の声か。 正しい、という意味はともかくとして、民主政治の諸々は民意を基準にして定められているが、民意が常に社会正義・国際正義にかなうとは限らない。成熟した民意もあれば幼い民意もある。幼い民意は我欲を張るだけ。また成熟した民意にあっても、時として根拠もなく直感的に形作られ、扇動家に吹かれ流され、暴走する。誘導され暴走を始めた民意は急速に多数派を生み、血盟団のように暴力を伴うこともある。そして穏健な少数派の心配をよそに平常心を失った決定をして集団を破滅に導く。ナチスを生んだドイツ、Remember Pearl Harbor を叫んだアメリカ、米英撃つべしと戦争にひた走り昭和天皇すら抑えられなかった昭和10年代の日本。事情はそれぞれに異なるが類例の枚挙に暇なし。また人は神ならず。いかに善政を布かれていてもこれに慣れ、狎れ、飽きる。そして民意は変化を求めてあちこち浮遊する。人が人である限り、仕方のないことだ。府議選も市議選も維新に向かって票が流れた。これも、ここまで述べた意味で民意である。もう一つ、論語の泰伯編に「民は之に由(よ)らしむべく、之を知らしむべからず」とある。民を政策に従わせることは可能であるが政策の意図を了解させることは不可能、という意味だ。古代中国と現代日本とでは政治状況が違うが、この言葉は今なお生きている。どのように条例ができあがっていくか、誰が市民のために政策を練っているかをほとんどの市民は知らない。知らないままに民意ができあがっていく。それをも、民主主義の根幹を成す民意と言わねばならないのだ。  (黄鶴)

52日 「議員のホームページ」
白雲子が新しい議員のネットの利用状況をまとめた。それによると、新人7人のうち3人は選挙のかなり前からホームページを準備し、広報に抜かりがなかったようだ。ただ、森本議員のHPを見て思う。辻元衆院議員におんぶにだっこではないか、自分独りで何かやれるのか、と。市議会は衆議院の下請けではない。衆議院秘書の肩書を書いてどうする。理念と政策を見ても、そこに書いてあるのは既に市議会で議論されたものばかり。議事録の抜き書きでは政策提案にはならない。竹中議員のHPは、判りやすい内容で、市民の共感を得やすい表現を用いている。書いてある部分については妥当性がある。だがしかし、どうやって実現するのか。実現のためのロードマップも示してほしい。また、掲げる政策の前提となる国政・府政・市政の役割分担、産業構造のありかた等についての勉強の影が見えない。若さが露わになっている。出町議員のHPは、既に何年も議員をやっておられたかのように今年3月までの「出町ゆかりニュース」が並ぶ。ただ、その内容は国政・府政レベルの共産党の宣伝が多い。議員ではなかったのでそれも当然かもしれないが、政策ビジョンについての今後の展開に期待したい。以上の御三方は、ともかくも市民への説明責任を果たそうとする気構えは見受けられる。残り新人4人はどうなのか。自ら掲げた政策の実現のために今からどう行動するのか、直ちに明らかにされたい。それが公職にある者の義務だ。まだ当選したばかりで…は、理由にならない。新人ばかりではない。まだ50歳前の段野恵美議員、木本祐議員などはネット世代のはず。広く説明責任を果たすという議員の責務を全うする気がないならば、当選は今すぐ辞退すべきである。  (黄鶴)

51日 「ポスター掲示場」
選挙ポスターの掲示板が、撤去されることもなく道端にそのまま残されています。その前で犬を連れた二人のご婦人がポスターを見ながら、 「ぎょうさん、女の人もいてはったねぇ」 「何か持ってはる人と、そうでもない人と、ねえ」 散歩の途中に小耳にはさんだ会話です。 しかし選挙の話は長くは続かず、飼い犬のポメラニアンの仕種に目を転じて、 「あら、かわいい!」 帰り道に同じ場所を通ったのですが、延々と犬の話だけが続いていました。 まあ、そんなもんでっしゃろなあ、フツーの人の興味関心というものは。 そうそう、下田部の関西スーパー近くの掲示場は、一番下の段が植え込みに隠れて見えにくいんです。あれはちょっと、一番下の段の人、不利じゃないですかなぁ。 (空)

