愚行止まらず

いわゆる大阪都構想につき、法定協議会で制度案の大枠が固まったとの報道があった(11月23日毎日新聞)。
……いったい何をやってるんだろ、というのがこの報道に接した私の率直な印象である。時代の動きも政治のあり方も、何も見えない集団が、地方政治の場で全体を引きずり回し、愚行を重ねている。
そもそも彼らは大阪の復権を目指したいのだろうが、無理だ。交通の発達により陸路で九州から東京に日帰りでき、通信の発達によりパソコンの画面で全国的なメンバーでの会議ができる今、日本に都は二つと要らなくなった。政治・経済・文化、すべてが一つの渦に巻き込まれ、東京に一極集中しようとする効率化の流れは、自然な流れだ。川の流れが集まって海に注ぐに等しい。日本は人口減少の時代を迎え、国全体が収縮していることもその流れを強めている。大阪を含む地方の沈下は今の時代の流れだ。
そこをなんとかしたいという市民のノスタルジックな心情は理解できる。しかし、だからといって、機構をいじるだけのことを政策と勘違いし、ほかに有効な施策を持たない維新に政治を任せるのは間違いだ。維新という集団によって今までどんな果実が大阪府民・市民に与えられたか。何もない。教育などに破壊はあったが。これまで何もできなかった集団に今後何かができる期待はできない。その、いわゆる都構想すら、いま大枠が固まったということは、明確なプランも経済効果予測も当初から持っていなかったということではないのか。
形は都でも市でも何でもいい。政党は有効な産業政策を打ち出してこそ政党なのだ。大阪市が都になることで、府政・市政のパイは全体として大きくなるのか。市民の収入は増えるのか。失業者が減るのか。若い人の仕事が増えるのか。税金が安くなるのか。直接的にも間接的にも大阪都というものの効果は期待できない。できるのならば、それを適正な産業連関表のもとに示してほしい。IRがそうなのか?そんなことより、例えばファッションの街、たとえば海洋開発の基地、たとえば新素材技術の街とするような、確実に住民の仕事に結びつく政策展開を望むのだが、そんな議論は聞かれない。
いや、待てよ、そうか、わかった。維新は大阪都構想に果実がないのは百も承知なのだ。府民・市民がめざすもの、或は性向を熟知し、その好む料理を出すことによって人気を集め、選挙に勝ち、権力の座につくことに成功したのだ。見事な軍師がいるようだ。しかし、彼らの活動はそこまでで、府民・市民を幸せにする術を持たない。そこに政治の実体はない。選挙民も相当低レベルと見られているが、怒らない。
季節は初冬。今日も街には枯れ葉が散る。(黄鶴仙人)

19年9月期一般質問④

御島媼「他の好印象の質問は…な、三井議員の市営バスに関する質問であったぞよ。交通体系の将来像、その中でのバス事業の在り方、という位置づけはすばらしい。何事も全体の中での部分じゃからな、全体を見ないで老人負担賛成だの反対だの言っても始まらぬ」
もみぢ「会計の専門家だから…」
御島媼「然り。自分の専門分野を活かして市政を見るのもよい」
もみぢ「ほかには?」
御島媼「中村玲子議員は、いつもながら徹底的に弱者の立場に立った質問じゃな。廃プラスチックとか、これを聞いて自分の生活を見直したくなったぞよ。」
もみぢ「本会議の一般質問って、市にもの申すと同時に市民に語りかけてもいるのね」
御島媼「そうじゃな」
もみぢ「質問事項に市営バスを挙げた議員は4人。関心が高いのね」
御島媼「適正な負担のあり方を検討するとか、な。ふほほ。市の答弁は高齢者負担についての既定の結論の伏線のようじゃな」
もみぢ「バスが赤字だっていいじゃない。福祉のための予算配分と思えば」
御島媼「一応独立した企業会計の形じゃから、赤字は、なぁ…」
もみぢ「形はどうあれ、本質は市民のための政治なのよ。市の役割は市民の幸福の追求であって財政の健全性維持じゃないのよ。財政が残って市民が死ぬでは何にもならない。有権者のうち65歳以上の人は三分の一いるからね、扱いを間違うと議員の立場が危うくなるわよ」
御島媼「脅しはいかん。話を変えるが、最後に後味の悪い質問があったなぁ。市に対する訴訟がどうのって…。話の趣旨は理解できないでもないが、本会議の一般質問の範疇には入らない」
もみぢ「そうね」
御島媼「またすぐ、12月議会じゃな。また会おうぞ」(この項 終)