429日 「党派別議員数の変化」

党派別議員数は選挙前後でどう変化したかを上の図に示します。それぞれ、党派名の下または横の数字が議員数、帯グラフの下の赤数字がそれぞれの党に属する議員の得票数の合計です(選挙前の帯グラフの下の赤数字は前回選挙の得票数)。自民、民主各党の票の伸び縮みにより当選者数は増減し、共産党は候補者数調整により死票をなくした結果1名増えました。今回の選挙からは定数が2名削減になりましたが、それは35位と36位を見ると、自民党1名減と会派に属さない無所属議員1名の減という結果をもたらしました。この2名分の得票は約4,400票。これだけの市民の声が定数削減によって議会に届かなくなった訳です。(白雲)

4月28日 「ポスター掲示位置と得票数」
今回の高槻市議選の立候補者数は45人。ポスター掲示場にはそれだけの数のポスターが、上中下3段に貼られます。その位置によって有利不利があると言う人がいます。確かに、敵に取り囲まれて埋没しそうな中央部よりも、右端や左端の見やすい場所が有利であるように思えます。ただしその実証的な研究があったことを私は知りません。そこで、各候補者の掲示位置にそれぞれの得票数をはめ込んでみました。下の絵で緑に塗りつぶした欄は当選者、数字は得票数です。 涙を飲んだ人は上段に3人、中段に1人、下段に7人でした。また得票数の合計は、上段が約41千票(30.4%)、中段が約60千票(44.8%)、下段が33千票(24.7%)でした。もちろん、この1回のデータで何か結論めいたことを言えるわけがありません。得票1位と2位の合計2万票がこの中段に含まれるという特異事象がありますから。今後できるだけ多くのデータを集め、法則性があるのかないのか、見極めることを夢見ています。そして、もし上段が有利などの視覚効果があると認められるなら、そんな法則性があるのなら、パネルを可動式にして2日おきに上段、中段、下段を入れ替えることなども必要です。(白雲)

427日 「凧」
審判が下った。議員候補者に、ではなく高槻市民のこれからに対して。昨日の選挙結果とこれまでの議会観察から、次のことが予見される。 第一。市民は、問題発見能力があり市政を糺すためによく発言する議員よりも、発言が少ない議員を選び、上位に当選させた。市政が仮に誤った方向に行こうとしても、それを阻止する勢力は決定的に弱体化した。地方自治の灯は消えなんとしている。 第二。市民は、高潔な議員よりも餅やワインを配る議員を選んだ。財政観念と遵法精神に乏しい性癖により、税金の無駄遣いが増え、議員から市役所職員への不法な圧力により市政が捻じ曲げられるおそれが強くなった。 第三。市民は、発言の多い議員よりも居眠りの多い議員を選んだ。これによって翼賛議会は静かになり審議も短時間で終わるであろう。二木氏・和田氏が姿を消すことにより16%の発言数が減ることになる。 第四。市民は、若いが能力に疑問のある議員と老練であるが改革意欲に乏しい議員を選んだ。4年前、議員報酬半減を叫んで当選した議員は、その後の4年間に公約に関する有効な活動がなかった。同じ議員が同じようなお題目を並べているが、今後の4年間を推して知るべし。身を切る改革も実のある改革も期待はずれであったことを4年後に悟ることになる。しかし、4年前の公約など誰も覚えていないであろう。それは議員にとって幸せである。 総じて。多くの高槻市民にとって市議会選挙は、重要な身の回りの問題を真剣に考える人を選ぶのではなく、役者の人気投票と同レベルのお祭り騒ぎであることをあらためて示した。今吹いている風はいずれ止む。その時、風に乗っていた凧は地に落ちる。そして消え去る。そのとき市民は、医療・福祉・健康保険・公園整備・道路整備その他ありとあらゆる問題を追及する専門知識も持たずただ議席に座るだけの議員を選んだ結果、何の問題も解決しない年月を送ったことに臍をかむことになる。 市当局の完全無欠な施政を願うばかりである。  (黄鶴)