19年9月期一般質問③

もみぢ「新語も、定着するかどうか。それは時代の要請があるかどうか、だわね。10年前の新語がいまどれだけ残っているのかしら。それからね、ママ。SD…なんだっけ…、SDGsも関係人口も、いわばtechnical term、専門用語だから、大和言葉では言い換えられないから、お許しをね」
御島媼「初めて耳にする言葉でもな、高木議員のグリホサート、これはすんなり頭に入った。不思議じゃな」
もみぢ「愛する人の言葉は音楽…」
御島媼「いや、そういう訳ではない。妾は人をもって言を用いることはない」
もみぢ「ひいきする人の言うことは聞く、嫌いな人の発言は聴きもせず拒否する、ということじゃないのね」
御島媼「無論じゃ。誰であろうが実のある発言は聞く。聞かせるものを持つ人の発言には重みがある。高木議員は、そういう議員の1人じゃな」
もみぢ「グリホサートって、発がん性があるのね。」
御島媼「既に外つ国では常識らしい。このごろ日本でもようやく危険性が認識され始めたようじゃな」
もみぢ「少量でも毎日とり続けていると危険…って、高木議員の言うとおりね」
御島媼「トリチウムと同じじゃわぃ」
もみぢ「市でも今後はそういう農薬は使わないでほしいわね」
御島媼「三島救命救急センターのクラウドファンディングに至る経緯も、事実は高木議員の質問のとおりじゃろうが、市の答弁は逃げてばかりじゃなぁ」
もみぢ「言えないんでしょうね。あはは。質問を通じて事実が市民に伝われば、それで一般質問の目的の一つは達するわよ」
御島媼「それから、山口議員の質問で知ったけど、市の北部の獣害な」
もみぢ「あれは、ひどいわね」
御島媼「人と獣の境界が崩れた、世紀末の現象じゃがな、市民はどこまで認識しておるか…」
もみぢ「猪、猿、鹿、アライグマ…。働く人が少なくなった田畑にケモノが来て…。農業崩壊の一つの象徴かも」
御島媼「そうじゃ。人間はケモノとどう付き合うべきか、自然とどう向き合うべきか、土地利用の原点を問われているような気がする。もう一つの質問の昨年の台風21号による倒木もな、杉だけでは山の再生が不能で、これは山の持ち主の考えることじゃが、土地利用が今のままでいいのか、妾も考えさせられる。二次災害が今年なくて、ほっと一息じゃが、まだ問題は解決していない」
もみぢ「山口議員の質問も、いま高槻市民に迫っている生々しい問題ということで意義があるのね」
御島媼「そう。ホントに聞き応えがあった。その問題で困っている人がたとえ少なくても、市民生活の中に実在する問題は一般質問で取り上げねばならない。少数意見の尊重ということもある。観念的な話はまったく価値がない」
もみぢ「そういう意味で、他に印象に残ったのは?」(続く)

19年9月期一般質問②

御島媼「それから議場を見て驚いた。市の部長は女性がたった1人!!」
もみぢ「そうなの。女性登用の時代なのにね」
御島媼「元始女性は太陽であった、と言うまでもなくね、中世の館では女主人の権力はとても大きかったのに、江戸の武家社会からおかしくなったぞよ、上から見ておると」
もみぢ「今の時期、高槻市役所には女性の部長候補がいなかったのかな?」
御島媼「育ててこなかったのが問題じゃよ。人は、そのポストに置けば成長する。置かない方が悪い」
もみぢ「それくらいにして、議員の話ね」
御島媼「待ちや。もう一つ。本会議での議員の着席が遅いぞよ。市長以下、市の理事を待たせて、市の職員なら係長にもなっていない年頃の議員が開会1~2分前に席に着く始末じゃ。情けない。こういう議員に限って座っておるだけで何もしない。血税1,000万円無駄使いじゃ!」
もみぢ「まあまあ、落ち着いて!」
御島媼「さて、と…。一般質問じゃな…。そうそう、若い議員の話しぶりがな、人によると、起承転結の起、承までしかない」
もみぢ「ん?何のこと?」
御島媼「話すときには、じゃな。まず論点を挙げる。今から何を話すか、ということ。これが起じゃ」
もみぢ「うん」
御島媼「これを承けて、そのテーマが今までどう扱われてきたか、どこまで議論が進んでいるかを説明する。これが承」
もみぢ「うんうん」
御島媼「次に、話を転じて、そのテーマを自分はこのような観点からこのように追究したと説明する。これが転」
もみぢ「はいよ」
御島媼「そして最後に全体をまとめる。これが結。結びじゃな。論文の書き方と同じじゃよ」
もみぢ「あ、それ言おうと思ったのに」
御島媼「たとえば、『エスディージーズ』やら『関係人口』やらの新しい言葉を持ち出す議員がおった」
もみぢ「エスディー…って、何?」
「持続可能な開発目標、でな、国連で採択された国際的な政策目標なのよ。貧困とか教育とか雇用などの目標が17あって、それぞれの目標を細かく説明したターゲットが169」
もみぢ「きゃ~。でも、それと高槻と、どう関係するの?」
御島媼「「そこじゃよ。新しい言葉を持ってきて、その意味を説明するまでは良いが…」
もみぢ「それが、起、承の段階ね」
御島媼「そうそう。高槻で今何が問題で、だからどうすべきという提案とか、そんな話の展開がない」
もみぢ「一般質問だから、特定の分野にこだわらないあらゆる問題についての政策論を期待してるのね、ママは」
御島媼「左様じゃ。大学の講義ではないぞよ。問題提起にもなっとらん。それから関係人口創出を言うのはいいがな、『取材しやすい、ロケしやすい高槻に』と言われても、どうすればロケしやすい高槻になるのか、そこの具体的提案がない。どういうことをやって、そのための予算ウン百万円を計上すべき、とかね」
もみぢ「この二人だけじゃなく、一般質問と呼ぶに値しない質問が多かったとは、私も思ったよ。いとわびしき哉」
御島媼「ほほほ。そなたも古い言葉を使うねぇ。だけど、昔の人も目新しい漢語を使い、独り悦に入っておった男も多かったぞや。美しい大和言葉があるのになぁ。」