427日 「党派別得票数の変化」
前回の選挙と今回と、府議選市議選それぞれにおいて党派別得票数はどう変わったかを、前回に続き簡単な絵にしてみました。 今回の選挙で特徴的なのが維新の躍進です。他市においてもトップから3位までを独占するケースが多々見られましたが、本市も同様で、府議選における勢いを市議選でもそのまま維持しています。そのあおりを受けたのが無所属候補で、投票率低下の影響(投票数にして約1万票の減少)に合わせ、ダブルパンチを受けています。組織の庇護があれば投票率の高低にかかわらず一定の投票を確保できますが、それがない無所属候補が厳しい戦いを強いられたことを、この図は如実に示しています。公明党は府議選よりも市議選の方が活発なのですが、それでも前回より2千票以上の減少となりました。   (白雲)

4月25日 「違反ではないが」
20時。選挙カーは鳴りをひそめ、街に静寂が戻った。 明日、高槻市民はどのような投票行動を示すのだろうか。そして、それによって、自らが公民としてどのような水準にあると天下に示すのだろうか。多くは望まないが、興味はつきない。 一方、候補者の遵法意識の水準を示すような行動は、既に明らかになっている。それらは、犯罪とは「構成要件に該当する違法有責の行為」であることからすると、犯罪ではない。犯罪ではないが、適切な行為ではない。 それは何かというと、一つは早朝からの駅頭での候補者本人の立礼、一つは候補者が乗っていない選挙カーが走り回っていたことである。公職選挙法は禁止事項をいくつか挙げているが、この二つを直接禁止してはいない。しかし20時から08時までの街頭演説、連呼行為(自動車で08時から20時までの間に行う場合を除く)を禁止している。大きな名前入りのタスキを付けて駅頭に立ち、自己の存在をアピールすることとその禁止事項と実質的にどう違うのか。静謐を害しないから許されるのか。また法は選挙カーへの候補者以外の乗車人員の制限など、候補者本人が乗車することを想定した条文を置いていることからして、運動員だけの乗車は立法趣旨に悖るものと考えられる。 いずれも刑罰は定められていない(有責ではない)から犯罪ではないが、不法な行為である。自主規制の条例でも作ったらどうか。 (黄鶴)

4月24日 「ルール無視」
鋭いね、どうしてそんなに人の心が読めるのか、と、言われることが昔から多かった。しかし私にとっては何でもない。まなざし・口元の一瞬の変化や言葉の抑揚などから、裡に秘められたものがわかるのだ。取り調べに当たる職業の人が窓を背にして座り被疑者を窓に向けるのも、被疑者の表情の変化を見逃さないようにするためだ。 街は選挙戦の真っ最中。40台を越える選挙カーが走り回り、あちこちですれ違う。すれ違うたびにエールを交換し相互に激励しあう。そのマイクの声が、こりゃ本物やな、と、思わせるものが時々ある。その相手がいなければ自分が当選確実になるかもしれないのに、党派も違うのに、まるで戦友に呼びかけるかのような心からの激励をする人が何人もいる。 エール交換だけではない。この選挙カーには共通の行動様式があるように見える。学校近くでは連呼しないなどは公職選挙法にも定められているので当然だが、すれ違いの前後はお互いに相手のスピーカーを邪魔しないように静粛を保ち(エール交換は除く)、信号待ちの時は前後の車への迷惑を考えてのことか、これまた無言を保つ。思いやりに基づく行為ともいえるが、ほとんどの選挙カーが同じことをしているので、これはどうやら、仲間内のルールのようなものらしい。 ところが、そのルールを無視する車があるのを現認した。相手が黙るのをいいことに、得得と自党の宣伝を続けながら他陣営の車の脇をすり抜ける。自分さえ良ければよい、なんとも傍若無人の振る舞いである。他陣営の親切さや思いやりがわかっていないこの候補者の心中が、私には見えた。 少なくとも日本は、いろんなルールで成り立っている。その幾つかは法となり幾つかは道徳となって世の中を秩序立てている。その中心にあるものを一言でいえば何か。論語にいう「恕」、思いやりである。それを無視する候補者に世の中をリードする政治家の資格はない。 古いルールを壊すことに必ずしも反対はしないが、明治維新も旧秩序のすべてを破壊したわけではない。あのとき何を破壊して何を残したか、振り返るのもこの候補者の属するグループには有益であろう。  (黄鶴)

422日 「府議選の結果から」
高槻市の有権者は4年前、府議選とそれに続く市議選においてどのような投票行動を示したのか、また4年前の府議選と今回とを比較するとどのように変化したのか、簡単な図にしてみました。 前回の市議選については各候補者の得票数を会派別に合計して表示していますが、全体の結果はご覧のとおりです。評価に多言は要しないでしょう。問題は今回の市議選で有権者がどのような投票行動を示すかです。前回のように、府議選で一つの政党を支持したからといって市議選でも同じということにはならない、のでしょうか。ゆくえが注目されます。  (白雲)

421日 「誰に投票すべきか」
高槻市議選に45人の立候補者が出そろいました。現職31人、新人14人です。男性は33人、女性は12人です。年代は、20代2人、30代7人、40代10人、50代13人、60代10人、70代3人(その意気や好し)です。立候補の是非を問いたい候補者もいますが、そこは市民の判断を待ちましょう。 ところで、前回の高槻市議選の投票率は51.47%でした。さて今回は…?どうなるのでしょうか。4月12日に行われた府議選が前回よりも0.9ポイント低下したことを考えると、50%台に下がるのかもしれません。26日に同時に行われる市長選との相乗効果で投票率が上がればよいのですが。 しかし、そもそも何故に投票率は低いのでしょうか。さまざまな理由が考えられますが、生活に追われて市政を顧みる暇がない、誰に投票してよいか判らない、ということもあるでしょう。 私たちは、まさにそういう方のために、データを集め分析してきたのです。これを見ればわかるという、投票の判断材料を提供するために(ただし現職議員に限りますが)。多面性のある人間という存在を、一つの物差しで測って長短を決めるわけにはいかないので、あれやこれや資料を並べています。参考にしていただけたら幸甚です。   (空)

419日 「開戦」
今日、高槻市議選が始まりました。統一地方選の後半です。 4月に入って何回か冷たい雨が降り、その雨に打たれて散った花のかわりに、掲示場には色とりどりの選挙ポスターが貼られました。人目をひくもの、そうでもないもの、いろいろですが、4年間議員の仕事ぶりをつぶさに見てきた私たちの目には個々のポスターデザインがそれなりの意味をもって映ります。仕事をしなかった議員に限って奇をてらう傾向があります。この4年間公約を果たす努力は何もせずに議員報酬だけは1人前を全額受け取り、また次の4年間も同じことを繰り返そうと臆面もなく立候補するとは、市民を愚弄しているとしか思えません。 しかし、多くの市民は知らないのです。4年前に当選した複数の議員が、理念も持たず、為すべきことも為さず議場に座っているだけであることを。剰、そういう議員から愚弄されていることを。多くの市民は、何も知らず、知ろうともせず、組織の指示に従い、地域のしがらみに留められ、あるいは根拠のないムードに流されて投票するのでしょう。悲しいことです。願わくは、議員の仕事ぶりをよく調べたうえで、市政を委託する1票を投じて頂きたいものです。自分で調べる暇がない方、このホームページを見てほしいのですが・・・。深林の芝蘭のように、人無きをもって芳しからずんばあらず、という心構えで作成していますので。(白雲) 注: 剰…(読み方)あまつさえ