19年9月期一般質問①

御島媼「おや、色が変わったね」
もみぢ「秋だもの」
御島媼「紅葉と書いて『もみぢ』と読む」
もみぢ「どうして?」
御島媼「紅は『もみ』なのよ、もともとね。『べに』と読むのは最近のこと」
もみぢ「ママの言う最近は、室町時代からこっちね。そう言えば着物の紅絹裏、もみうらっていうのもあるわね。あれも赤なのに『もみ』」
御島媼「これは妾の考えじゃがな、紅花から赤い染料を出すとき、両手でもむのよ。そこからじゃないかな?」
もみぢ「『ぢ』は?」
御島媼「『ち』の変化じゃが、なぜ『ち』か、妾も知らぬ。『ここち(心地)』の『ち』と同じかも。紅花は巻向の遺跡から花粉が検出されたくらいでな、3世紀の遠い昔から使われておる。昔の新羅・百済の言葉かも」
もみぢ「ところで…」
御島媼「ほいほい。高槻市議会の話じゃな」
もみぢ「11月1日発行の市議会だより256号を読んだのだけど、一般質問の議員名を出すのは試行的?」
御島媼「『試行的に、一般質問を実施した議員全員の記事を掲載しています。』という表現じゃから、名前を出すのが試行ではなく、試しに全員分載せてみた、と解釈できるなぁ」
もみぢ「名前はね、試行ではなく、固定化してほしい。それと議案の質疑も名前を出すべきじゃ?」
御島媼「その方が、議員の活躍ぶりが判るわな」
もみぢ「活躍しない人が、市議会だよりの変化を阻んでいる?」
御島媼「そうは考えたくないんじゃが」
もみぢ「政活費の見直しという記事もあったけど、何をどう見直すんだか…。」
御島媼「不分明じゃな、この記事では。存廃も含めて検討してほしい」
もみぢ「9月議会の一般質問についてはどんな印象?」
御島媼「まず、質問時間じゃ。全体に短い。21人の平均質問時間が31分」
もみぢ「人数が多いから遠慮したんじゃ?」
御島媼「そんなはずはないぞよ。あのときの駅前での選挙運動の態度を見ればそうは思えん。新人議員の16分とか17分とか…。深く考えればもっと言いたいことが出てくるじゃろうに」
もみぢ「そっか」

危機管理

日を追うに従って全容が明らかになってきた台風19号。その被害は「まずまず」などというものではなかった。そう言った政治家の国民への寄り添い方、立ち位置、心根の具合、さらには一部を知って全体を推察する能力のレベルがよくわかる発言だった。
高槻市の組織には危機管理監、総務部に危機管理室があって、防犯も含めた危機管理に関する仕事を掌っている。19号台風で、この存在はこれまで以上に注目されることになる。
危機管理、これは英語のcrisis management の直訳だ。危機が発生したとき被害を局限化させるように迅速に対処することを言うが、役所としてcrisis management と同時に必要なのはrisk managementだ。適当な和訳がなく、リスク管理などと言っている。しかし何も英語で言う必要もない。昔から、備えあれば憂いなしという、あれだ。今後どのような危害発生のおそれがあるか、それは市民にどのような形でどのような被害をもたらすか、その被害を避ける、あるいは極小化するためには、市としてどのような準備をすべきか、そのシナリオ作りを、今こそやらなければならない。すでに実施済みなら、その見直しが必要だ。
たとえば、いま高槻市のハザードマップ作成の前提は、外水氾濫の場合、淀川流域で二日間の総雨量500㎜、芥川、女瀬川、檜尾川、安威川、水無瀬川は概ね100年に1回程度起こる大雨(時間84㎜)、とされている。ところが今回の19号で箱根に降った雨はというと、1000㎜だ。100年に1回と昔言われていた災害は、近年は毎年起こっている。過去に作られたハザードマップを放置できるわけがない。
市民に役に立つのが役人、公務員だ。関係者の奮闘を祈る。(黄鶴仙人)