417日 「事前運動」
市議選の事前運動は解禁されたのか…。街中に市議選関連のものをいくつか発見し、そう思った。 しかし、公職選挙法をあらためてひもとくと、決してそんな事実はなく、その第129条に「選挙運動は(中略)公職の候補者の届出のあった日から当該選挙の期日の前日まででなければ、することができない」と、謳われている。 ではこれは何なのか。一部の議員・候補者の所業なのだが・・・。 ①最近になって俄かに増えた、府会議員や国会議員と並んだ顔写真。現職市会議員もあり、見知らぬ顔もある。 ②不必要に多い後援会事務所の真新しい立て看板。新人候補であることが他の看板によって明らかな人の、これも真新しい事務所の看板。 ③郵便受けに入る、党または個別の議員のチラシ。現職議員の純然たる議会報告ならば問題ない。しかし、有名無名の後援者の「○○を推薦します」、「○○をよろしく」という文言、あるいは「無所属新人」という自称が明記されている。「公認候補予定者に決定」という表現もある。 これらのものに、選挙のためのイメージ戦略以外の存在意義があるのだろうか。事前運動ではないというのなら、では何なのかと尋ねたい。それらは許されているというのなら、法の甘い運用につき当局を糺したい。 なお、公職選挙法第239条1号は、第129条の規定に違反して選挙運動をした者を1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処するとしている。 この際、ついでにもう一言。議員による市政報告、大いに結構。ただし、それは自分の能力水準を市民の前にさらけ出す両刃の剣となることを自覚してもらいたい。有能な議員のまじめな報告は市政・議員に対する信頼のもととなるが、無能な議員・候補者のそれは自分の身を斬るだけの村正となる。議員になる前に、一般教養を身に付け、日本語による論理展開の訓練を行うことや物事の本質を掴む洞察力を養うことが必要なのではないかと感じさせるチラシを手にするのは哀しい。  (黄鶴)

413日 「有権者と審判」
選挙において審判を受けるのは立候補者…。現職議員・首長の再選への立候補であれば、それまでの在職中の実績や働きぶり、有権者への活動報告などの総体が判断材料となって、次の施政を当該立候補者に任せられるかかどうかの審判を有権者が下す…。審判対象は常に立候補者…。と、これまでは思っていたが、どうやらそうでもないらしい。誰を選ぶか、中身のある人を選ぶかどうか、そこから有権者の意識レベルが明らかになることから、選挙において審判され、選挙後の幸不幸の道を振り分けられるのは有権者である、と、あらためて思い知らされた。 高槻市における府議選候補者への投票数は次のとおりである。維新52,245、自民26,125、公明22,941、共産21,580、民主16,726。なんと、52千人の人々には維新のまやかしが見えていなかったらしい。いや、まやかしが見えていて、それでも維新に何かを期待したのだろうか。何かが変わるかもしれない、と。一生を捧げる正社員になれるような仕事がない、それは根深い構造的なものが原因であることをうすうす感じながらも、新しい党に一縷の望みを抱いたのだろうか。しかし、関東に住む友人は言う。そんなんじゃねーよ、単なる軽佻浮薄、彼等にとって選挙も遊びじゃねーの、大阪は昔からどんな人間が知事になってきたか、思い出して見ろよ、と。それも一つの真実。 昔、ドイツではナチスが選挙で選ばれた。その裏には第一次大戦後のドイツの、どうしようもない経済の疲弊があった。その苦しみは人々に狂気の党を選択させた。そして選んだ人々は、ご存じの結末となった。人々の目を曇らせる時代の力というものがある。そういう時代の力が、今の日本にも影を落とし始めているのかもしれない。今でもドイツの小都市を訪れると、草に埋もれた空き地に鉄筋の建物の跡を見ることがある。第二次大戦末期に破壊されたものだ。(黄鶴)

4月12日 「維新のまやかし」
白雲子の真似ではないが、こちらも新聞ネタ。昨日(4.11)の新聞のチラシの中に大阪維新の会のビラがあった。選挙前日に及んで有権者に念を押すような府議会選挙用のビラである。曰く「二重行政解消」「身を切る改革 議員定数大幅削減」「府の家計簿も黒字化 橋下知事就任後黒字転換!」「大阪を活性化!」云々。訴えるべき点がわかりやすく単純化して書いてある。しかし、気をつけたい。単純化するということは複雑な事象のあれこれを切り捨てることである。そして同時に、それを目にする人を実態とは違う印象世界に誘導することにもなる。一つずつチェックしていこう。 「二重行政解消」というが、どのような所掌事務において、どのような地域に、重大な二重行政が存在しているのか。「二重行政解消」と書けば、何も知らない人は二重行政が厳然たる事実として存在すると思ってしまう。そんな印象付けを狙う表現である。虚像を掲げたプロパガンダは有害である。 「身を切る改革 議員定数大幅削減」というが、議員定数削減は今年の選挙からの適用である。前回の選挙で当選した者が自ら辞職して議員定数を削減するならば身を切る改革ともいえようが、前回当選した議員が辞めるのではなく、今回の当選者数が減るのである。削減を決めた議員に痛みはない。また、今回の21人削減は必ずしも維新の削減にはならない。削減対象の21の選挙区で、1人区2つが1人区1つになるなど維新の議員に直接影響のあるのは6選挙区。残り15選挙区は、前回の選挙において維新候補がトップ当選を果たしたか、維新候補者がいなかった選挙区である。つまり、今回も維新の風が吹き続いているとしたら、定員削減があろうがなかろうが維新は痛くもかゆくもない。そこで減るのは他党の議員であって維新ではないからである。維新減が6、他党減が15。差し引き、維新は9人の比較優位に立つ。維新が身を切ると言うのならば、他党は骨を斬られている。 「府の家計簿も黒字化 橋下知事就任後黒字転換!」というが、それを示すグラフは、前任知事の赤字削減努力が徐々に効果をあげてきているのを如実に示している。前任者の功績の上に立っての黒字化なのである。維新ひとりの功績ではないにもかかわらず、あたかも維新の党による偉業のように書いている。鉄面皮にもほどがある。また、営利組織ではない地方公共団体が、赤字経営をすることが絶対悪か、何が何でも大きな黒字を出さねばならないのか疑問があるが、それは措く。ただ、黒字化の陰にどれだけの府民が行政サービスの低下に泣いたのかを想像できることを付け加えておく。 「大阪を活性化!」というが、みごとな我田引水である。大阪維新の会の政策と有効求人倍率・外国人観光客・百貨店売上の増大と、どのような因果関係にあるのか。これらはアベノミクスの効果と言えるかもしれないが維新の党あるいは大阪維新の会の活動とは無関係であることは明白である。他人の仕事も自分の成果とする、それくらいの根性がなければ政治家になれないらしい。 あれやこれや、口先はにぎやかだが維新には実体がない。教育長事件がよい例である。それを見抜けない軽薄な有権者が多いことを計算しての所業ならば、なおのこと問題である。大きく撞けば大きく鳴る、そんな重い政治家が府に出てこないものか。不快、いや府会議員の新しい勢力地図は今夜決まる。 (黄鶴)

4月11日 「首長提案 半数が素通り」 これは今日付けの毎日新聞朝刊(大阪版)社会面トップの見出しです。(東京版は「異議なし議会半数」) 記事の内容は、毎日新聞社が全国都道府県・市町村議会を対象に昨年末から本年初めに行ったアンケートにより、回答のあった1592議会のうち約半数の802議会が前回の選挙以来、首長提案に対し否決も修正もまったく行っていないことが明らかになった、というものです。首長提案議題の否決1位は、やはり大阪市で52件、3位に吹田市議会が入り23件だそうです。全国紙なればこその調査であり、記事でした。 私は天を仰ぎました。なんと全国の議会の半数が、お飾りのイエスマンに多数を占められているシャンシャン手拍子の追認機関だとは。 首長提案が完全無欠で修正の余地のないものばかり、とはとても考えられません。行政の側では、少ないスタッフが多くの案件を処理しなければならないのですから、個々の政策案は未成熟な部分を残したまま外に出ていくことが十分考えられます。実際、高槻市議会を傍聴していても、議会における追及という政策練磨の場を目の当たりにすることがしばしばです。福祉に、貧困に、苦しくても声をあげられない住民の、切実な思いを市政に反映させようとする議員には、首長提案議題の問題点が見えているようです。 ともあれ、そのような政策案を修正もしないで通してしまう議会が全国の半数…。これは異常です。市政を糺すべき議会の役割を果たしていません。悲しむべきことです。ちなみに我が高槻市議会ではどうでしょうか。市のホームページを見ますと、平成26年から27年の定例会の議決結果一覧表は、「原案可決」という同じ文字で埋め尽くされておりました。議会における追及も原案修正には至っていないのです。たった一つ、「否決」という文字が目を引きましたが、それは議員提出議案の「高槻市議会議員の議員報酬及び費用弁償等に関する条例中一部改正について」でした。(白雲)