トリチウム②

しかし…これからが本論だ。19号台風以来、私は全ての常識を疑ってかかることにした…トリチウムは国が言うとおり本当に安全か。6万ベクレル/リットルの排出基準を守るとか、日本全国の降水中には223兆ベクレル/年の天然トリチウムがあるとか、韓国月城原発は液体気体合わせて136兆ベクレル放出(2016年)した実績があり、福島のタンク内に現在1,000兆ベクレルあるのを希釈して排出すれば問題ないとか言われても、不安は消えない。維新のように思考停止にはなりたくない。自分の頭で考えたい。
トリチウムは、確かに外部被曝の危険性は低い。しかし、水素として体内に取り込まれた場合、やがてヘリウムに変わってその細胞自体が存在できなくなる。ヘリウムに変わる前に細胞は入れ替わるとしても、周囲の細胞は常に電子ビームを浴び続ける。そんな組織が健全でいられるわけがない。現にシカゴ郊外の原発周辺の子どもにガン発生率が高いのは厳然たる事実である(*)。
*https://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma11.html
科学音痴と罵倒されるのを承知で言う。2.1ミリシーベルトの天然放射線のレベル以下の放射線を出すものは安全と国は言うが、本当か?もしかして、いま人々の間に発生しているガンも長期間の天然放射線の被爆が原因で、ただそれが証明されていないだけではないのか?放射線自体、いかに低レベルであろうとも、長期間浴び続けていれば有害なのではないか?現に紫外線の強い所では皮膚ガンのおそれが言われているではないか。紫外線と放射線は別物か?同じ電磁波だ。天然放射線と同じレベルの人工放射線は危険性も同じなので安全とみなしましょう、と言うのが正しい表現ではないか。
原子力の安全神話は、その裏の原発政策推進のために作られたものではないか?その疑いが消えない。(黄鶴仙人)

トリチウム①

福島原発の汚染水を大阪湾に持って来て流すのであれば協力する…という意味のことを松井大阪市長が言ったのは9月17日。維新党首の彼はその後、問題を維新国会議員に丸投げし、以後の処理をさせた。維新国会議員は、大阪湾云々には触れず「基準を満たすよう処理し、早期に海洋放出すべし」という提言を10月8日にまとめた。
大阪湾は大阪市のものか、汚染水をどうやって大阪湾まで運ぶのかなど、二重三重に首をかしげたくなる松井市長の発言だが、それはおく。まず汚染水についてふり返って見よう。汚染水というが、何に汚染されているのか。ウランの核分裂の際の副産物、トリチウムだ。そんな元素があったかな?と疑問に思ったが、調べてみると水素の同位体だった。普通の水素は原子核の中に陽子1個だが、トリチウムは原子核に中性子が2個追加され、質量が3倍になったものだ。これが、おとなしい子ならば何の問題もないが、やっかいなことに常に電子を放出し続けて(β崩壊)、周囲が迷惑することになる。その迷惑のレベルは極めて低いので一定の濃度以下に希釈すれば安全だと、国は言っている。この汚染水が、福島原発のあの場所に115万トン貯留されている。そして、日量170トンの割合(2018年度の値)で今も増え続けている。
維新の提言は、国の方針どおり、希釈して海洋放出せよというものだ。だがそこに維新として独自に検討して結論を得た形跡は見られない。単に国のお先棒をかついでいるだけであって、そこには何の哲学もない。国が安全だという、それを鵜呑みにしているだけの思考停止状態だ。政府に協力する狙いは何か。貸しを作り、折りに触れて維新勢力の増大への政府自民の援助を求めることだと穿ちたくもなる。これまでも改憲協力の見返りに大阪万博やIRへの政府の支援を得た、その流れだ。(黄鶴仙人)

もし19号が関西に来ていたら

未曾有の雨台風、19号台風(ハギビス)が去った。残念ながら多くの犠牲者が出た。ご冥福を祈る。この台風さえなければ今日も笑顔だったはずなのだ。
2019年10月12日、13都県に大雨特別警報が出されたとき、気象庁のレーダーでは、群馬・埼玉・東京・神奈川・山梨・長野・静岡の都県を雨雲がすっぽり覆っていた。この面積は近畿地方全域を覆ってなお余る広さだ。この範囲に大雨が降った。そして東日本の21河川がほぼ時を同じくして決壊した。過去には例のないことだ。もう、これまでの常識は通用しない。いままで大丈夫だったことはすべて、大丈夫かどうか判らないと思わなければならない。
地図を見ながら、今回の19号がもし関西を襲っていたらと、想定してみよう。この想定は非現実的ではない。太平洋高気圧がもう少し強かったら、或いは上空の偏西風がもう少し弱かったら、高気圧の縁を回り風に流される台風は、関東ではなく関西に来ていたのだ。仮にそうだったら、上述のとおり滋賀・京都・奈良・大阪・兵庫に、日量300ミリの雨が降り、淀川では桂川・宇治川・木津川の三川からの雨水が合流していた。そのとき、どうなっていたか。
たとえば2013年9月17日、台風18号は桂川上流域に大雨をもたらした。そして渡月橋を破壊し、嵐山や羽束師付近を水没させた。このとき、淀川の枚方水位観測所の水位は、通常が基準点よりも遙かに低い-3.6m位のところが-0.14mまで、つまり3.5mほど上昇した。また2017年10月の台風21号は木津川上流に大雨を降らせ、24日の同水位観測所で-0.29mまでの増水をみた。つまり、淀川の支流である三つの川のそれぞれで日量300ミリ降れば、淀川は3m以上水位が上がるのだ。三つの川で同時に降れば、単純計算だが9m以上水位が上がることになる。枚方水位観測所における氾濫危険水位は5.5mだが、これは通常の水位よりも9mほど高い位置に設定されている。水はそれを越えるのだ。その結果どうなるか。淀川の堤防は、越水により決壊する。
もうひとつ、心配なデータがある。淀川河川事務所のHPによれば、平成22年に淀川流域の堤防の危険度評価がなされている。
この結果を見ると、高槻市では、女瀬川と芥川の合流点でその両側、芥川と淀川の合流点で芥川左岸堤防が浸食に弱く、また芥川淀川合流点の芥川右岸の唐崎、淀川堤防の番田、道鵜町あたりは浸透に弱いとされている。異常な雨台風が来れば、ここが決壊すると言う予告だ。
今日の長野市の惨状は明日の高槻市の姿かもしれない。(黄鶴仙人)

新人議員の比較②

昨日も掲げたが、話の便宜のために再掲する。

(図1)
この新人を比較したグラフを見ると、2019年度の新人は、まず質疑・質問の件数が少ない。平均値は2007年以来最低だ。そして緑色の部分、つまり本会議における議案質疑がない。ゼロだ。これはなぜなのか。事前に事務局から議案の説明を受け、個人的に納得したからか。もしそうなら、それはおかしい。市民の代表が説明を受けて了承したのだからよいではないかとの主張があるかもしれないが、それは公の場の議場でこそやってほしいことだ。議員が公式に疑問を呈する、提案者が公式に回答する、そこでよりよい姿を求めて議論する、それを公論というのだ。議場で黙っていてくれれば、アメあげる…と言われたわけでもあるまい。議案の中身を勉強していないから黙っている、という人もいないだろう。公論に決すべし。市民に見せるshow、exhibition としての質疑・質問でもよいのだ。
2011年の議事録にこんなシーンがあった。
和田議員「資料がこれだけある。勉強するのが大変だ。もっと時間的余裕をもって資料を配付してくれ」
うんうん、よくわかる。
栴檀は双葉より芳し。これも議場の真理だ。
初議会の6月から翌年3月議会までの1年分の質疑・質問件数のグラフを次に掲げる。              (図2)
個々の数字は違うが、グラフの形は図1に似ている。初めの半年の勢いは、そのまま1年続いているのだ。実は、1年のみならず、その後もずっと、だ。こういう法則的なものがあるから、初めの半年の姿をもってこの先を占うこともできそうだ。さて2019年度の新人は、この先、どうだろうか。
そして、思いは飛ぶのだが、惜しまれるのは初年度以来の議員の活躍ぶり(=市民への貢献度)が市民に伝わっていないことだ。市民の多くは、自分たちを守ってくれている議会の宝物を見過ごす。選挙ともなれば見栄えだけは良い候補者に嬌声をあげながら投票して議会の水準を落とし、その結果税金の流れる先に十分な目が届かず、市民自らの生活を危難に追い込んでいる。如何にして度せんや。生きることに忙しく政治に目を向ける余裕がない人もいるけれども。(黄鶴仙人)